第68話 雪が降る遺跡にて
「……」
外の様子を静かに窺い安全を確かめてから棺桶を出る。各所へ配置する作戦は功を奏して、まったく見つからずに支援を重ねられた。先客のガイコツやリーダー役をあぶり出す炎などのトラブルにも見舞われなくて助かった。コヨミさんはコヨミさんで闇討ちサポートを楽しんでいたし上出来だ。
『そろそろ落ち着いてきたようでござる。次のダメージゾーンに備えて行動するパーティが出てきましたね』
墓場はダメージゾーンのほど近くだ。次の収縮がどの範囲になるか分からないけれど、安全地帯が円形なため中央に寄っておけば対応しやすい。運の良さより運の悪さを想定すべきだった。
『自分たちも移動しますか?』
『でござるな。他の皆様方と歩調を合わせるのが支援にはいいかと』
棺桶とはここでお別れだ。タルと同じくホームへの設置を検討したいが、和風とかけ離れているのが問題だった。
引き続き警戒をお願いしてエリアを離れる。イベントの折り返しが今かどうかはともかく、現時点で生き残っているギルドには一層の注意が必要だ。自分たちと比べて真っ当に戦ってきたのなら手強いはずだった。
必死に走っていると月明かりの中にちらつく影が見え始める。
『雪も降るんですね』
『徐々に積もっていくでござるな。地面に残る足跡の上を進みましょう。雪で隠れた穴などに落ちるかもしれませんので』
『了解です』
起伏のある丘が白にまみれていく。現実よりも幻想的に思えるのは積もった雪へ反射する光の差だろうか。
雪を踏みしめる感覚は愉快で、積もったばかりの綺麗な場所へダイブしたくなる欲求を抑える。沼地と違って転がるのに抵抗はなかった。
ただ、今は余裕を見せずに先を行く。楽しみはイベント外で雪のエリアに出会ったときにとっておこう。
周囲にはプレイヤーの姿がなく一面の雪景色だ。ここまでの移動を振り返ると全体数は確実に減っているようだった。
『あまり中央へ近づき過ぎても手間がかかる可能性があるでござる。遺跡のシンボル地点が配信区域なので、そこでしばし様子を見るのはいかがです?』
『それがいいと思います』
コヨミさんの考えには基本賛成するものの、提案ごとに聞いてくれるため一緒に決めている気になれた。
マップ上ではダメージゾーン寄りだが、どこが収縮範囲でも十分間に合う距離だ。近辺に崖や橋など進行の妨げになる場所も少なかった。
雪はずっと降り続いて遺跡にたどり着く。風化した石組みの壁や丸い柱はヨーロッパ的で、壁に装飾される大きな人の顔を形作ったオブジェクトや巨大な木の根が絡まる雰囲気はアジア的だ。
踏み入ると迷路じみたエリアなのがすぐに分かる。壁に挟まれた通路が多く長方形の建物同士が二階部分で行き来できた。遮蔽物だらけで身を隠しやすいが、それは他のプレイヤーも同じ。鉢合わせの危険性が高く無暗に姿を現せられなかった。
全体の広さは控えめだが入り組んでいて厄介だ。
『ポツポツと動くパーティがいるでござるな。きっと建物の中で待ち構える方々もいます。少々判断が難しくなりますね』
頼りになる灯りは月明かりだけで照明具は自らの位置を知らせてしまう。雪が降っているのも手伝い視界が悪く、コヨミさんの警戒がまさに生命線だった。
『さてさて、ナカノ殿が入れる家具があればよいのですが』
もはや決定事項なのか当然のように話は進むが、信頼と実績があるため役立つのは間違いない。とりあえず建物の中で物色することにした。
パッと見たところ閑散としている印象がある。石テーブルと椅子が雑に置かれて隅には壊れた木箱や壺が落ちていた。
破片をいくつか調べたところ壺は水がめに似て口部分が広い。丸みのせいで横向きだと転がるが、縦のままでも透明になって顔を出せば大丈夫だろう。
『状態のいい壺なら中に入れそうです』
『了解しました! 拙者も探してみるでござる!』
上手く底に穴を開けて足を出せるか不安は残るが、転がしながら運んで棺桶と同じく位置を固定した支援はできる。見通しの悪さも壺を回復魔法のストックと透明化するだけの隠れ場にし、動き回ることで対応は可能だった。
遺跡エリアでの方針は決まりだ。外に出ると積もった雪に足跡がついて怪しまれるので、なるべく建物内を通って行こう。
≪一分後にダメージゾーンが追加されます≫
≪徐々に安全地帯へ向けて収縮が行われますのでお急ぎください≫
これから準備だというときにシステムメッセージが流れて肩透かしを食らう。予想より早く様子見の時間が終わってしまった。
『むむ、現在地がダメージゾーンの中に入っていますね。まずは安全地帯へ向かうのを優先すべきでござるな』
『そうですね』
今回は中央に近い範囲がダメージゾーンだ。このエリアに潜むパーティもおそらく移動を始める。透明の過信は禁物で慎重さが求められた。
『何組か見送った後に行くのがいいでしょう。戦闘が起これば混乱に乗じて……?』
コヨミさんの言葉が途切れたと同時に周囲が激しく揺れる。
「っ!」
建物の一部が崩れたので外に出ると、足元まで崩れて浮遊感が身体を襲った。どこかを掴もうにも手がすり抜けて宙を泳いだ。
焦る一方でなすすべなしなのを悟り丸くなる。落ちて叩きつけられるにしても、せめて受けるダメージは最小限にしたかった。
状況の把握に視線を彷徨わせると暗闇の中、遠くにいくつかの赤い灯りが見えた。
「ぐっ! ととと……?」
軽い衝撃を感じて地面を転がる。止まって広げた手は透明のままで体力も満タンだ。何かの罠かと思ったが、かすり傷すらなく無事だった。
立って周りを確認すると土の地面に壁や建物の残骸が散らばり、高い壁に囲まれている。その上には観客席のような段差が円形に広がっていた。
コロッセオがモチーフなのは明らかで、壁の松明に照らされたフィールドには戸惑う数多くのプレイヤーが存在した。




