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聖火  作者: 青山喜太


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第六十八話 分断

「魔王……」


 その言葉にネクスは思わず戸惑う。ネクスだけではない、かたわらに立っていたレヴァンス達も唐突の敵の正体に一瞬、硬直していた。


 だが、そこは経験の差なのか瞬時に先頭態勢へと移行したレヴァンスはすぐに携帯していた直剣を抜き放つ。


「貴様……! 冗談ではないようだな……!」


 切先を向けるは平民らしき青年と筋骨隆々の大男。

 だが2人は全く気にも留めない。


 それどころか魔王と名乗った青年はヘラヘラと笑っている。


 茶髪の自称魔王はそのまま笑いながら、レヴァンスに瞳を向ける。


「アナタじゃねぇんだのよなぁ、俺が用があるのは……でもアナタ強いね?」


 得意げにニヤリと笑った青年は、指を鳴らす。

 すると紫色の光が唐突に大男から発せられ粒子となり弾けるように広がった。


 元々まとわりついていた物が弾け飛んだかのようなその光景にレヴァンスは訝しむ。


「拘束魔法……?」


 アーシェの言葉でようやくレヴァンスは合点がいく、あの大男は拘束魔法と呼ばれる動きを制限された状態でいたのだろう。


 つまりそれを解いたいうことは、答えは一つだ。

 あの男の身体能力は解放される。


「……で某は誰を相手にすればいい?」


 筋骨隆々の男が自称魔王の青年に問う。

 茶髪を揺らしながら青年は指を指した。


「……ッ!」


 レヴァンスに。


 咄嗟にレヴァンスは叫ぶ。


「皆、逃げることを──!」


 だが遅かったレヴァンスの目の前から大男が消える。


 そして次の瞬間、レヴァンスの視界は突如動き始める。

 急に風景が右に加速していく。


 目の前の風景が加速したのは、レヴァンス自身が動いたからではない。


 吹き飛ばされたのだ。

 民家に当たりそのまま民家を突き破りながら、飛ばされていくレヴァンス。


「先生!」


 リリベルが叫ぶ。


 そしてレヴァンスを追撃する影が1つ、筋骨隆々のあの男だ。

 やはりそうだ理由はわからないがあの大男は能力を制限されていたらしい。

 

 そしてレヴァンスは吹き飛ばされながらも、突き破った壁をクッションにしながら勢いを殺し、態勢を立て直す。


 突き抜けた先はちょうど別の大通り、レヴァンスは気配を……殺意を感じ取り上空を見上げる。


 あの男だ、魔王の青年に付き従っていたあの大男が雲を背に宙に跳んでいた。


「某が……テメェを殺すが構わんな?」


 大男は宣言する。そしてレヴァンスの近くに着地し拳を前に、そして引くように構える。


 格闘を得意とする戦士か、とレヴァンスは瞬時に分析して自身も剣を顔の横に、切先を大男に向ける。


「殺してみろ、デカブツ」


 ─────────────


「さて、もう俺たちだけだのよ」


 レヴァンスと完全に分担されたネクス達4人、この状況に魔王の青年は思わず笑う。

 どうやら青年が想定した通りの状況のようだ。


「変な語尾……! や、やるっていうなら相手にしてあげる!」


 ミケッシュがそう茶化すと同時に携帯していた槍を構える。続いてリリベルもネクスも剣を引き抜く。


「へぇ、戦う気なのか? 無理だのよ、俺は魔王なんだぜ?」


 青年が嘲笑う。


「3人とも先生の言う通り逃げましょう!」


 アーシェはそう言うがしかし、ネクスは首を振る。


「無理よ、アーシェさん。もう逃げられない。こいつの強さがわからないし、そのまま背を向けるのは危険すぎる!」


「ええ、だからこそ貴女達だけで逃げなさい」


「は?」


 アーシェの答えに思わず、ネクスは疑問そのものが口から出る。

 するとアーシェはネクス達3人の前に庇うように前に出る。


「生徒を守るのが、教員の役目です……!」


「アーシェさん、何を!」


 リリベルもまた困惑しアーシェを引き止めようとするが彼女は止まらない。

 青年もどうやら面を食らったようで、驚きと共に嘲笑う。


「へぇ! アンタが相手にしてくれんの?! 巨乳のお姉さぁん、でもやめときなよテメェじゃ相手なんないだのよ」


 だが、そんな戯言を遮るようにアーシェは呟く。


「ヘイロー展開……!」


「え」


 ネクスは思わず既視感に襲われる、アーシェの頭上に現れたそれは、その光輪は──。


「は、え?」


 そして瞬きする間にそれは起こった、強い閃光と共にアーシェは急加速して、青年の眼前に迫ったのだ。


 流れるような動作でアーシェはシスター服を模したその衛生士官の服装を翻しながら、右足を天高くあげる。


「まて──!!」


「はぁぁ!!!」


 青年の懇願を切り裂くように天高く上げた足をアーシェはギロチンのように振り落とす。


「……ぁ!!」


 光と共に、そのギロチンとかした踵落としは空気も地面を裂いた。


 そして少年の頭さえも。


 血が粉塵のように舗装された地面の素材と共に飛び散る。


 青年はアーシェの足技を前に事切れていた。


 当のアーシェは息を切らしながら、ゆっくりと砕けた青年の頭から足を引き離し、そのまま後退し、充分、遺体から離れたと思った瞬間、糸が切れたかのように尻餅をついた。


「アーシェさん!」


「大丈夫!?」


 リリベルとミケッシュが叫び、ネクスと共に駆け寄った。


「アーシェさん、今のって……」


 ネクスはアーシェの頭上の光輪を見ながら問うた。明らかにドンキホーテのパラディンモード時現れた光輪と似通っている。


 唯一違うのはドンキホーテは三日月状だったが、アーシェの完全な白の円を成していることだ。


「わ、私も元聖職者だから、聖なる力をこんなふうに使うこともできるの」


 できる、などとまるで当然のようにアーシェは言うが、しかしこれは熟練の聖職者でしか成しえない、奇跡に近い技だ。


 ドンキホーテと違って完全なる円の光輪は、アーシェが聖なる力を完璧にコントロールしている証拠であり、彼女の実力の高さがうかがえる。


「そんな大きいな力を……消耗は?! 大丈夫ですか!?」


 リリベルが心配するが、アーシェはまるで母のように微笑み言う。


「私は、大丈夫。ただ人を傷つけるのが怖くてね……」


 そう言う、アーシェの手が震えているのをリリベルは見逃さなかった。

 そっとアーシェの手をリリベルは握る。


「リ、リリベル君?」


 アーシェが少し恥ずかしそうにリリベルの名を呼ぶと彼は言った。


「背負わせてしまってすみません」


 申し訳なさそうに謝る、リリベル。

 いやリリベルだけではないミケッシュもネクスもバツが悪そうにしている。


 そのことに気づいた、アーシェは思わず立ち上がり3人を励ました。


「だ、大丈夫! さあ早く逃げましょう! 安全な場所へ──!」


 ぴちゃり、と水が跳ねる音が青年の遺体から振り返り、逃げようとした4人の耳に届く。

 そして、次に後ろから聞こえたのは、こんな笑い声だった。


「かはははははは!!」


 掠れた声で、そして嘲笑うかのように、


「どこいくんだよ」


 青年が自らの血でできた池の上に立ち、そう言った。


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