第八十二話 踊れ
「先生!!」
ネクスの叫びが木霊する。空中の光の檻にドンキホーテは完全に隔離された。
戦力が一気に分断されたも同じだ。
「ネクス……!」
「……わかってますレヴァンス先生」
だがドンキホーテを心配している暇などない。
目の前にいるのは数え切れないほどの銃口、そして殺意。
そして、忌々しい笑みを浮かべる一人の男。
「さあ! 楽しもうぜ! 今度こそ魔王の力をもらうぜぇ!!」
そう言ってジョンは号令を出す。ただ一言「撃て」と、その一言のメッセージに異なる解釈など介在しないただ、敵を殲滅するための命令だ。
フォーン達の銃口が火を吹く。一斉に、魔力のこもった弾丸がハイヴェントスへと向かっていく。
「来るよ!」
ミケッシュの叫びが響く。
「大丈夫だ!!」
しかしオークのレーデンスは以前として冷静にそう言った。
迫り来る弾丸は今まさにネクス達を裂こうとしている。
何が果たして大丈夫なのか、ただレーデンスは迫り来る弾丸を見つめていた。
そして、魔弾が戦艦ハイヴェントスに着弾した。
炎、雷、水、様々な属性の魔法が弾け混ざり反応を起こし爆発する。
「迎撃もしねぇのかよ……」
ジャンはつまらなさそうにそう呟いた。
爆発によって起こった魔法煙による爆煙は燻りその爆発の威力の物語っている。
「つまんねぇーな、もっと遊べると思ったが」
この様子では船は大破、と言ったところか。
だがそれは、ジャンの甘い目測から生まれた楽観的な予想だった。
「……!」
ジャンは目を見張る。
ジャンの視界に現れたのは無傷の戦艦ハイヴェントスだった。
よく見ればハイヴェントスを守るように緑色の淡い膜が覆っている。
「魔力的なバリアか? クソが! フォーン次弾を撃ちやがれ!」
ジャンのそんな命令にフォーンの一人はただ頷きそして全員のフォーンがボルトアクション式のライフルの次弾を装填する。
「戦艦を舐めてもらっては困る」
一方、ハイヴェントスの甲板でそう呟いたレーデンスはあたりを見回す。
ほぼ損傷はない。ハイヴェントスの持っている、強力な『弾除けの加護』のおかげで弾丸の爆発も直撃も全て逸らしてしまった。
だが、そう何発も耐えられるほどの力はこの加護にはない。
故に迅速にことをなさなければ勝機は無かった。
「レーデンスさん! 砲撃の準備OKです!」
すると甲板に声が響き渡る。どうやら、レーデンスの部下達が攻撃の準備が整い艦内のスピーカーを使ってレーデンスに伝達したようだった。
敵の攻撃の特性は見た、手数も練度も、ならば次はこちらから仕掛ける版だ。
「よくやった! 各自砲撃準備! 私が指揮する!」
レーデンスの声が甲板に響き渡り、了解という声がまたスピーカーから返ってくる。
「レヴァンス殿」
そしてあとは戦うだけだ、その前にレーデンスはレヴァンスに話しかける。
「なんだレーデンス殿」
「我々は今回、砲撃戦を主体で行うもしもの時に備えてくれ、先の大戦で前線を張れるものが今この艦隊には……正直に言おうほぼいない──」
「──今回の演習も騎士に頼らない、新たな戦術を……などと言えば聞こえはいいが単なる人材不足だ」
何が言いたいのか、レヴァンスははっきりとわかった。
「……心配は無用だ接近戦は私に任せろ」
もし敵が数を利用して攻めてきたらおそらく前線で食い止めることになるのはレヴァンスしかいない。
「……先生! 私も!!」
「ネクス君、君も案ずるな。そもそも相手の目的は君だ、君を危険に晒すわけにはいかん」
そして、レヴァンスは横目でリリベルとミケッシュを見つめる。
「当然君たちもだ、アーシェ殿と共にいろ」
「む、無茶ですよあれだけの数を!」
「リリベル、だからと言って君たちを危険に晒すわけにはいかんのだ」
「いい先生だなぁ!! でもさぁ!!」
その時だった、ジャンの声が響く。
「だったら引き摺り出すまでだ!!」
ハイヴェントス上空にはジャンの姿。
いつのまにか、ここまで近くに来ていた。
「愚かな!! マルトル砲撃長! 見えるな! 撃て!」
レーデンスの叫びと共に円錐形船体の側部からレンズ状の砲門が横一列に展開される。
そして同時に、そのレンズから緑色の光が放たれた。
それは弧を描き、ジャンに向かって飛んでいった。
まるで餌に喰らいつく魚のようなその光は、ついにジャンの体に直撃する。
「ゴア!!」
体の下半分をその光によって食い尽くされたジャン。
しかし、それでも彼は止まらない。
「バリアなんざ貼ってんじゃねぇ!!」
ちぎれた下半身に一瞥す事もなく、ジャンはそう叫びながら『弾除けの加護』の膜に触れた。
「砕けろぉ!!」
その発言と共に光の膜がガラスのように砕け散る。
「バカな……戦艦級の防御を……!」
レーデンスの驚きと共に、甲板に降り立つ足音が一つ。
「ふぅ……ちょうど足の再生も終わったぜ?」
ジャンはそう言って笑った。




