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社畜おじさん、仕事を辞めて辻ヒーラーになる。  作者: 七渕ハチ
第三章前半『おじメダル配布作戦』

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第90話 職員室エンカウント

「んー、あぁ……」


 職員室で伸びをしてゆっくり息を吐く。気だるいはずの月曜日を前向きに過ごせるのも、DAOのおかげ。懐かしさに惹かれて始めたのは、ほんとに正解だった。


 新しいギルドホームのことが何度も頭に浮かぶ。田舎風景に溶け込む建物は忍者の隠れ家的で意欲がさらに上がった。もはや生活の中心と言えるぐらい日々の癒しになっている。


 たかがゲームにいい年した大人が入れ込んで、と思う部分はあるけど。人の勝手ですと反論するのも教師の肩書が余計に世間体を気にさせた。


 そもそも、面と向かって嫌味を言われる機会はそうない。結局は自意識の問題で折り合いを付けながらほどよく楽しむのが大事、だとしてもだ。夜更かしをやめるのは難しかった。


「せーんせい!」


「ふぁい!」


 口を閉じてのあくび中に声をかけられて気の抜けた返事になる。


「姫さん、どうしました?」


 いつも挨拶をくれる明るい女子生徒で、慌てて真面目な表情を取り繕った。


「こよちゃん今日はお疲れ?」


「いえ、元気ですよ!」


 微妙に外れた声が大きく響いたため咳払いで誤魔化す。これでは元々少ない威厳が減ってしまう。


「ちょっとさー、物は相談っていうの?」


「はい、なんでも気軽に話してください」


 彼女が職員室にまでくるのは珍しい。威厳がないならないで接しやすい教師の役回りを果たすべきだ。


「ディープ・アンティーク・オンラインの話をしたくて」


「え? は? え?」


「VRゲームだっけ?」


 まさかすぎる内容で頭が真っ白になった。なぜDAO? しかも私を相手に……?


 教師のくせにゲームで遊ぶなんて、などと言う子ではない。それに、学校で話題にするどころか誰かに伝えた事実もなく混乱は深まる。プレイヤー名が下の名前と同じだからといって結びつけるのは不自然だし……。


「……場所を変えましょう」


「ほい」


 とにかく、他の先生方に知られるのは抵抗感があった。忍者ロールプレイがバレると精神的なダメージで寝込みたくなるうえに、今後も気まずさが残る。職員室を出てすぐ横の教育相談室に入った。


「おー、遅刻の反省文を書かされたとこだ。まれに見る部屋の狭さ!」


「夜更かしは、ほどほどにお願いしますね」


「はーい」


 自分を棚に上げるのも教師の仕事だと割り切って注意する。机を挟み対面で椅子に座って深く息をした。ドキドキが続く心臓を抑えて平静を保つ。


「でさ、先生はゲームのこと知ってる?」


「……名前ぐらいは」


「へー」


 しれっと嘘をつくのは教師というより大人の嗜み。相談内容の見当がまったくつかず、探り探りになるしかなかった。


「あたしも興味が湧いて調べてみたぐらいでね。なんと、ディープ・アンティーク・オンライン、略してDAOでは料理ができちゃうんだって!」


「ほ、ほう……?」


 また予想外な方向からの話に、つたない相槌を打つ。生産系で存在するスキルのひとつではある、けど……。


「いやー、最近自分で作ったのを食べるのもいいなと思ってね。どうせなら学生らしく部活で楽しみたいじゃん? でも、うちの学校には料理部がないわけ。たとえ立ち上げられても、食材を買うってなるとお金がかかっちゃうし。部費を満足にもらえるかの壁が立ち塞がる!」


「な、なるほど……?」


 部活動の話、かと思えば微妙に変化球で納得が遠ざかった。まだ相槌で様子を窺う時間がいる。


「そこで、DAOが役立つの! 今のVRって現実みたいなものでしょ? ゲームだったら食材の用意もちょちょいのちょい! ふー、革命的なアイデアを考えついた自分が怖いね」


 やれやれと首を振る姿が年相応に素直で可愛らしい。VRの発想は正しく仮想実習には適していた。しかし……。


「確かに、料理の知識を得る際に食材費が浮く点では優れていますが、初期投資に費用がかかることを忘れてはいけません。VR機器をなんとか購入できても複数台は難しいでしょう。部活動の立ち上げには規定で五人必要です。誰か一人がVRを使う間に他の部員は暇になってしまいますよ」


 実行に移そうとする気持ちは汲みたい一方で、安易な賛成はしにくい。


「賛同者は弟のいちごと二人だけなんだよね」


「他にも問題点は多いです」


 言いすぎるのを避けたうえで何か提案できるとすれば同好会で、その場合は食材費の懸念が残る。流れできっと顧問も頼まれるだろう。もちろん引き受けてもいいけど、リアルでの料理スキルゼロの人間に務まるかがまた問題だった。


「うーん、やっぱりむずいか」


 あっさり気味な反応だ。初めから無理を言っている意識はあるはず。姫さんは背中を椅子に預けて腕を組みながらも、まだ真剣な表情で考えていた。


 もう少し現実的な案を示すなら安価なVR機器の導入あたりかな。突き詰めた性能のゲーム用に比べると頼りないものの、簡単な実習には耐えられる。文化部全体の共有機器で議題に上げれば可能性も……。


「DAOを手軽に遊べればなー」


「……料理ではなく?」


「実はさー、いちごがね」


 DAOへの関心が主だと話が変わると思ったけど、デリケートな事情でさらに悩むことになった。

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