第33話 雫の洞窟
ペンリルの快適な乗り心地でひた走る。荒野はかなりの広さがあって同じ景色が続いた。始まりの村で受けられる王都に行くクエストで、地図のガイドを見ずに方向を間違うと大変な道中になりそうだ。
プレイヤーの数は進むうちに減っていく。そして、先に見えてきたのは高くそびえる岩壁だった。
地図で詳細に浮かんだ範囲を調べた限り、崖と同じで左右へずっと伸びている。行き止まりかと思ったが、一か所だけ岩に似たシンボルがあった。
そこに向かうと大きな横穴が開いている。地図を改めて確認すると、雫の洞窟という名前が新たに表示された。どうやら岩ではなく洞窟のシンボルだったらしい。
「フェッ、フ!」
中に入ろうとしたところでペンリルが足を止めた。進もうとしても頑なで仕方なく降りる。洞窟内に乗ったままの侵入は禁止か。
坑道でも馬に乗ったプレイヤーはいなかった。場所によって歩く必要があるのはゲーム的な仕様として納得できる。ここからはキュル助の力を借りて挑もう。
洞窟に入って照明具をつけておく。坑道よりも少し狭い印象だ。天井には鍾乳石が垂れ下がって時折、水滴が地面に落ちていた。
興味本位で鍾乳石の下に立つと頭に水滴が当たって冷やりとする。
「キュル?」
キュル助にも当たったようで首を傾げられた。フィールドの作りにまで反応があると愛玩動物感がより増した。
ただ、現実で犬や猫などを飼うとなると大変なのは想像に容易い。きっと、ゲーム内で可愛がるぐらいが身の丈に合っている。
洞窟内はごつごつした岩だらけで歩きにくい。手をついて上がる高さの段差もあり、馬とペンリルで走り抜けるのは単純に難しく思えた。
「おっと……?」
進行方向に両手で抱えるのも大変なサイズの貝が現れて足を止める。ターゲットが可能で名前はフレイムシェルだった。
攻撃方法は確実に炎を使ってくる、と想定しても対策はとれない。
「行け、キュル助」
「キュル!」
魔導書にヒールをストックする。いつも通り、自分は回復に専念するだけ。キュル助の頑張りが全てだ。
フレイムシェルはこちらに気づいたのか、カチャカチャと音を出して細かく揺れた。そこへ攻撃が当たると後ろに転がる。動きは無軌道で追うのも大変だった。
「ガパッ……!」
急に分かりやすい効果音を伴って貝が上下に開く。中は暗闇で窺えず、殻の口部分から何かの粘液が垂れる。次の瞬間、炎が前方に勢いよく噴射された。
――ブオオオォ!
迫力満点の炎は遠くにいても後ろへ下がりたくなる。キュル助を心配するが、すぐに驚きへ変わった。なんと直前で横に避けて炎を逃れたのだ。
「キュルル!」
さらに近づいての二撃目で相手を再び転がす。行け、という命令だけで臨機応変な行動。ペットが優秀すぎて出番がなかった。
しかし、フレイムシェルの地面を跳ねる体当たりに体力を半分以上持っていかれる。落ち着いて回復を施し魔法をストックした。これで自分も役に立つとキュル助に示せたはず。
雫の洞窟は荒野に続くエリアなのもあってか、モンスターの強さは十分に戦えるレベルだ。その反面、プレイヤーの姿はちらほら見る程度。この先にはメインのクエストがなく訪れるルートから外れているのかもしれない。
「キュル!」
少しのよそ見はキュル助も許してくれる。とはいえ回復をせずにいると二発でやられてしまう。サポートはしっかり行い、フレイムシェルを無事に倒すことができた。
≪小さな炎の核石を入手しました≫
変わったアイテムのドロップにアイテム欄を調べる。
【小さな炎の核石】
『種類』調合素材 錬金素材
『説明』小さな赤い石
中心に熱を帯びている
衝撃を与えると炎を散らして砕ける
調合の他に錬金とやらにも使える素材のようだ。衝撃を与えるとの説明で投げても使えそうだった。
火薬を落とすモンスターがいないなら透明化で通り抜けてもいいかと考えていたが、投擲のスキルにも興味が湧く。
特定の武器を使わずにアイテムの消費が必要なのは、金銭面でのハードルが高い。なるべく今のドロップアイテムを集めながら先を進みたくなった。
洞窟内は入り組んだ構造で行き止まりもある。地図に記憶されるため延々と迷うことはないが、外と違って地形が詳細に浮かび上がる範囲は狭い。正解の道を探して歩き回っていると、ドロドロした水の塊が地面に這うのを見つけた。
ターゲットでモンスターなのが分かる。名称はスライムで少し馴染みもあるが、形が崩れており自分の持つイメージには遠かった。
キュル助に任せる前に小さな炎の核石を手にする。炎を散らすとあったし、実際に効果を体験しておこう。相手の動きは遅く距離があっても狙いやすかった。
振りかぶっても結果が良くなるとは思えない。軽く、けれど勢い重視で投げる。
――ドプンッ……。
上手く当たったが待っていた効果音とは違った。アイテムの核石はスライムの体内に入り込み、気泡が出た後に砕ける。
「これは……」
炎は一体どこへやら。失敗したと見るのがいいだろう。
「行け、キュル助」
「キュル!」
やはり頼りになるのはキュル助だった。




