第76話 真っ赤な嘘
いぶし銀のメンバー数が三人に減って、紅騎士団も謎の流れでフレンドになったシュヴァルツさんが倒れてしまった。激しい戦闘で一方的にはならず支援が難しい。
ターゲットを忙しく切り替えるのは回復が遅れる要因になり得る。盾役に注力するのが安全だが、それでも危うい瞬間があった。
『魔法が少々厄介でござる……ナカノ殿! かたじけない!』
視界に入ったコヨミさんに回復魔法を唱える。何人かのプレイヤーを倒したせいか注目を集めているようだ。その分、紅さんたちが楽になるけれど戦況は拮抗する。
「フレイムブレイド」
見た目が元に戻った大剣に再び炎が渦巻いた。精神力を心配してマナグレイスを挟みマナポーションを飲む。自分の精神力にも気を配る必要があって、残念なことに隠れていても支援し放題とはいかない。もどかしく辛いところだった。
『何名か紅殿に迫る実力を持った要注意人物がいるでござるな。特殊なスキルを使わないため助かっています。まあ、そこが大きな差でもあるのでしょう』
『爆発する炎のスキルに期待ですね。クールタイムが問題になりますが』
『実力者が誰かは戦いの中で判別がつきますし、時間を稼げば決めてくれるかと』
相手もいつ大技が繰り出されるか恐れつつ、必死に攻撃を続けているのだろう。時間に対する立場はおおよそ固まった。
「きちーな!」
「頂上決戦まで持つか不安だね。なんなら今、気兼ねなくやり合っても別に構わないよ」
「いーや、そんなダサい真似はごめんだ。他の連中に倒されるのも癪だし意地でも勝つ!」
「妖精が力を貸してくれると助かるんだけどさ」
いぶし銀もいよいよ正念場。角刈りさんがリーダーと考えても残りはヒーラーと盾役だ。誰かがやられた時点で脱落の二文字が頭をよぎる。
支援をしたい気持ちはあるものの手が回らない。頑張ってくださいと陰ながら応援するしかなかった。
体力の増減を繰り返す紅騎士団の盾役に対し、向こうのヒーラーと勝手に息を合わせて魔法を唱える。すでに本人の他、周りも回復の多さには違和感を覚えているはず。結果、より高いダメージを一度に与えるためか徐々に足並みが揃い始めた。
遅かれ早かれ回復量は越えそうに思えるがクールタイムも徐々に短くなる。最後のせめぎ合いはダメージゾーンから逃げるのとまた趣が違う、時間との戦いだった。
手に汗握る展開に魔導書を駆使してついていく。自分の精神力には余裕がある。これもマナポーションのプラス値による影響だ。調合に精を出した甲斐があった。
「よっしゃあああ! 雷狼!」
じりじりとした駆け引きが行われるなか、気合を入れる声と共に獣の鳴き声が響き渡る。雷がプレイヤーを吹き飛ばし空気が変わった。
やっとの反撃に安堵する。紅さんも流れに乗ってスキルを使えば勢いづく。
「精神力を回復できる?」
しかし、予想外にも聞こえてきたのは精神力不足の声で焦ってしまう。まだ余力があると見通しを立てていたのに当てが外れた。メンバー内のヒーラーに任せるか、それとも自分が支援に出るか。迷う一瞬の間に周りのプレイヤーたちが攻勢を強めた。
さらなる被害を防ぎたいとの思惑が一致したらしく、ダメージを覚悟する前のめり具合だ。ここが勝負どころ。とにかく詠唱を済ませて……。
「フレイムマイト」
「やべっ!」
「うっそだろ……!」
体力の回復を優先させても事態は好転しない、と考えて精神力を回復しようとしたのだが。炎の爆発が起こって呆気にとられる。
ヒーラーが魔法を唱えた様子はなかったし、本人もポーションを使っていなかった。つまり、そもそもがスキル分の精神力自体は残っていたということ。
先ほどの発言は油断を誘うための嘘? 効果は抜群で群がったプレイヤーたちが見事に巻き込まれた。自分を含め、シンプルな戦法だからこそ反射的に動いたのかもしれない。
直撃したプレイヤーは倒れたが、その周囲にいたプレイヤーは中程度のダメージを受けるにとどまり離れていく。
「よくやった紅! 後はおれがやる!」
「慎重に行きなよ!」
このまま何人かを倒せば同数近くに持ち込めるし勝ち筋が見える。紅さんと角刈りさんはさすがで、回復される前に一人二人と手負いを倒し切った。
後ろではコヨミさんが木の上から落ちて攻撃を加える。ただ、混乱が増す間にも無傷ではいられない。せめてもの抵抗とばかりにスキルを発動させて倒れるプレイヤーがほとんどだ
もはや引いた方が敗れる段階に進んでいるので、紅さんに集中するのが一番いい。ダメージが重なる事故を警戒すべきだった。
「プロテクトガード!」
「ナイス! 畳みかけるぞ!」
角刈りさんに浮かんだ青いエフェクトがすぐに弾ける。木の陰から矢が飛んできたのはかろうじて分かった。そして、続けて姿を現したのは短剣を持ったプレイヤーだ。
武器を振るって弓を放つ戦い方でふと思い出す。墓場にいたジーニアスというギルドか。
「こんの……速斬り!」
「スライスペイン!」
「あー! マジかよ!」
「ま、あたしらにしちゃ十分やったね」
凄まじい連撃に角刈りさんが倒れ、いぶし銀のメンバーが消えていく。盾役との間に木を挟んでの考えられた動きで感心する。
「討ち取ったか」
「いぇーい! 大金星!」
「来てるよー、シールドタウント!」
そこへ紅さんが攻撃を仕掛けた。盾でターゲットを強制されても怯まず体当たりを行うパワープレイだ。
位置取りが完璧で盾役の向こう側に、スキルの使用で息切れをした短剣持ちが立つ。振るわれた炎を纏う大剣は範囲が広まり、二人をまとめて射程内に収めた。
「シールドガード!」
「チャージスラッシュ」
構えた盾が一瞬で弾かれる。
「ヒール!」
「サークルスラッシュ」
通常攻撃を交えてのスキルは多少の回復だと間に合わない。
「耐えてナオ!」
「いや、無理だろ」
「無理だったかー」
印象が強いジーニアスにも支援をしたい気持ちはあるが、紅さんを優先して脱落するのを見届ける。一連の戦闘でついに狙われる対象が絞られた。
コヨミさんのおかげか周囲には煙幕が漂っており、不用意に近づいて来るプレイヤーはいない。少しだけ息を整えられた。
『残りは十一人の四パーティでござる』
『際どいですね』
『ヒーラーを一人倒しましたので、拙者が煙玉などでかき乱せば大丈夫かと』
余裕が窺える言葉で自分も前向きになれる。もし紅さんがやられたら支援の失敗を認めて飛び出すのもいいだろう。魔導書で殴りに行って潔く散るのも記憶に残るイベントの終わり方だ。




