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社畜おじさん、仕事を辞めて辻ヒーラーになる。  作者: 七渕ハチ
第二章『回復代行結社でござる』

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第56話 配信区域の戦闘

「ほっと」


 目の前にコヨミさんが急に落ちてきて驚く。上には太い枝が伸びており、木々を渡って偵察を行っていたのが分かった。


「四人と三人のパーティが戦っています。数の不利が引っくり返るほど実力に差はありませんでした。徐々にこちら側へ向かって来ていますので、見つかっても逃げやすいこの場で待つのがよいかと」


 支援のために支援をしてもらっているようで不思議な気持ちになる。自分の遊びに付き合わせるのには若干の申し訳なさがあった。


 誰かを応援するのが好きとは聞いたものの、こっそり行う回復にどれだけ満足を感じているか。忍者に通ずる楽しみ方があるならいつでも手伝いたかった。


「拙者は他のプレイヤーを警戒するでござる」


「お願いします」


 コヨミさんがすぐに高く飛んでいなくなる。舞台は整えてくれた。一人だと考えなしに走り回って大変な思いをしていたはず。四人のギルドには悪いが戦力差をしっかり埋めよう。


 前回のイベントと同様に戦いへ割って入るのは、どちらか一方にとっては嬉しくない状況になる。結局は自己満足と戒めつつ、自重はせずに回復魔法を撒くことに集中だ。


 透明化が時間経過で解除される。木の存在感を信じて姿を晒したまま待機すると、奥から三人のプレイヤーたちが背を向けてやってきた。


 一番近いのが杖とローブの格好で、次に短剣と弓、最後が剣と大きな盾を持っていた。見た目で役割が推測できる。自分が真っ当な遊び方をしていれば不意に攻撃を加えての離脱も可能だった。


 コヨミさんが頑張ってくれている偵察と警戒がいかに大事か分かる。しかし、戦闘中に余計な気を回すのは難しい。戦う行為そのものがリスクになりそうだ。


 自然と生存を目指す方向性になっても、エリアが狭まれば生き残りが多いほど移動中の遭遇が増える。必然的に衝突が起こるのは間違いなかった。


 色々考えると事前に参加者を減らしながらポイントを稼ぐのが、イベントの攻略には一番なのかもしれない。やはり、ある程度のリスクは不可欠か。


「パワースラッシュ!」


 声が聞こえて金属音が響く。追ってきた四人組がスキルを使って攻め立てる。前衛が二人、後衛が二人の構成だ。


 盾役が防ぐも体力が徐々に減る。回復よりもダメージの方が勝っていた。足場の幅のおかげで回り込まれる心配はないが、正攻法で押し負けている。


 ここまで無事に引いてこられただけでも上出来と言えた。少しばかりの力添えで対等な戦いをしてもらおう。


 魔導書に温めていた回復魔法を解放する。対象は盾役で様子を窺うが、周囲を気にするのはローブ姿の回復役一人。向こうのパーティも特に警戒する素振りは見せなかった。


 ひそかにストックを繰り返し適時支援を行う。マナポーションを飲み、ヒールと合わせてマナグレイスで精神力にも気を配った。


「しぶといな……」


「なんで倒れねーんだ!」


 さすがに時間が経つにつれて回復量がおかしいと疑問を覚えたのか、荒い声と共に盾へ武器が叩き込まれる。後衛もどこかに隠れたメンバーがいるのではと明らかに探しだした。


「……続け」


 木の陰に縮こまってやり過ごす最中に、すっかり支援を受け入れていた三人組が静かに合図を送り合う。


「パワーショット!」


 そして、反撃が始まった。


「シールドバッシュ!」


 弓の一撃が後衛にまで届き、盾が前衛の内一人に片膝をつけさせる。


「マルチショット! ディープリーピアース!」


 複数の矢がばら撒かれると同時に奥へ弓持ちが潜り抜け、短剣を鈍く光らせた。


「っ!」


 相手側の後衛一人が立て続けの攻撃で倒れる。隙が生まれた瞬間に畳みかけるとは。練度的には三人組の方が高く思えた。


「ヒール!」


 回復役からの補助も入って弓持ちが戻ってくる。これで人数差はなくなった。


「この!」


 まだまだ戦いは終わらないどころか本番だが、後は同戦力で真っ向勝負をしてもらおう。自分の存在が双方に感づかれている以上、引き際は肝心だ。


 イベントは始まって間もない。上手くやったと自信を持つため、透明になってひとまず退散する。


『雫石をいくつか放り込めますか?』


『お任せを!』


 最後にどこかで見てくれているコヨミさんに頼んでおいた。公平性を持ち出すのは今さらだけれど、仕切り直しで相手側にも回復を届けよう。




 ◇




「よし……」


 沼地の上にかかる木の足場で三人組のプレイヤーがひと息つく。


「うーん、よく勝てたよな」


「配信でアピールできたんじゃない?」


「あそこが配信区域ギリギリだっけ。見てた人がいればいいけどさー」


 盾を持つ男が座り込んで伸びをし、ローブ姿の女がつられて両手を挙げた。


「それより、あの回復は?」


「あれがなかったら絶対に負けてたなー」


 弓を背中に収めたリーダー役の男が不思議そうに聞く。


「私じゃないことは確かだけど……妖精おじさんだったりするのかな」


「なんだそれ」


「知らないの? 姿を見せずに回復してくれるんだって」


「あ、おれは聞いたことあるよ」


「プレイヤーなのか?」


「どうなんだろーね。システム説とか言われてたり?」


「ふむ……イベントで一方が有利になるのは問題だな」


「じゃあプレイヤー?」


 三人は答えのない疑問に顔を見合わせる。


「接敵してすぐの戦闘で押されてた時に焚かれた煙幕もあったっけ」


「あのおかげで態勢を整えられたよね」


「そういえば回復効果のある石が投げ入れられて上を見たが、枝葉に隠れて鎧を着込んだキャラがいた気はするな」


「ふーん、やっぱり助けてくれた人はいたんだ」


「優しいのがいるもんだなー」


「四人残るより三人残る方がイベント的には都合が良かった、とも言える」


 リーダー役の言葉に二人から冷めた視線が向けられた。


「その偏屈な考え方、いい加減に直しなね」


「可能性の話だ」


「今の会話が配信に乗ってたらギルドのマイナスアピールにならん?」


「っ! 私たちは和気あいあいで楽しいギルドです! 誰でも歓迎なので興味があれば連絡を!」


「いや、ちゃんとやる気があるやつをだな……」


「無神経は黙ってて!」


 DAO公式のイベント配信画面には戦闘から勝利後のやり取りまでを捉えた映像が、絶え間なく流れていた。

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