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聖火  作者: 青山喜太


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第七十話 戦闘開始

 ネクス達3人が、目の前の自称魔王のジャンと相対していたその時だった。


 突如鳴り響く爆発音。

 空気が揺れ、民家の一部が焼け落ちる。

 思わず、ネクスは城壁の方向へ振り向いた。


 嫌な予感がした。

 その予感を打ち消すために、ネクスは思わず眼前の敵から目を逸らしてしまう。


 ネクスの視界に現れたのは天にも届かんばかりの爆煙、それが城壁の上から登っていた。


 ドンキホーテが戦っていた場所だ、その場所に見たこともないような破壊の残滓。

 ドンキホーテは果たして生きているのか、無事なのか。


 疑問が恐怖に、焦燥に、果てには絶望に変わっていく。ネクスはその紅蓮の炎に呑み込まれるのではないかと錯覚するほどに囚われそしてポツリと呟いた。


「あ……せんせ──」


 そして同時に四肢の力が抜ける、思わず膝から崩れ落ちそうになる。

 いくら先生といえどあの爆発で助かる見込みは薄いのではないか。


 一瞬の絶望、そんなネクスの気の緩みをジャンは見逃さない。


「何よそ見してんダァ!! お嬢さん!!」


 瞬間、ジャンは地面を蹴り、彼我の距離を詰めそして右手の貫手を放つ。

 音速を突破したその貫手による刺突攻撃はネクスに向かって突き進んでいく。


 もはや避けることなど出来はしないもはや避けることなどできはしない。ジャンは勝利を確信した。


 だが──。


 ──フォン……。


 その時確かに、静かな風切り音が聞こえた。鋭い何かが風を切る音。


「は?」


 ジャンの戸惑いの声が木霊する。貫手はネクスに届かなかった。


 否、届いていないなどという次元ではない。

 ジャンは元の位置に居た。


 大地を蹴り加速する。その前の立ち位置に攻撃のスタート地点そこに立っていたのだ。


「何が起こった?」 


 戸惑いを口にするジャン。確かに大地を踏み締めその先に進んだ、後ろに跳躍した覚えもない。


 時空でも歪められたのだろうか?

 いや、それもありえないジャンは思考する、何もかもがまるで攻撃する前に戻ったかのようなこの感覚。


 ジャンの頭に疑惑の霧がかかる。

 何をされた。

 何が起こった。

 何かの術が発動したのか、それともすでに自分が術中にはまっているのか。


「ネクス! しっかり!!」


 すると目の前の少年、リリベルがネクスに呼びかけている。

 遅れて、ネクスが「え、ええ」と返事をし同時に、ミケッシュが槍を再び構え直した。


「やばい、あいつ速いよ!」


 そう言いながら冷や汗を垂らす少女ミケッシュ。


 その姿を見てジャンは確信した。


 ネクスは動揺、ミケッシュは動揺してはいないものの、明らかにジャンの攻撃に対応できている様子ではなさそうだ。


(となると、消去法であの少年か? 俺の《《攻撃をかき消した》》のは)


 かき消した、という表現が今起きた現象に相応しいのかどうかはジャンにはわからない。


 しかし、間違いなく冷静で状況を見れているのはあの少年だ。


「大丈夫! 先生は無事だよ! こいつを倒してアーシェさんも助けて、早く逃げよう!」


 少年の声にネクスは「ええ……!」と弱々しくしかし、確かに剣を持ち直して答える。


 これで相手は万全な形になった。厄介だな、とジャンは心の中で呟きつつ、再び地面を蹴った。


 ジャンは再び加速する、土煙を巻き上げながら高速で3人に向かった突進する。


 無論、無策ではない次は現象を『見る』ために向かうのだ。

 果たしてなぜ自身の攻撃は《《掻き消された》》のかその答えを探るための接近だ。


「二回もやらせない!」


 だが今度いち早く反応したのは少年リリベルではなかった。

 ジャンにも劣らぬスピードで誰よりも速く踏み込み、サーベルを構えていたのはネクスだった。


「このガキ……ッ!!」


 予想外のスピードで迫られたジャンは思わず右手で手刀を、袈裟斬りの形で放つ。

 空気を裂き、弾丸のようなスピードで訪れる手刀。

 

 生半可な学生などでは反応できぬとジャンはタカを括っていた。しかし──。


「そんな攻撃!」


 ガキンという音がジャンの耳に木霊する。

 ネクスは難なくサーベルの峰で弾いていたのだ。


「マジか……!!」


 予想外の攻防逆転にジャンは驚きつつも、即座に左手で貫手を放った。


 まさに一瞬でも反応できなければ、貫かれたことすら気づかれない、達人の域の一撃。



 その貫手に対してネクスはただ首を横に傾ける。ジャンの貫手はネクスの頬を掠るのみに終わった。


「……!!」


 バカな、などという声がジャンは腹のそこら出そうになった。自身の渾身の一撃を放ったのだ。


 だというのに、ネクスに与えられたのは避ける際に頬に僅かに当たった小さなかすり傷のみ。



 この状況まずい、ジャンの脳が危険信号を放ったその瞬間。


 彼の腹部に熱と、衝撃が走った。


「ゴア!!」


 そんな呻き声と共に、後ろに吹き飛ばされるジャン。

 何が起こったのか理解ができぬまま、地面には叩きつけられさらに口からは大量の吐血。


 常人ならばすでに死んでいるだろう、だがジャンは魔王だ、この程度で死ぬわけではない。

 咄嗟に傷ができているであろう腹部をジャンは手で触れる。


 ぬるりという嫌な感触が彼を襲う、そして手を眼前に持ってくると手のひらは紅く染まっていた。


「や、やったの!?」


 ミケッシュの声が聞こえる。

 だがそんな彼女の淡い希望を打ち砕くようにジャンは上半身を起こしさらに立ち上がった。


「バカ言っちゃいけねぇよ、これからだろ」


 そう呟くと、ジャンは改めて自身の腹部を見つめる酷い傷だ、肉は避け、血は流れ、おそらくサーベルで切り裂かれた際の衝撃で内出血も起こっている。


 だが──。


「魔王はこんなことで死ぬわけねぇだろ?」


 その傷は、淡くそして赤い光が傷口をなぞるように走ったかと思うとまるでそこに傷などなかったかのように元の皮膚に戻っていた。


「さあ、もっと楽しもうぜお嬢さん?」

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