第91話 世間話
「外観はこんなところか」
ギルドホームの建物に縁側を追加したことで随分と印象が様変わりする。障子を挟んで囲炉裏の部屋と行き来も可能だ。何度も障子を開けて閉めてを繰り返すだけでも楽しかった。
しかし、眺めはむき出しの地面が広がり改善の余地だらけ。規模感のせいか、縁側はテーブルや椅子などの内装よりも値段設定が高めで、全てをすぐに揃えるのは難しい。マーケットを介した入手手段も値段に影響していそうだった。
購入代金は宝の地図と重なる場所を探す際の、モンスター討伐のドロップ品に頼っている。売れ筋アイテムの知識が増えるのは面白く、キュル助とクロ蔵の稼働時間がブラック企業並みだ。
やはりというか、お宝は訪れていたマップの範囲内には存在しない方向で手応えを感じた。さすがに一日二日で発見するのは無理なようだ。
しばらく彷徨う予定だったが、次のイベントが発表されて考えを改める。内容が生産関連のため何か備えておきたい。
詳しいことはまだ分からないものの、タイミングはよかった。調合以外の生産スキルを覚えればマーケットを使わずギルドホームを整えられる。その反面、生産に集中し過ぎると遊びが狭まる。回復魔法をメインに据えて器用貧乏で色々試すのが性に合っていた。
問題はどのスキルにするか。建物の周りをうろついて見栄えに満足しながら、さらなる改良を加える場合に必要なアイテムを考える。柵などはいくらあってもよく木工が便利に使えるし、石工で重厚を出すのもありだ。一方で役に立つ生産を選ぶのはいいけれど、効率を重視してもと思う部分はあった。
遠目に眺めていると障子が開く。顔を見せるのはコヨミさん以外にいない。縁側の紹介はまだで喜ぶ様子に嬉しくなる。障子を開けて閉める動きも自分と同じだ。
今は声をかけても邪魔になりそうだが、声をかけずにどこかへ行くのも薄情か。迷った末、静かに玄関口から建物内へ入る。とりあえず、気づかれるまでは待つことにした。
障子の音が途切れたのを確認後に囲炉裏の部屋へ。驚かせる意図はないが、結果的にいたずらじみた行動になってしまう。畳に座り息を殺しているとすぐに居心地が悪くなってきた。
我慢できず、挨拶のために立ち上がったところで障子が開いた。
「ナカノ殿! ここにいらっしゃいましたか!」
「あ、どうも……」
若干、挙動不審に頭を下げて動揺をごまかす。
「この縁側、素晴らしい出来栄えでござる!」
「自分でも納得のいく出来です。単純な内装以外にも多くの魅力的なアイテムがあって目移りしますね」
「ホームの充実はどんなゲームにおいても醍醐味です。VRではメインコンテンツの一角と言えるほどなので、これからが楽しみでござるな!」
ギルドホームは別荘を持てたようなもの。掃除などの手間を含めると、むしろ理想に近い形かもしれない。
自然と縁側に二人で腰掛ける。お茶があると雰囲気は抜群だろう。庭を先に仕上げるか、道との境目に壁と門を作って全体の体裁を整えるか。悩む時間すら楽しみにつながった。
「実は拙者も生産のスキルを覚えたいと思いまして」
「それはいいですね」
この光景を前に興味が湧くのは当然の成り行き。ギルドのメンバー同士、協力できたらやりがいも出る。
「どのスキルを選ぶかは決まっていますか?」
「変わり身の術に丸太はつきもの、ということで木工にするでござる!」
「お似合いです」
コヨミさんらしさ溢れる理由は、効率ばかりを追い求めるより遥かに健全だった。
「自分も調合とは別に生産に手を出そうと考えていました」
「おお! 気が合うでござるな!」
「何にするかは迷っていたところで、木工と相性のいいスキルがあれば挑戦してみようと思います」
生産系に時間がかかるのは調合で経験済み。ここは暇な自分が手伝いに回るべきだ。
「部分的に金具を用いる可能性があるでござるし、鍛冶や彫金あたりでしょうか」
鍛冶は力仕事なイメージで、彫金は細かな作業のイメージを持つ。自分にはどちらも難しく感じるが、ゲームなのだから苦手を意識する必要はなかった。
「では彫金にします」
「頼りにさせていただくでござる!」
家具の飾りなら鍛冶より使いやすいはず。まずは買い手が多い制作物を中心に、費用を回収しつつ熟練度を上げたい。
「次のイベント予告もあったでござるな」
「また毛色が違いましたね」
縁側の魔力に取り憑かれてリラックスに拍車がかかる。コヨミさんも深く息を吐いたが、ため息にも聞こえて気になった。
「お疲れですか?」
「それが部活動の顧問……はっ!? い、いえ! あー……あ! 兄の! 兄の話で! 高校の教師なんですよ!」
お兄さんの話か。教師もきっと大変な仕事だ。
「生徒に相談されて悩んでいる……とか、でござる?」
あまり現実の話題に踏み込むのは失礼に当たる、というのも勝手な判断。世間話に捉えるのが普通だろう。
「えー、料理部をVRでやるのはどうみたいな……」
「最近の学生は進んでいますね」
「でも機器の値段がネックだと……」
確かに、DAOを始めるに当たって値段の高さは記憶に新しい。
「あ、そういえば特典のためにゲーム機を複数買ってました」
ペンリルに惹かれての購入は正解だったけれど、機器自体は押し入れに眠らせたままだ。
「使っていないので寄付ならできますが」
「さ、さすがに高価すぎて……」
「小学校ではランドセルが寄付された話を聞いたことがあります」
ランドセルも同様に高価な物だ。無駄に仕舞っておくぐらいなら有効活用してほしかった。
「う……喧嘩! 機器の数が限られると喧嘩になっちゃいます! 部活動を立ち上げるのはふたりと兄が言って……!」
「恥ずかしながら、特典に負けて三台目を買ってしまいました」
「ほ、ほう……?」
余っているのは一台だが、資金源はどうせ宝くじ。こんな自分でも社会貢献をした気持ちになれるし、惜しくはなかった。
「ちょ、ちょっと、一度、持ち帰って……」
「分かりました」
いいアイデアが浮かんだために、少し前のめりな提案になったと反省する。ただ、追加でゲーム機の購入はしておこう。別の特典が手に入る言い訳が生まれたと、小賢しく考えたことにも反省だ。




