第97話 カラクリラビリンス
『おお、これはまた面妖な……』
しばらくランダム訪問を楽しんだ後、前回のイベントで縁があったギルド、ジーニアスのホームにやってきた。コンクリートの地面が広がるエリアに、白い扉の形状をした壁が横につながって大きな建造物を成す様は奇怪だ。
プレイヤーは自分たち以外にも多数いて、皆が不思議そうに眺めている。
『ドアノブが付くものと付かないものがあるでござる』
『本当ですね』
よく見てみると扉の機能を持つのが分かった。試しに、いくつかある内の一つに近づいてドアノブに触れると、システムメッセージが流れる。
≪プライベートエリアに移動しますか?≫
まるでクエストを受けた際に出るもので驚く。プレイヤーを個別に振り分けることもできるとは、勉強になる。
『ここは各々で遊ぶのでござるか。ではでは、健闘を祈ります!』
コヨミさんが逡巡せず扉の向こうに消えるのを確認し、自分もメッセージにイエスを返す。バタン、というSEと共に景色が変わって壁に挟まれた通路に立つ。
この状況に、ちょっとした郷愁を覚える。二人が並んで歩ける程度の幅と直角に作られた分かれ道が、迷路を連想させた。
小さな頃の記憶がぼんやり呼び起きる。科学原理を応用する展示物やトリックアートなどが楽しめる体験型テーマパークに巨大な迷路があり、そこで地面と壁の隙間を這いずり通って服を汚していたっけ。
懐かしさで上がるテンションに突き動かされて先を急ぐ。二方向の分かれ道に続き、再びの二方向の分かれ道。見事に行き止まりへぶつかってなぜか嬉しくなった。
天井はなく青空が広がっている。壁は一般的な扉よりも大きいが、きっとコヨミさんや手慣れたプレイヤーなら飛び越えるのは容易だ。
材質は滑らかなうえに引っ掛かりも僅かで隙間すらないが、あったところで大人の身体では手を出すのが精一杯か。自分にできるのは正面からの攻略だけだった。
「ん……?」
しらみ潰しに通路を進んでは戻ってを繰り返すも、全てが行き止まりで思考が停止した。まさか入口選びから始まっている?
まだ迷うほど歩いていないけれど、数回の往復で気づく。ドアノブ付きの壁が存在することに。
全体的な形が同じで完全に見落としていた。しかし、分かってしまえば簡単だ。入口とは異なり扉がそのまま開いて新たな通路が現れる。
――ガチャン。
そして、三歩進んで扉を越えると自動的に閉まるのをSEが知らせた。振り向くと違和感に首が傾き、ドアノブが消えているのだと納得に手を叩く。
一方通行とは難易度が高い。コヨミさんを待たせるのは確実だがメモの利用を解禁し、かかる時間を最小限にとどめたかった。
壁の数で区切りながら矢印で扉を書き込む。古いゲームには地図をチラシの裏へメモするものがあると、どこかで聞いた。迷路以外の部分でも懐かしくなる人はいるだろう。
手元と周囲に忙しなく視線を移動させて歩き回る。途中で嫌な予感はしたが戻ること叶わず、一度通り抜けた場所に来てしまった。
平面でこの入り組みよう。よく練られており手強さが伝わる。ただ、地図を頼りにすればいつかはクリア可能と信じて迷路をひたすら巡るも、これ以上どこへ行けるのだという局面にきた。
ドアノブを見逃したとは思えない。何かヒントが隠されていると信じて壁を注意深く調べる。どれも特徴に違いは……?
「やっぱり」
手を当てた壁が中心を軸に回って奥の通路に入れた。地図のおかげで空白のスペースが浮かび上がり、ここら辺にあるはずと見当がついた。回転扉は双方向への行き来ができる。ゴールまではもう少しか。
それにしても、こんなコヨミさんが喜びそうな仕掛けを作れるとは。いいアイデアをもらえた。自分たちのホームが目指す先は忍者屋敷だ。
収穫を得た後は順調に攻略が進み、コングラッチュレーションの装飾に歓迎された。洒落た台座には一枚の紙が置かれている。17分31秒と迷路にかかった時間が書き込まれ、Sランクのマークが大きく踊っていた。
さらに、素晴らしい成績を収めた貴殿にギルド、ジーニアスへの入隊を願うとの文言が続く。あまりスムーズにやれた気はしないけれど、そもそも回復代行結社があるため誘いは丁重に断る。
≪プライベートエリアを離脱しました≫
『ナカノ殿!』
ゴールの扉を開けて外に出るとコヨミさんが迎えてくれた。
『ご覧になられましたか!?』
『は、はい……回転扉がありました』
勢いに押されつつ答える。この反応は疑う余地なく回転する仕掛けだ。
『ぜひ拙者たちのホームにも導入を!』
『上手く取り入れたいですね』
囲炉裏の部屋にも、お試しで導入しよう。本格的には新しい部屋が必要だった。
ちなみにで、コヨミさんの迷路攻略結果を確認させてもらうと3分37秒。さすがの速さは予想通りだが、Sランクのマークがある。これは誰に対しても一緒なのか。
『いやぁ、よいものを見れたでござる』
『イベントの醍醐味を体験できました』
様々なプレイヤーのアイデアに触れると意欲が湧く。自分が与えられる側になるには、もっと多くのゲーム知識を蓄えるのが不可欠だ。




