第70話 コロッセオにようこそ
『今なら安全でござる』
コヨミさんの報告を受けて前方の瓦礫へ這いずりながら急ぐ。壺によって視界が限られるのは不安を大きく煽った。
幾度かの移動を経て、ようやくフィールド中央を見渡せる位置に着く。紅騎士団が囲まれて戦いが繰り広げられているものの、踏み込んだ展開にはなっていない。
『初めのパーティ撃破が効いていますね。皆さん慎重でござるな』
周りの四人パーティは互いにフォローし合って追撃を回避する。ただ、他のパーティと足並みを揃える難しさが見て取れた。冷静に立ち回れば時間の問題に思えるが、紅さんたちが簡単に倒される姿も想像できなかった。
とにかく支援のため体力を順番に確認する。陣形はヒーラーを真ん中に据えるシンプルなもの。四方からの攻撃に持ちこたえる様子を驚きで見守っていると、複数人が同時にダメージを負った。
自分の出番だと紅さんをターゲットするがすぐに回復した。リーダー役だろうしケアは早いが、ターゲットを切り替えても体力ゲージが最大値で疑問が浮かぶ。ポーションを飲む動作はなかったはずだ。
何か効率のいい回復を行っているのか確かめようとヒーラーに注目する。詠唱や魔法の発動経過は馴染みがあるものだけれど、メンバー全員にエフェクトが発生した?
それぞれ体力が回復していることから対象がパーティの魔法と推測できる。まだ自分も未取得のスキルだった。
他への回復はともかく、真っ当なパーティでの戦闘には効果的でしぶとい理由が分かる。懸念点は精神力の消費量で、通常のヒールよりは間違いなく高い。ここは精神力を分け与えるマナグレイスをメインに使って支援だ。
早速、詠唱して紅騎士団のヒーラーへ魔法を発動させる。少し顔を横に振る程度の仕草で反応すると、なぜかメンバー同士の距離が縮まった。
『動くでござるよ』
コヨミさんに言われ気を付けつつ見ていると五人のうち一人の姿が急に消える。
「うおっ!」
声が上がった場所は囲んでいたパーティの中で、そこに消えた紅騎士団のメンバーが現れた。
「今だ!」
「やれやれ!」
「ちょ、まっ!」
自ら死地に突っ込んだかと思いきや、強い風が巻き起こる。吹き飛ぶプレイヤーは四人でダメージは負っていない。
風が収まった中心地に残るのは二人だったが、次の瞬間には一人になる。立っていたのは短剣を持つ紅騎士団のメンバーだ。さらには飛んで行った四人もいなくなった。どうやらリーダー役がやられたらしい。
『拙者と同じく忍術の使い手でござるな。風を起こすスキルは未取得なので要修行です』
状況的に近くを除いて周りの敵を弾き飛ばすものか。二人きりになって安全に短剣で仕留める。手慣れているがピンポイントにリーダーを狙うのはさすがだ。
「逃がすな!」
囲んでいたパーティも三組に減った。必死さが増すのも当然で勢いのまま走り出す。
『先走っても瞬間火力でパーティメンバーを失う生け贄になるだけでしたが、お尻に火がつきましたね。なりふり構わず数の多さで押し切る段階でござる』
数で不利な方が優位に立って見えるのだからすごい。しかし、移動スキルのクールタイムのせいか一人でリーダーを倒した忍術使いが取り残されていた。そこへ集団が襲い掛かる。
紅騎士団の面々も向かうが一歩遅い。魔法とポーションで回復力が間に合うかは怪しかった。
こうなることは分かっていたはず。ジリ貧に陥るのを避けて動いたのは理解できるが、一人を犠牲にする作戦にしては助けに行くのが早い。それにタイミングが少し気になった。自分の支援直後なのは考えすぎだろうか。
備えに魔導書へのストックを忘れず流れを追う。忍術使いはかかって来いとばかりに長い髪をかき上げた。
「くらえ!」
「パワースラッシュ!」
ダメージを受けて回復して、受けて回復してを二度繰り返し、またダメージを受けた後に宙へ高く飛ぶ。コヨミさんがよく用いる跳躍のスキルだ。
攻撃を避けても紅騎士団のヒーラーは詠唱中。体力の値は減ったままなので回復魔法を解放した。自分がいなければ危ういところだったが……まさかというかやはりというか、当てにされていた?
可能性はあるが回復を一度、しかも姿すら見せない支援者を頼りにするのは運任せに思えた。
「やべっ!」
「フレイムマイト」
時間稼ぎにはなったようで、忍術使いが着地してダメージを受けたところに紅さんが切り込む。冷静な声音と共に炎の爆発が起こり、囲んでいたパーティは狙われまいと散り散りに離れた。これでメンバーを失わず二つのパーティを撃破したことになる。
「くっそ……!」
「おい! 見てるだけじゃ全員やられるぞ!」
切羽詰まった声がコロッセオに響き渡った。さすがに傍観者ではいられないと覚悟を決めたのか、ぞろぞろと人影が集まってくる。四人パーティや三人パーティなどメンバー数は様々だが、合わせればかなりの規模だった。
『ふむ、この先は拙者が集団の中に入って混乱の元になりましょう』
一致団結した後に仲間割れの演出は効きそうだ。とはいえ、全体へ波及するまで持ちこたえられるかの勝負だった。
「うおおおー!」
その時、上の方で叫びが聞こえてくる。頭を外に出してみると五人のプレイヤーがちょうど落ちてきた。
「よっと。ほらみろセーフだったじゃねえか」
「運が良かっただけでしょうが」
突如現れた騒がしい和装の一行に場の勢いが削がれる。やり取りから察するに、罠へはまった訳じゃなく故意に大穴へ飛び込んだのか。随分と無鉄砲な人たちだ。
「うお! 紅騎士団がいる! やるか、やんのか?!」
「バカ、周りを見なって」
「は? めっちゃ囲まれてんな」
「強者は囲むに限るんだよ」
「俺たちのことか?」
「紅騎士団様のことさ」
「つまり、周りの連中と戦えば強者の仲間入りってか!」
「ま、相手にするならそっちだね」
どうも紅騎士団との共闘を行うらしい。まだまだ数のつり合いは取れないが、単純な戦力増加は助かった。
◇
【DAO】イベント会場Part9【第二回】
86 名前:名無しの古代人
コロッセオは小競り合いが続くか
87 名前:名無しの古代人
ダメージゾーンが迫ってるのに
全滅コースもある?
88 名前:名無しの古代人
さすがに紅騎士団が無茶してでも暴れるだろ
89 名前:名無しの古代人
ほらやっぱり
壺が動いてるって
90 名前:名無しの古代人
どこに注目してんだよ
91 名前:名無しの古代人
コロッセオの話?
壺なんて破片しか見当たらん
92 名前:名無しの古代人
たぶん半面だけが残ってる
地面に置いて中に隠れてるやつがいるんじゃ
93 名前:名無しの古代人
なんかタルが動くとかも言ってたっけ?
94 名前:名無しの古代人
同じ人だったら笑う
95 名前:名無しの古代人
そんなことより戦況が動いたぞ
96 名前:名無しの古代人
紅騎士団のメンバーが一人で突っ込んだのか
97 名前:名無しの古代人
これ複合スキル?
周りを吹っ飛ばすやつ
98 名前:名無しの古代人
だろうな
中心だと敵でも効果を受けないって
テクニカルというか使いどころの限られるスキルだ
99 名前:名無しの古代人
タイマンに持ち込んで始末する
手練れならではのやり方か
100 名前:名無しの古代人
しかもリーダーだったね
狙いまでバッチリ
101 名前:名無しの古代人
ふたつのパーティを簡単に撃破
囲まれながらよくやるよ
102 名前:名無しの古代人
まあ一人は脱落だな
回復も間に合わなそう
103 名前:名無しの古代人
周りがせめて一矢報いようと意気込んでる
104 名前:名無しの古代人
あれ?
ぎりぎり耐えた
105 名前:名無しの古代人
紅が追い払ったな
106 名前:名無しの古代人
空中で回復したように見えたが
107 名前:名無しの古代人
ヒーラーが一人にしては回復量が多い?
108 名前:名無しの古代人
おいおい
ここにも妖精おじさんがいるのかよ
109 名前:名無しの古代人
さっき壺に誰かが入ってるって
110 名前:名無しの古代人
妖精おじさんから壺おじさんにジョブチェンジか
111 名前:名無しの古代人
おじさんが壺を探す絵面はシュールだな
112 名前:名無しの古代人
妖精おじがいたら数の不利を打開できそう
113 名前:名無しの古代人
様子見してた連中が出てきたしどうかな
114 名前:名無しの古代人
なんか落ちてきた?
115 名前:名無しの古代人
いぶし銀かよ
ギルドトップ勢が揃った
116 名前:名無しの古代人
大穴に向かって飛び下りたのか
アホなやつらだ
117 名前:名無しの古代人
落下ダメージがなくて助かったな
118 名前:名無しの古代人
けどまた流れが変わるぞ
119 名前:名無しの古代人
面白くはなってきた
120 名前:名無しの古代人
さっき壺から頭が出てなかった?




