第四十五話 魔王の生まれ変わり少女と運命を棄却する少女と、輪廻の龍に好かれた少女⑧
「結果の……棄却?」
リリベルの疑問に、コメディアンはそれ以上の言葉を返さない。
その代わりと言わんばかりに短剣を構える。
「ごめんなぁ、理解した達成感で思わず呟いちまったが、これ以上のヒントは与えられないなぁ」
と言ったものの、コメディアン自体リリベルの能力を完全に理解しているわけではない。
(さあ、焚き付けてやったからさ……試せよ自分の能力!)
そう、おそらくリリベル自身、自分の能力の全容はわかっていないはず。
少しヒントを与えてやれば、彼自身もなおさら能力を探るために、多用するはずだとコメディアンは踏んでいた。
わかることはリリベルは事実を改変する力があるというだけ、コメディアンがリリベルの能力を完全に理解するためにはもう何回か、アビリティを使わせなければならない。
(ちくしょぉ……旦那ぁ案外きついよぉ、早く終わらせてくれねぇかな?)
コメディアンはチラリと大地に鎮座する巨大な光球を見つめる。
未だ、動きはない。つまり、まだ時間稼ぎをしなければならないということだ。
当初の予定は抹殺の予定だったがどうにもリリベルのこのアビリティ、コメディアンとの相性が悪かった。
(さて、どう出る……)
だが、逃げ出していいわけではない、コメディアンは短剣を手の中で回し始める。
まずはフェイント、攻撃するそぶりをする。
手の中で高速でナイフを回し、利き手から左手に、とナイフを回し、投げ、弄ぶナイフは空気を切り裂き、真空波を生じさせ辺りの木々の枝を切り裂く。
当然リリベルの付近にも届くがしかしリリベルはそのフェイントを見抜いたかのように微動だにせず様子を見ている。
(引っかからない? フェイントにビビって能力を使ってくると思ってたが……)
目の前のリリベルはその能力を使わない。
埒が開かない。
(放つか……!)
肘をまげ、そして肩から力を抜く。完全に無駄な力みから解放されたコメディアンの右腕はうねる。
そして、鞭のように彼の腕は振り回され華麗な弧を描き、その腕の先端にあったナイフをリリベルへと投射する。
常人では捉えきれない速度。
何もしなければリリベルは当たるだろう。
コメディアンはそう確信した。
そう、何もしなければ。
リリベルはナイフが飛ばされる前に短剣を構え、振り抜いた。
(それじゃあバッター三振だぜ? 普通なら……)
そう普通ならば飛びかかるナイフを落とせるはずはなかった。
それほどまでにリリベルの振りは先走っていた、少なくとも誰もがそう見えただろう。
だが──。
「まじかよ……結果の否定なんて生優しいもんじゃねぇな」
そう呟いたコメディアンの手にはまだナイフが握られていた。いや、離した筈だ。まだ握っていたと錯覚するほど、ナイフにはまだ握っていた時の温もりすら感じられた。
まるで、最初から投げていなかったかのように。
(こいつ、結果だけじゃない! 過程も……全てを……なかったことにしやがった……! 俺がナイフを投げるという運命そのものを無かったことに……!)
つまり、先ほどリリベルの怪我が治ったのもこれで説明がつく。
彼の能力は運命の否定ならば、彼は自分自身の“死ぬ”という運命をアビリティで文字通り棄却したのだ。
その事実に気づいたコメディアンは冷や汗を垂らす。新たにリリベルのアビリティの危険性に気づいたからだ。
(さて、ここからが問題だ……その棄却はどこまでできる? ナイフが命中するというほんのちっぽけな運命から死ぬという運命をキャンセルできるなら──)
コメディアンは思い至ったのだ。
生きるという運命そのものも棄却できるのではないかと。
「はは……!」
コメディアンは笑い、ナイフを握り直す。一先ずその即死攻撃はしてこない。できたらすでにやられているはずだ。
できないのか、それともしたくないのか、覚醒したてでやり方がわからないのかは定かではない。
どのみち、リリベルがアビリティに慣れる前にやらなければならない。
そしてもう1つこのリリベルという少年のアビリティもう一つ不可解な点がある。
それは、全くフェイントに引っ掛からなかったことだ。
(こいつは完全に物事の0と1を見分けている。何も起こらない……つまり攻撃が届く行動と、届かない行動を確信的に見抜いている)
そこで、コメディアンは考えた、果たして目の前にいるリリベル少年は果たしてその攻撃が来るか、来ないかをどうやって見極めているのか。
(俺には見えないレースフラッグを持ったレースクイーンのお嬢さんが攻撃がくる合図でもリリベル君に教えてやっているのかな?)
なんて、レースフラッグもレースクイーンなんて言っても誰もわからないか、とコメディアンはため息をつく。
だが何かで、あの少年は攻撃の発生を感知しているそれは間違いない。
コメディアンはそう確信した。
そして、実際その推理は当たっている。
─────────────
イト、いと……糸、そして糸。
リリベルの視界には糸が溢れていた。
その糸はただの糸ではない。
リリベルの直感がそう告げていた。
そして彼女の視界に映る特異な糸はどうやらリリベルにしか見えないらしい。
その証拠にコメディアンも、ミケッシュも糸を鬱陶しがったり、目で追ったりしない。
リリベルからすればおかしな光景だ。
(あんなに糸が絡んでるのに)
そう心の中で呟いたリリベルの目には尋常でない数の糸がミケッシュとコメディアンの体に巻き付いていた。
数にして二人合わせて数十本はあるだろうか。
人にだけではない。鳥や虫……木の葉にまで、糸はひっついている。
その糸は何をリリベルに伝えたいのかもう彼女はわかっていた。
木の葉がはらりと落ちる、すると木の葉は空中に漂う糸をなぞる様に落ちていった。
そして大地にまだ伸びていた糸は木の葉が落ちると同時に役割を果たしたかのように消え去る。
この糸は教えてくれている。
大地を蹴る音が聞こえてくる。
目の前を見ると、コメディアンが迫っていた。
「リリベルくぅん! もう能力つかわねぇでくれねぇかな!!」
そう叫ぶコメディアンは、どこから取り出したのか、多数のナイフを両手に構えそれを一放った。
そのナイフにも糸はついている。
糸は教えてくれているのだ、投げられたナイフの過程と結果……運命を。
そして、そのナイフの糸は数本、リリベルの体に纏わりつき、他のナイフの糸はおそらくフェイントとして投げられたのだろう地面やリリベル後方の木に纏わりつく。
教えてくれている、この投げられたナイフから出る糸がリリベルにまとわりついたということは、このナイフの攻撃はくるということ。
リリベルはただ冷静に自分にまとわりつく糸をだけを短剣で切り取る。
ぷつりと切れたナイフの運命の糸はナイフの辿る結末を変える。
リリベルに届くはずだったナイフはコメディアンの手に戻った。
「複数の運命の棄却も可能か!? だがなぁ!!」
ナイフが手に戻ったことを確認したコメディアンはしかし、攻撃を諦めはしなかった。
再び、追加のナイフをどこからともなく出現させ構えるコメディアン。
彼はまたリリベルにナイフを投げつける。
今度は全てのナイフの糸がリリベルに纏わり付いた。
フェイントなどない。
コメディアンのナイフ投げの技量は凄まじく、自分の実力では避けられないと判断したリリベルは再び、まとわりつく運命の糸に短剣の刃を合わせる。
そしてリリベルは一気にいくつもの糸をいっぺんに切り取る。
当然、運命を棄却されたナイフは再びコメディアンの手に収まった。
だが──。
「ッ……頭が……!」
突如リリベルの頭に激痛が走る鼻からはだらりと鼻血がながれ、顔は青ざめていく。
「やっぱり!! 限界だ! アビリティを使いすぎたな!!」
そう叫ぶコメディアンは勝ちを確信し再びナイフを投げる。
(しまった……やられた……! これがアビリティの反動!!)
ぼやける頭で、リリベルは後悔した。
運動すると人は疲弊するように、当然の如くアビリティも身体能力の延長のようなもの。
使用すれば疲労はたまり、人によっては体に異常をきたしてしまう。
そう、それを計算に入れてなかった。初歩的なミス。おかげでリリベルは闘気もまともに体に纏うこともできない。
(しまッ……!)
それはつまりリリベルは防御ができないということ。
「あ……!!」
ナイフがリリベルの身体中に突き刺さった。
鮮血が大地を染める。
どさりとリリベルは倒れ伏した。
「……はぁ……勝っちゃった」
コメディアンの虚しさが混じるぼやきを吐き出した。
厄介だったが、これでリリベルは無力化できた。だが微かに聞こえる呼吸音から察するに、どうやらリリベルは未だ生きているらしい。
コメディアンはそれを聞き逃さなかった。
トドメを刺す為に、再びどこからともなくナイフを取り出したコメディアンは笑う。
「ごめんな、リリベル君。今度こそ死んでくれ」
鞭のようにコメディアンの腕がしなりナイフが解き放たれる。
リリベルの命を奪うために向かっていくナイフはもはや誰にも止められない──。
「は?」
──かに思えた。
甲高い金属音が響き、ナイフが弾かれる。
一匹のドラゴンによって。
そのドラゴンは明らかに幼体。細長い胴体に4つの足があり、コウモリのような羽が生えている。
コメディアンは視線を左に向ける。このドラゴンをおそらく仕向けたであろう人物を睨みつけた。
「へぇ、根性あるじゃねぇか、お嬢ちゃん?」
そう半泣きの少女ミケッシュを。
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