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聖火  作者: 青山喜太


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第七十三話 勝利

 地中から生えた放射状に広がった赤く巨大な円錐の群が辺りの民家を破壊し尽くした。


 そんな、破壊の跡地に笑い声が響く。


「……ふ、ふは……ふは……ゴホ」


 血を吐き出しながら、笑う男、ジャンは勝利の余韻に浸っていた。


 勝った、男の目線の先には倒れ伏す、3人の少女と1人の女性。


 ネクス達とアーシェだ。4人は串刺しにこそならなかったものの、どうやら脇腹や腹部に裂傷を負い致命的なダメージを負ったらしい。


 微かな吐息を感じるものの動ける様子ではなかった。

 成功だ、ジャンは勝ち誇り、そしてようやく再生した右半身に力を入れて立ち上がる。


 ついでに魔力で再生させた服からホコリを払いつつ、倒れ伏すネクスに向かっていく。


「全く、手間取らせてくれたぜ」


 それにしても不思議だ、とジャンは疑問に思う。

 おそらく、なんらかの力でリリベルとかいう少年が妨害していたのは間違いない。


 だからこそ、妨害されないよう、される暇すらないような、命を代償にしたレッド・マジック、その中でも最速の「ブラッド・スピア」を使った。


 もちろんジャン自身が高い生命力を持っているので、命が失われることはない。

 痛みが伴うのであまり使いたいものではないのだが。


 しかし、そんな奥の手を使ったというのに誰1人として死んでいない、めずらしいこともあるものだとジャンは思いつつ、ネクスの元にたどり着いた。


 すると、ジャンはネクスの傷の具合を見てようやく理解したなぜ、あの強大な魔法で死人が出なかったのか。


 ネクスの傷が僅かに光り輝いていた。

 よく見ると、その光は宙に揺蕩う糸のような光線が絡まっている。


 その光線の元を辿っていくと、アーシェの手元からその光の糸が伸びていた。


 回復の奇跡、アーシェはジャンの魔法が発動した瞬間、回復の奇跡を自分含めて全員にかけたらしい。


 よく見れば、ネクス達は3人はもちろんアーシェも出血は止まっている。


 今も4人が倒れ伏しているのは、瞬間的な痛みによる失神を起こしているかららしい。


「へぇ、子供達を守ったのか、すげーなオネェさん」


 たとえ意識を失ったとしても、こうして回復の奇跡が残るというのはかなり上位の聖職者だ。関心しつつ、しかしジャンは嘲笑う。


「でも勝ったのは俺だ……!!」


 足元にはネクス、しかも意識は失われている。

 魔王の力を手に入れる時だ。


「もらうぞ、お前の力ぁ!」


 ジャンは手を伸ばす、その先にはネクスの頭がある。

 今まさに、ジャンの手がネクスに覆い被さる、その時だった。


「テメェか? うちの生徒を傷つけたのは……」


 ジャンの背後から声が聞こえる、ドスの聞いた殺意と怒りが込められた声が。


「……ッ!?」


 反射的にジャンは跳躍していた、そうしなければ、死ぬとそう感じたからだ。


 ジャンの予想は当たっていた、ジャンのいた地点、そこには全てを滅さんばかりの剣が横薙ぎで通り過ぎる。


 もし、上空に飛んでいなければ、ジャンの体は原型すら留めていなかったのではないか、そんな予感すら感じさせるほどの一撃が放たれていたのだ。


 身を翻し、さらに後方へ飛んだジャンは自身へ攻撃を放ったであろう人物に、視線を向ける。


「はぁぁ………!」


 その男は血まみれだった、青いマントはところどころ破け、白い金属鎧の隙間からは血が溢れ、果てには、ポタポタと額から顎にかけてから血を流している。


「これはこれは驚いたなぁ」


 

 ジャンの言葉に答えるように男はゆっくりとジャンの方に振り返った。


「フォーンの自爆は失敗したのか?」


 その言葉に男は、ドンキホーテは口の端を釣り上げる。


「いや、成功だったよ……お陰で、酷い目に遭った、フォデュメもビビってて出来やしない」


 血を垂らしながら言う、ドンキホーテにジャンは若干の畏怖を覚えた。

 よくもまぁ、そこまで軽くしゃべれるものだ。


 優れた騎士特有の並外れた生命力、いやそれだけではない痛みや失血による朦朧とした意識を繋ぎ止める精神力。


 どれをとっても超人と言わざるを得ない。


「だが……」


 だからと言って俺の勝利は揺らがない、ジャンは心の中で確信する。

 現にドンキホーテは虫の息だ。


「くっ……」


 現に、思わず倒れ伏しそうになり、剣を地面に突き刺して杖代わりにしている。


「そんな体で、戦いに来たのか? いゃあ感動しただのよ、俺は」


 ゆっくりと悠々と、ジャンはドンキホーテに近づく。


「さっきの一撃も凄かったが……まあ、避けられねえスピードじゃねえ、というか思わず避けちまったが避ける必要もねえだのよ」


 そうだ、何を恐れているジャンは笑う。

 この男に負ける通りなどない。

 そして、ジャンはついにドンキホーテの眼前にまで迫り、そして叫んだ。


「テメェは死にに来たんだよ! 騎士様ヨォ!!!!」


 ジャンは右腕を振り上げ思い切り手刀を放った、普段の戦闘ならばやらない、隙の大きい、しかし全力の力が出せる一撃。


 勝利の確信ができたからこそ放った攻撃だった。


(じゃあな間抜け)


 ジャンは心の中で呟く。

 血飛沫が舞う、夕焼けと地上の火災で焼け、染まる空に。


 ジャンの血が。


「は?」


 ジャンは目の前の現実が受け止めきれなかった、自分の右腕がない、二の腕から先の右腕が切り取られていた。


 ドンキホーテの目に見えぬほどの斬撃がジャンを襲ったのだ。


 しかし何が起こったのかわからぬまま、ジャンは咄嗟に思い至る。

 逃げなければ、と。


 思わず足が後退り、逃げる態勢を整えようとする、ジャン。

 そんな間抜けを見逃すほどドンキホーテは優しくなかった。


 ドンキホーテの怪我による力の抜ける四肢、どうせ力が入らなぬならば抜かせてやろうとドンキホーテは四肢の力を緩める。


 当然、体のバランスは崩れて倒れていくが、完全に倒れる前にドンキホーテは剣をジャンの足の横の地面に突き刺して、再び四肢を稼働させる。


 そして、ドンキホーテは剣を軸に体を円を描くように移動させ咄嗟にジャンの背後に回った。


 この流れるような一連の動作にジャンは対応できるような、反射神経も余裕もない。


 無防備な背を晒すジャンに対してドンキホーテは無情な決断を下した。


 移動するために使った、剣を抜き放ち、背中よりも無防備な両足の腱に対してドンキホーテは斬撃を放つ。


「があ!!」


 一太刀で両断された両足の腱、それによりジャンは立てず地面のうつ伏せに倒れ伏す。


「何逃げようとしてんだよ、殺すんだろ? 俺を……」


 ジャンの頭上からドンキホーテの無機質声が聞こえる。

 思わず、縮み上がりそうになる心を奮い立たせジャンは叫ぶ。


「レッド──」


 切り札を使うしかない、無限の生命力を盾に使う、無制限の代償魔法。生贄を必要としない強力な虎の子をジャンは再び詠唱する。


 彼の体が再び赤い魔力で光り輝いていった。


「マジ── ガッ!」


 しかし、その先は言葉にすることはできなかった。

 ドンキホーテの左の鉄拳がジャンの頭部を粉砕したからだ。


「魔法の詠唱は頭を使うよな……じゃあ頭がパーになると魔法はどうなると思う?」


 もはや答えられないジャンに対してドンキホーテは質問する。


「答えは単純だ、詠唱はキャンセルされる」


 止めにもう1発、ドンキホーテは地面ごとジャンの頭を拳で砕く。


 ジャンはものを言わずに、ぴくりとも動かなくなった。


 だがジャンは魔王だこれしきのことではしにはしない。


 瞬間的に赤い光が輝き、まず初めにドンキホーテの拳の下でジャンの頭が再生される。


「やはりな……」


 ドンキホーテが納得したかのように、そう呟いた。

 ジャンは一瞬ので意識を取り戻し、急いで体を捻りドンキホーテの体を勢いのまま蹴る。


「チッ」


 僅かに体勢を崩したドンキホーテ、その隙をついてちょうどよく再生し終わった足の腱をフル活用し、ジャンは再び跳躍した。


 空高く、跳躍し再び地面に着地した彼は歯を噛み締める。


 ネクスから離れてしまった。

 しかし同時に納得させる、これは仕方ないことなのだと、ネクスから離れてしまったが同時にドンキホーテから距離はとれた、これで体制を立て直せる。


「テメェ!!!! よくも!!!!」


 ジャンは怒りのままに、そして同時に自身の心に内在した恐怖を誤魔化すように叫んだ。

 このままではまずい、ジャンの肉体はすぐに右腕も再生させる。


 これで完全な状態とはいえ、相手の騎士は強い、どうすれば正解なのか。


 ジャンは戸惑う、だからと言って魔王の力を諦めるわけにはいかない今ほど絶好のチャンスなどないだろう。


 だからと言って生半可な距離でにレッド・マジックを使おうとすれば反撃される。

 だが離れればレッド・マジックの有効範囲から遠ざかってしまう。


 迷うジャンを前におもむろにドンキホーテは呟く。


「お前……再生にムラがあるな」


「何?」


 ドンキホーテの質問にジャンはイラつきながら返した。


「お前の再生は、まずは重要な部位から再生していくらしい、頭、次は足、そして腕……」


 何を言いたいのだろうか。


「勝ったみてぇに語るなマヌケ!!! ナニ余裕こいてやがる!! 俺の方が優勢なんだぜ!! 状況がわかってねぇなら体に直接教えてやろうかぁ!」


 するとドンキホーテは口を綻ばせる。


「いつだってうるせぇな……負け犬は」


「何を……ッ」


 瞬間、青白い光と共にドンキホーテの姿が消える。

 それが、テレポートの魔法だと気づくまでジャンは僅かだが、一瞬の間を置いてしまった。


 それが決定的だった。

 刹那、再び光と共に前に現れたドンキホーテにジャンは思わず叫ぶ。


「レッド──」


 ──マジック。そう言い終わる前に、ジャンの頭は宙を舞っていた。

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