第八十一話 ダンスホール
現れたフォーン・ニール達は揃いも揃ってライフルを装備しこちらに銃口を向けていた。
よくもまぁ、ここまでの銃を揃えたものだとドンキホーテは感心し、同時におそらく不可能ではないと瞬時に推察する。
ドンキホーテの脳裏に浮かんだのは、以前、フォーンが召喚した火器を無限に生み出す例の機械の神の化身。
おそらくその化身が生み出したものだろう。
「レーデンス! センセ! 俺が先陣を──」
先陣を切る、そうドンキホーテが提案しかけたその時だった。
座礁結界で生成された大地、それが盛り上がる。
空中戦艦ハイヴェントスの近くで起こったその地面の隆起は瞬く間に破裂し、まるで噴火のように土煙を巻き上げる。
土煙の中から出てきたのは一人の男、鋼の筋肉の山々を骨格に身に纏ったその男、思い出せたのはただ一人だけだ。
「囚人……!」
レヴァンスの呟きと共に、筋骨隆々の大男、囚人12号は弾丸のようにハイヴェントス甲板上に突っ込んで行き──。
「……がっ!」
そのまま、ドンキホーテに体当たりをした。
「ドンキホーテさん!」
「先生!」
アーシェと生徒達の声が虚しく響く。
囚人12号はそのまま、ドンキホーテと共に船外へと飛び出した。
距離にしてハイヴェントスから数百メートル、まさしく弾丸のように二人は吹き飛び、吹き飛ばされた。
眼下に広がるのは座礁結界によって、作り出さられた大地ではなく雲海。
このままではまさしく本物の大地に二人は落下していく。
「ぐっ! ふざけやがって!!」
ドンキホーテは咄嗟に空中で思考を整理する。
自爆のつもりかどうかは知らないが、ドンキホーテはテレポートの魔法を会得している。
数回ほどテレポートすれば船には戻れる。
なぜこんなことを、と考察しなければならない気がするが、まずは戻ることが先決だとドンキホーテは考えそして集中する。
しかしその一瞬の集中の間、ドンキホーテは首に衝撃が走った。
「……!?」
鎖だった、鎖がドンキホーテの首に巻き付いている。
囚人12号の手にはいつのまにか鎖が握られておりドンキホーテを逃すまいと巻きつけていた。
さらに囚人は叫ぶ。
「光よ閉じろぉ!!」
その叫びと共に囚人を中心とした球状の光の膜が張られる。
そしてその光の膜の中心には半透明な光の地面が存在していた。
その光の地面にドンキホーテは鎖と共に叩きつけられる。
「があ!」
うめき声がドンキホーテの口から漏れる。
同時に強制的に戦闘体勢へと思考が切り替わったドンキホーテは自身の剣を鞘から抜き放ち鎖を切断する。
青いマントを翻しそしてドンキホーテは囚人を睨みつけた。
同じくドンキホーテと共に半透明の光の大地に降り立った男の目には明確な敵意が滲んでいた。
「貴様の相手は某だ」
「へぇ……! 面白いことやってくれんだなぁ……俺を叩き落とせばいいものを、わざわざダンスホールにご招待か?」
「叩き落としてもどうせ貴様のような奴は何かしらの力で戻ってくるだろう? 確実に殺せと我らがボスはお望みだ」
「……はっ、ビビり症の主君を持つと臣下は大変だな」
「全くだ」
ドンキホーテの眉が不信感に連動する様に動く。
(こいつ……忠義を感じられない)
フォーンもそうだったが、ドンキホーテの目の前の男は己の主君である魔王に対して今一つ、敬意のようなものを醸し出していない。
フォーンも希薄だとは思っていたがが特に目の前の囚人12号と名乗る男からは尚更、信頼、忠義と言ったものを感じられない。
(こいつら、どういう関係性だ? 自称魔王軍の幹部とも違う……一体なんなんだ……)
魔王軍の自称幹部であるサーレス達ともまるで性質が違う目の前の男。こいつは果たして本当に魔王の信奉者なのだろうか。
「どうした騎士殿? 死ぬことに怖気付いたか?」
そんなドンキホーテの考えを見透かしたのか男の嘲笑うかのような挑発をする。
安い挑発だ。
「死ぬのが怖くない奴がいるのかよ、いるとしたらただのバカだ」
「それもそうだ」
「……だが、自分が殺す側だと思っている奴は……もっとバカだ」
囚人12号は笑う。
そして静かに両手を構えた。
右手は弓を引くように構え、左手はドンキホーテに向かって緩やかに伸ばす。
何かしらの武術の構えであることを察したドンキホーテもまた両手でロングソード構え、それを顔の横に、剣の切先が囚人に向かうように構えた。
「では、少しばかり踊るとしよう。死ぬまでずっとな」
囚人はただそう呟いた。




