第47話 宝の地図
「キュル!」
緊張から解放されて、キュル助の鳴き声に肩が軽くなる。
特にドロップ品などを得たシステムメッセージは流れていない。期待した宝箱があってほしいという気持ちで部屋を見回すと、いつの間にかコヨミさんの姿がどこにも……。
「っ……?」
後ろから肩を叩かれて一瞬、息をのむ。また驚かそうという魂胆かと振り返って、さらに息をのんだ。
「ギギギ、でござる」
そこにいたのは下忍オクトパスの触手頭をかぶるコヨミさんだった。まさかプレイヤーにも寄生するモンスターなのかと疑うが、フランクな口調に気が抜ける。
「タコながら、イカした頭の装備品です。ナカノ殿のほうにはありませんでしたか?」
「……残念ですが」
「レアドロップ品なのかもしれないですね。よければお渡ししますよ」
「いえ、コヨミさんのコレクションに加えてください」
かなり目立つタイプの装備品なので遠慮する。おそらく使う機会は訪れないだろう。
「了解でござる! では、お宝の確認といきましょう」
先に見つけていたようで部屋の奥、様々な器具が置かれた場所に宝箱があった。装飾は控えめだが木製のいかにもな形にそそられる。
「どうぞ!」
開ける役をありがたく譲り受け宝箱と向かい合う。しゃがんで手をかけて開くと、中には鈴と紙切れが入っていた。少々慎みが深い内容物に喜ぶべきか迷ってしまう。
「ライド用の鈴に似たものと、地形が書き込まれた紙切れでござるな。さしずめ宝の地図といったところでしょうか」
言われてみると赤い印が付けられ宝の地図に見えてきた。
【宝の地図】
『種類』特殊アイテム
『説明』古びた宝の地図
湿り気を帯びている
湿り気はともかく、調べるとまさしくで嬉しさが湧いてきた。宝箱から新たな宝箱へか。期待を高めてくれる。
「こっちは……影馬呼びの鈴という名前です」
「ほう! 影の馬でござるか?!」
コヨミさんが分かりやすく反応した。影も忍者に関わる言葉か。
「自分はペンリルを気に入っているので使ってください」
「かたじけない! 宝の地図で示された場所にあるものは、ナカノ殿にお譲りしますね」
何か分けられるお宝だと気兼ねなくお礼を言えるのだけれど。
「簡単に見つかるでしょうか」
冷静に考えると小さな地図だけで探し出すのは困難だ。表に裏に青い炎に透かしてみたりするが他にヒントはない。
「意外と近くにあるかもしれませんよ。少し探してみるでござる」
地下道の攻略には時間がかかった。そろそろ解散のタイミングだが頼らせてもらおう。
「謎を提示されて放置するのはモヤモヤが残りますからね」
いつの間にか空になった宝箱の前に光の筋が現れていた。
≪入口に戻りますか?≫
了承するとポータルで移動するように、一瞬で地下道の入り口辺りに戻る。慎重に外を覗くがゾンビの姿はなかった。
「夜とはいえ外に出ると気持ちが良いでござるな。沼地なのがマイナスポイントですが」
コヨミさんにつられて伸びをする。
「さて、地図を調べてみるでござる」
改めて照明具の灯りで確認すると、曲がりくねった道や木々が沼地に似ている気がした。
「中央にある穴の開いた岩が……今の場所?」
「であれば正面の大きい木があそこでしょう。道に沿って進み、途中に沼が広がるほうへ外れた先が赤い印でござるか?」
ゲーム内の地図と景色を宝の地図に照らし合わせると、重なる部分が多かった。さすがに遠くの無関係なエリアへ行かせるほど不親切ではないらしい。
「早速こちらを使って……」
コヨミさんが鈴を鳴らすと風が吹く。鳴き声や足音すらなく姿を現したのは全身が黒い馬だ。普通の馬よりも若干身体が大きかった。
最も特徴的なのが足元に揺らめく青い炎で、地面を蹴る動作も無音のまま。存在感と希薄さを兼ね備えていた。ターゲット名は鈴の名称と異なり、シャドウスティードと表示されている。
「おお! 忍の馬でござるか!」
どうやら満足いく姿だったようだ。軽快な動きで飛び乗り手綱を持って背筋を伸ばす。鎧もマフラーも雰囲気に合っていた。
自分もペンリルを呼び出して跨る。
「さあさあ! 行きましょう!」
走り出すコヨミさんについて行く。宝の地図はこちらにあるが、ゲームシステムで提供される地図にはマークをしたり落書きもできる。簡単に印を付け加え済みなのだろう。
手際の良さは相変わらずだ。時折立ち止まりつつ地図に目を落とし、木々や道の曲がり具合に目を配る。
「省略されている部分を見落とすと、あらぬ方向へ行くでござるな」
穴が開いた岩のシンボルと赤い印だけを当てにするのも手だが、足を取られる沼が邪魔をした。
「道が途切れますね」
モンスターに囲まれるより堅実に行った方が早いはず、と思っていたがむき出しになった土の道自体がなくなってしまった。
「一面の沼地でござるか」
宝の地図が示す赤い印はこの向こう。見える範囲にモンスターがいないのは、ひとまずの安心材料だ。
「突っ切るしかありません!」
「そうですね」
この程度で諦めるプレイヤーはいない。沼と戯れながら行こう。
「……?」
先を進み始めるコヨミさんの後ろを追おうとしたところ、ペンリルが歩みを止めた。
「おや、どうしましたか?」
「それが……」
「フェッ、フ!」
断固拒否と言われた気がしたので仕方なく降りる。洞窟などと同様にライド禁止の箇所が沼地にあったとして、コヨミさんがシャドウスティードに乗っていられるのはどういう訳か。
今一つ納得しにくいが徒歩で行くことにする。
「なっ!」
右足を沼へ踏み入れた瞬間、身体のバランスが崩れた。足がつくはずの地面がなく混乱のまま前に倒れ込む。
「ナカノ殿!」
支えるために出した右手、左手も沼に入り自由を奪われた。水中とは違って浮き上がれずに沈む一方で焦りが増すなか、腕を引っ張られた。
「跳躍!」
急に宙を飛んで手前の陸地へ転がる。コヨミさんがスキルを使い助けてくれたようだ。
「ありがとうございます……」
「いえいえ。ここは底なし沼にでもなっているのでしょうか」
ゲームとはいえ、やり過ぎな地形に思える。自分が不用心だったと言われればそうなのだが。
「ふーむ、実に深いですね」
コヨミさんが地面に寝そべり沼の中に手を入れている。罠に近いエリアで浅い箇所を見つけて進むのだろうか。
「シャドウスティードは影響を受けないのでござるね」
乗り手がいなくなってなお、底なし沼の上に佇む姿が勇ましい。
「宝の地図と一緒に宝箱へ入っていたのを考えると、沼を移動するのに適したライドなのかもしれません」
「ペンリル殿が進めませんでしたし、ありえますね」
となると一人で見てきてもらうのがいい。コヨミさんがシャドウスティードを近くに呼んで飛び乗った。
「ナカノ殿も後ろへ乗ってください。身体の大きさゆえか鞍も立派で座れますよ」
確かに、よくよく見れば座れる場所が二つある。
「……」
「どうしました?」
なぜだか妙な気恥ずかしさを覚えるが変に思われるのは避けておきたい。
「失礼します」
鞍にも掴めるところはあって、できるだけスマートに乗り込む。
「お宝目前! 再出発でござる!」
シャドウスティードが静かに走り出す。普通の馬やペンリルの場合は浅い沼地でも移動が遅かった。このエリアを快適に移動する手段になっているのは間違いなさそうだ。
さほど揺れはなく、コヨミさんとの間にもしっかり隙間があって心配は無用。鞍を掴むのは手綱と同じぐらいに安心感があった。
途中でモンスターには絡まれず進行方向に小高い丘が見えてくる。他の場所が起伏の少ない沼に続く沼なので奇妙に映った。
「ふむふむ、ここの天辺当たりでしょうか」
陸地にきてシャドウスティードから降りる。むき出しになった地面の所々には緑の草が生えていて、自然と踏むのを避けながら坂を上っていく。
頂上付近には思ったより早く着いた。平らになっており大きめの石が両端に並ぶ。その間を歩いて進むと、待っていたのは小さな祠で鳥かごが置かれていた。
「クカー!」
「おお? なんでござるか?」
中にいたのはドクロの仮面をかぶったカラスだ。これは一体……?
「デスヘッド・クロウとターゲット名には出ているでござるね。モンスターでしょうが……いえ、宝の地図にあるのですからペットかもしれませんよ」
ペットと聞いて興味が湧くものの、キュル助がいるため諦めざるを得ない。
「自分にはペットがすでにいます。コヨミさんはどうですか?」
「忍者らしいスキルがあるか調教ギルドを訪れてみましたが、熟練度の数値次第で扱えるペット数が増えると聞きました。拙者は今のところペットを使う予定はないので、ぜひナカノ殿がお持ちください」
そういえば調教ギルドには行ってなかった。ペットの数を増やせるのなら欲が出る。
宝の地図の先にあるものは譲ってもらえると言われていた。ここは甘えたいが、キュル助を連れたままでテイムは可能なのか?
「この鳥かご、もしやアイテムではござらんか」
≪鳥かご〈デスヘッド・クロウ〉を入手しました≫
手で触れてみるとメッセージが流れてアイテム欄に収納された。
「飼育管に似たアイテムのようです」
「ほうほう。キュル助殿と同じく外に出せるのですか?」
「試してみます」
鳥かごを使用すると光の筋が宙に飛ぶ。ドクロの仮面をかぶったカラス、デスヘッド・クロウが現れた。
「クックック……!」
翼を広げて飛びながら喉を鳴らす。見慣れたカラスと比べて気持ち大きく感じた。
「空を飛ぶタイプは便利ですね。なにより! ドクロの仮面が最高にカッコいいかと!」
やはり注目するのはそこなのか。
【デスヘッド・クロウ】
『レベル』 1
『体 力』24/24
『精神力』47/47
『スキル』アブソーブエレメント
ペットの画面で調べたところ、キュル助と同様にスキルを覚えていた。名称からは効果がまったく想像できない。
「名前はいかがするのでござる?」
調教スキルが成長しているおかげか新たなペットが仲間になったのはいいものの、命名問題が残っていた。カラス……デスヘッド……クロウ……思いつきで決めるには少々難しい。悩もうにも地下道の攻略を終えた後では頭が回らなかった。
◇
「ふわ……」
学校に着いてからも緊張感のないあくびが出る。昨日はつい遅くまでゲームを楽しんでしまった。
「先生おはようございます!」
「はい、おはようございます」
廊下ですれ違う生徒の元気に目を覚ましていく。でも、仕事モードになるのはまだかかりそう。頭にあるのは帰宅後に遊ぶDAOのことばかりだった。
「こよちゃん先生じゃん。おっはー」
「おはようございます、姫さん」
明るい髪色でルーズソックスをはいた女子生徒の姿は、見るたびに懐かしくなる。私が学生のころでさえ珍しかった。時代は回るんだなと出かけたあくびを我慢する。
「お姉ちゃん!」
そこへ幼さが残る男子生徒が小走りにやってきた。
「あ、先生。おはようございます!」
「おはようございます、桜瀬くん」
私を見て走るのをやめ歩き出す。無用な注意をしなくていいのは気が楽だった。
「どしたのいちご?」
「お弁当! 忘れてたよ!」
「ありゃ、ガチで?」
二人の顔立ちは性別が違っていても似通っている。どちらも一年生で双子の姉弟。同じ学校に進学するだけでも仲の良さが伝わり温かい気持ちになった。




