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社畜おじさん、仕事を辞めて辻ヒーラーになる。  作者: 七渕ハチ
第一章『妖精おじさんがあらわれた。ただし、その姿は見えない』

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第36話 色物忍者の爆発四散芸

「……」


 視線の先で広がる光景には驚きしかなかった。絶句とはこのことだ。


 何か理由あっての現象だろうか。あんな数を相手にするのは到底無理で、ただただ遠くから眺める。キュル助で対応可能なラインを明らかに超えていた。


「いや……」


 雫石なら一網打尽にできる?


 時間経過の小ダメージだがゾンビに効くのは分かっている。半球の中心に投げ込めば霧の範囲に全員を巻き込めるはずだ。


 物は試し。あんなものを見て素通りするのはもったいない。いつも通り、ゲームらしく楽しむ姿勢で挑戦しよう。


 手に雫石を持ち気合を入れて放り投げた。


「キュル助、カモフラージュ」


「キュル!」


 こちらへ襲ってきても困るため透明化で対策する。雫石は見事に狙ったところへ落ちてくれた。システムのアシストがあるのではと思うほどきれいな放物線で、野球の才能があると勘違いしてしまいそうだ。


「ウウウゥ……!」

「ウウウゥ……!」

「ウウウゥ……!」


 こだまするゾンビの声が辺り一帯を奇妙な空間にさせる。エリアの広さも相まってか他プレイヤーの姿はなく、少し心細さを感じた。


 しばらく待っていると雫石の霧が消えてゾンビの呻き声がやむ。与えたダメージは三割を超えている。時間効率を考えなければ、かなり有用な戦術だった。


 蠢くゾンビたちは動かずに半球を維持する。雫石を投げての透明化を続けて二度繰り返すと、ゾンビのやられ声が微妙な時間差で重なり合って嫌なハーモニーを奏でた。



≪腐り玉を入手しました≫

≪腐り玉を入手しました≫

≪腐り玉を入手しました≫

≪腐り玉を入手しました≫

≪腐り玉を入手しました≫

……



 本来ならアイテム入手のメッセージはいくら流れても嬉しいものだが、アイテム欄から臭いがする気がして素直に喜べない。


 形成されていた半球が消えて景色がすっきりした。きっと、あそこに何かがある。土の成分が多い安心安全な地面を離れ、沼に足を取られながら近づく。


 靴の中へ染み込む感覚を我慢した先には長方形の穴が開いていた。泥は不自然に遮られて階段が地下へ続いている。若干の不気味さを無視して下りると青い炎の松明が灯っていき、前方に伸びる通路を照らした。


 沼地と違って地面に壁、天井の全てが岩を削り取ったように整っている。洞窟と比べて人工的な場所だった。


「キュル助、カモフラージュ」


「キュル!」


 不穏な空気感に透明化は忘れない。通路を慎重な足取りで進み始めてすぐ、何者かの影が見えてくる。ボロボロの忍び装束に身を包む下忍ゾンビという名のモンスターだった。


 まさかの忍者で、しかもゾンビ要素が入った色物とは。コヨミさん的には関心が向く対象なのだろうか。


 相手はしたいが複数体いる場合は危険が大きい。一度すれ違って奥を調べようとしたが、下忍ゾンビがこちらへ歩いてきていた。


 透明化の効果はまだ解けていない。ゆっくり端に寄るが確実に捕捉されている。忍者系のモンスターには透明を見破られるのか、それとも青い松明のせいか。影の妙な揺らめきが気になった。


 歩く速さは通常のゾンビよりも早い。といっても走れば逃げ切れる程度で、落ち着いて後ろへ下がり対応する。


「トリガー、詠唱」



――シュンッ!



「トリガー、ヒール。行け、キュル助」


「キュル!」


 一体なのを確認後に回復魔法をストック、キュル助を向かわせた。距離が詰まるのに合わせてサポートに雫石を投げる。ゾンビと名がつけば効くと思い行ったが、予想外の結果が待っていた。下忍ゾンビが地面に広がった霧を避けて動いたのだ。


 さすがゾンビとはいえ忍者。簡単に引っかかってはくれなかった。ただ、嫌がっているのは見て分かる。行動阻害などの使い道はあった。


 アイテムを投げたのが攻撃判定になったのか、下忍ゾンビは雫石を迂回しこちらに向かってくる。


「キュルル!」


 そこへキュル助が攻撃を加えて壁になってくれた。通常のゾンビと同様に毒攻撃が来るのに備えて雫石を手にする。たとえ避けられても回復効果は助けになる。


 四方を囲むように設置すれば相手の逃げ場を失くせるし、大ダメージを受けた際にはキュル助を退避させるのにも役立つ。手持ちの個数には限界があるため使いすぎには注意が必要だ。汎用性のあるアイテムなのでまた今度、洞窟へ回収に向かいたい。


 下忍ゾンビは懐から出した錆び付く短剣で攻撃してくる。威力はキュル助の体力を半分も奪えておらず、拍子抜けだった。


 しかし、逆に考えると怖さもある。新しいエリアへきて初見のモンスターと戦う時に、特殊な攻撃の対処が難しいことが経験として分かってきた。


 動向を見守るのもにも緊張する。自分にできるのは回復だけなのがもどかしい。やはり投擲など使い勝手のいいスキルが大事か。


 ペットの画面を開いて雫石をばらまく心づもりでいるが、下忍ゾンビはひたすらに短剣を振り回す。ヒールを入れるだけの作業に終始すればするほど緊張が増した。


 結局は最後まで攻撃のパターンが変わらずに下忍ゾンビの体力がゼロになる。膝をつく姿に力むが、そのまま地面へ倒れて安心した次の瞬間……。



――ボゴオン!



 下忍ゾンビが爆発四散した。心臓が縮む現象に焦りながらキュル助の安否を確かめると、体力が1のギリギリな状態で急ぎ回復魔法をかける。倒した後に発動するタイプの攻撃があるとは思わなかった。



≪鉄の欠片を入手しました≫

≪爆符を入手しました≫



 入手したアイテムで、鉄の欠片はともかく爆符の方が気になった。



【爆符】

『種類』攻撃アイテム

『説明』爆発を生じる呪符

    複雑な文字と紋様が記された札

    対象に張り付けた数秒後に爆発する



「なるほど……」


 爆発に関連するのは実に惜しい。火薬に近いようで遠いが、使いどころはありそうだった。

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