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社畜おじさん、仕事を辞めて辻ヒーラーになる。  作者: 七渕ハチ
第三章前半『おじメダル配布作戦』

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第96話 突撃ランダム訪問

「くぅ、ナカノ殿にしてやられたでござる!」


「クロ蔵が見事にやってくれました」


 ホームから王都に戻ってベンチで休憩する。金のメダルを渡せた数は五枚。クロ蔵の動きにはプレイヤーと異なり迷いがなく、加えて空を自由に飛べるのが厄介らしかった。それでも、たった五回の被弾で済むとは。さすがの忍者振りだ。


「次は逃げ切って見せます!」


「そこは手心を……」


 明日を含めもう何度か開催すれば製作した分は捌ける。コヨミさんの稼働は多くなるが、楽しんでもらえているなら何よりか。


「では、皆様方のホームへお邪魔しましょう!」


「そうですね」


 紅さんのところは混雑のまま。入場の予約機能が用意されているものの、時間が経っても変わらずの人気だ。とりあえずポータルに向かい、ランダムの訪問で行き先を選ぶ。


『自分の方で決めて構わないですか?』


『お願いします!』


 ポータル周りは平常時よりも騒がしくチャットを切り替える。パーティを組んでいれば追従できるので、そのまま移動する。飛んだ場所はいきなり室内で棚が並んでいた。


『お店のようでござる』


『こういう趣向は面白いですね』


 イベントに合わせたのだろう。誰かを招く想定なのが内装に現れている。アンティーク風の家具で統一されて、まさにお洒落の見本だ。囲炉裏の部屋に比べて若干広い。他にプレイヤーがおらず、ゆっくりと回れた。


『植物は商品でござるな』


 棚に置かれたものに触れると売買のウィンドウが浮かぶ。植物以外にも帽子や髪飾りなど、眺めるだけで満足感がある。目に入ったハンカチには、ワンポイントにモンスターのイッカクガエルがあしらわれており、つい手に取ってしまった。


 現実では普段使いできてもゲーム内だと飾るしかなく、それが少し寂しい。キュル助とクロ蔵のデザインは残念ながらなかった。


 このハンカチはオリジナルで作られているはず。自分には小さなコインを見栄えよく整えるのですら必死だ。気に入ったアイテムは依頼を行うのも一つの方法か。


『こ、これは!』


 コヨミさんが驚きと歓喜が混じる声を上げた。指をさすのは風呂敷で唐草模様が実に映える。


『忍者に欠かせないアイテムでござる! 買っておきます!』


 果たして本当に忍者らしいかは疑問だが、所持欲は湧いた。和風ど真ん中で飾りやすく在庫があるので自分も購入する。


 今は事前準備に出費がかさんだせいで散財が難しいため、家具の方に関心を寄せて部屋を一周。様式や方向性の違いはあれど空間作りの参考にはなった。こんなに家具とアイテムを並べても散らかった印象は皆無だ。これが本物のセンス。どうにか学んで生かしたい。


『次に行きますね』


『了解でござる!』


 イベントの期間が二日あっても訪れるホームには限りがある。唯一のドアにアクセスしてポータル同様の機能を使い、再びランダム訪問だ。


 今度は潔く真っ白な部屋で中央に台座と箱が置かれるのみ。触れるとショップが開いて素材系のアイテムがずらりとスクロールした。


『マーケットに比べると安価でござるよ』


 各種素材を買い込みたい気持ちは抑え、メダルの素材をいくつか購入する。他はイベント後にいくらでも集められた。


 その後も様々なホームを見て周る。整理整頓が行き届く普通の家や、足の置き場に困る家具だらけの物置きなどバリエーションが多い。鏡が敷き詰められた狂気の部屋も訪れる分には楽しめた。


『ふむ、意外と和風に当たらないでござるな』


『参加者の総数なりにアイデアが豊富なんでしょう』


 おそらく和のモチーフ自体に人気はある。ただ、古き良きを目指す場合に微妙な差異を感じて悩むのは経験済み。納得できるまで時間がかかるのは間違いなかった。


 そして、何度目かので訪問でついに畳の部屋へ行きつく。四畳半の広さで茶室を意識したのがすぐに分かった。


『ほほう……?』


『なるほど……』


 待ち望んだ和風も、いざ目の当たりにすると期待が膨らんだのも手伝い感動に合わせて、ちょっとした対抗心が湧き黙ってしまう。素直に声を上げるべきところで、顎に伸びた手を下ろし反省だ。


『靴は脱いだ方がいいですね』


『はっ! そうでござるな!』


 同じ心情かは推し量れないが静かなコヨミさんと足の装備を外し、改めて部屋と向き合う。壁の装飾はシンプルに掛け軸で、茶釜が中心からずれて配置されていた。


『何もないがある、といった趣でござる』


 不思議と腑に落ちる表現だ。家具の少なさゆえに、スクリーンショットの保存で完璧に真似るのは比較的簡単でも、独自性を見出すとなると難題か。


『この非対称な形が味に……?』


『確かに!』


 自分たちのホームを頭に浮かべたとき、部屋は囲炉裏を中心に装飾を広げている。あえて崩したとて無秩序な空間の出来上がりだけれど、適度に取り入れたい。


『ソートで和風などのキーワードを選びたいでござるな』


『第二回、第三回と続くのを願って要望を出すのもいいかもしれません』


 ここまでのランダム訪問で他のプレイヤーには一人も出会わなかった。茶室のホームを気に入る人がにたくさんいるのは確実だ。一期一会も訪れてこそ。ソート機能がさらに充実すれば趣味嗜好が合う者同士、より楽しめるだろう。


 しかし、次回を待たずともやれることはあった。幸い、回復代行結社は注目を集めている。そこで力を入れた個性的なホームの紹介文を書き置けば、きっと興味を持つプレイヤーが現れるはずだ。

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