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聖火  作者: 青山喜太


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第五十三話 騎士の先生⑥

「力が増した……!?」


 ドンキホーテの目に映ったのは、荒れ狂う力の嵐だった。

 経験則からわかる、魔力でも闘気によるものでもない、羽から感じていた異形の力がネクスの全身を覆う。


「兄さんがいなくなった世界に私は……!」


「ネクス──!」


 ドンキホーテがネクスを呼びかけた瞬間、ネクス自身がまるで拒絶するかの様に、羽を羽ばたかせる。


 その羽ばたきは力と破壊をもたらし地面を抉り取る衝撃波とかした。


「おいおい!」


 ドンキホーテは咄嗟に剣を振るう。ドンキホーテの闘気によって強化された横なぎの斬撃からもまた衝撃波が発せられ、ネクスの放った衝撃波を相殺する。


「ネクス! 聞け、お前は!」


 ドンキホーテが呼びかける。

 だが、ネクスの攻撃は終わらない。

 衝撃波による広範囲攻撃が無駄に終わったと知ると、なんの躊躇もなく次の攻撃に移る。



 地面を蹴り、地面を発破させながらネクスはドンキホーテの目の前に迫りゆく。

 殺気の籠った重い斬撃、ドンキホーテは剣で受け止める。


「先生、私はなんで騎士になりたいなんて思ったんだろう?」


 だと言うのに、ネクスはまるで机に座り相談するかの様にドンキホーテに問いかける。


「教えてよ先生、兄さんのいなくなった世界で、私は騎士になる意味なんてあるの?」


「……!」


 重なり合っていた剣と剣が再び離れる。そして、横なぎ、袈裟斬り、切り上げ、振り下ろしと連続攻撃がネクスから繰り出された。


 その攻撃の一つ一つが、ネクスの叫びの様にドンキホーテは思えた。


(聖鎖封印で、ネクスの意識を抑圧していた《《なにか》》の力を若干だが封じた。だが、その代わりにネクス自身の意識が強く台頭してきたか……!)


 同時に今のネクスの錯乱状態をそう考察したドンキホーテは覚悟を決める。


 それは、戦う覚悟であり。生徒に剣を向けると言う覚悟であり。

 生徒と真剣に向き合うと言う覚悟である。


「ネクス……今の君が欲しいのは上っ面の言葉だけじゃないんだろうな」


 ドンキホーテはネクスの嵐の様な、しかし美しく流れ続ける流水の様な連続の斬撃を前に答える。


「いくら世界を好きになれなんて言われたところで、この世は理不尽すぎる」


 ネクスの剣に籠っているのは殺意だけではない。

 ネクスの心の迷いや晴れない悲しみの感情それがネクスを傷つけているのだとしたら、心の均衡を失わせているのだとしたら。


「だったら、何回だって俺が示すさ……! 君のいる世界の優しさも美しさも!」


 ドンキホーテは叫ぶ今まで、言えなかったことも、向き合えなかったことことも。


「ネクス──!!」


 ドンキホーテは叫ぶまるで許しを乞う様に。


「君の兄さんが死んだ原因を作ったのは──!」


 だがそれはきっと必要なことなのだ、向き合う時が来たとドンキホーテの心が告げている。


「俺なんだ……! 俺なんだよ……ネクス」


 そのドンキホーテの言葉を聞いた瞬間だった。

 ピタリとネクスの動きが止まる。


 ネクスの頬に雫が伝った。

 雨だったのか、それとも涙だったのか。

 それはネクス自身にもわからない、ただ確かだったのは──。


「うああああ!!」


 虚しさや悲しさそしてどうしようもない寂寞感が濁流のように渦巻くネクスの心の叫びを怒りをぶつける相手が改めて目の前に現れた。


 ネクスはまるで火をつけた火薬かの様に唐突に叫びそして、ドンキホーテに一気に肉薄する。


 そして自身の黄色い双眸をドンキホーテに殺意と共に向けた。


「アンタがああ!!」


 そのまま、ネクスはドンキホーテを蹴り上げる。


「ぐっ!」


 まるで弾丸そのものの様なそのキックをドンキホーテは避けることができずそのまま喰らってしまう。


 空中に打ち上げられたドンキホーテは、体勢を立て直すことができない。

 それを追撃の好機と捉えたネクスは羽を広げ飛び立つ。


 残像を残し肉薄するネクス。

 一閃、閃光が空中を走った。

 ネクスの光とすら見紛うほどの斬撃だった。


 しかしその斬撃には紅は伴わなかった。


 ネクスが自身の攻撃が不発に終わったと気づくのも束の間、背後から気配を感じ取った。


 その気配の正体は青白い閃光と共にネクスの背後に現れたドンキホーテだった。


「ッ!」


 ネクスに迎撃する暇などなかった。

 最もドンキホーテもそんな隙など与えなかっただろう。


 ドンキホーテの峰打ちが思い切りネクスの腹に直撃する。ネクスはそのまま砲丸の様に吹き飛ばされ地面に激突した。


「ぐっ……! あ……!」


 呻き声を上げながら、悶えるネクス。

 だがすぐさま全身の筋肉に自らを起き上がらせる様に命令し、すぐさま万全の状態へと移行させた。


 そして、同時に自身の敵であるドンキホーテを探そうとした時だった。


「ここだぜ、ネクス」


 再び背後から風と共に声がした。


「……!」


 すぐさま後ろに振り返り、バックステップで背後の声の主との距離を取ったネクスはそのまま剣を声の主、ドンキホーテに向けた。


「アンタのせいで兄さんが……!!」


「……そうだ、俺のせいでクレイスは死んだ」


 混乱し叫ぶネクスに、血のこもっていないドンキホーテの声が返ってくる。

 その様に尚更ネクスの心は掻き乱され、心の中の声が強まっていった。


『壊せ、壊せ、穢せ』


 そう囁く心の声はネクスの頭の中を蹂躙していく。


「聞けネクス」


 そんなネクスを知ってか知らずか、ドンキホーテは話を続けていく。


「俺は、俺は戦友を……君の兄さんを救えなかったどうしようもないやつだ」


 告解するように、償うかのように。


「自分の愛した人々を守ろうと俺は騎士になった。だが結局俺の剣は俺しか守ってくれなかったんだ──」


「──話したよな、俺が騎士になった理由……俺は勘違いしてた、力をつければ……大人になれば……なんでもできると思ってた──」


「──そんな世界は甘くないって気づいていたはずなのにな……」


「私は!!」


 ドンキホーテの言葉をネクスは遮った。


「こんな世界! 愛せない!」


「ネクス、それは本心なんだろうな」


 でも、といいドンキホーテはネクスを見つめて微笑んだ。


「きっとその言葉は嘘も混じってる……俺ができるのは結局──」


 ドンキホーテの纏う空気が変わる。威圧的で高圧的、ネクスに向けられたことない圧倒的な力の影がネクスの感覚を刺激する。


「──君に示してやることだけだ。この世界の愛し方を、君の兄から継いだ想いを……」



 力が具現化する、それは光となってドンキホーテの頭上、帽子のとんがりの周りをぐるぐると円を描く。


「ヘイロー始動……!」


 その一言共に、光は黄金の三日月となしまるで天使の輪のように、ドンキホーテの帽子の周りを漂った。


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