第三十八話 魔王の生まれ変わり少女と運命を棄却する少女と、輪廻の龍に好かれた少女①
「魔王……私が?」
「ヴィアエル様、驚くのも無理はありません」
ネクスの戸惑いに追い討ちをかけるように目の前の男は話を続ける。
「何せ貴女は勇者によって二千年前殺され、二千年後の今日、生まれ変わった」
恭しく男はネクスに左手を差し出す。王を導く伝説の魔法使いのように、何十年も連れ添った妻を夫がダンスに誘うように。
「何を……してるの?」
「私ともにきていただけませんか?」
ネクスは男を睨みつけた。
「急に何を言って……!」
「来ていただけないと?」
ネクスの言葉に首をかしげる黒ローブの男。同時に、男は敵意を発する。
「ネクス……!」
そう言い震えながらリリベルは剣に手をかけ、ネクスを見つめる。
戦うしかない、その決意をリリベルからネクスは感じとった。
ネクスは頷く、明らかに敵だ。魔王の話は聞いたことがある、最近、教員を狙った事件の犯人も魔王の存在を示唆していた。
つまり目の前の黒髪の男と後ろの白髪の男は間違いなく敵だ、疑いようがない。
「魔王様、どうやら貴方は自覚がないようですね」
黒髪の男が言った。
「当たり前でしょ、私は魔王じゃない」
「そんな筈はありません、一度、お迎えにあがったでしょう。貴方の臣下が」
「何のこと……」
思い至っていないネクスに黒髪の男はさらに説明を続けた。
「覚えていらっしゃいませんか? 魔道機関車の事件を、貴方の臣下の成れの果て……肉塊の魔物が呟いていた筈です、貴方のことを魔王様と」
しかし、ネクスには覚えがない。心当たりのなさそうな彼女に黒髪の男はため息をつく。
「くひひひはははは!!」
するとネクス達の後ろにいた白髪の男が笑う。
「マジかよ、あいつ! 気づかれずに死んだのかよ!! 可哀想に、後で墓参りだな旦那」
「そうだな」
白髪の男の提案に興味がなさそうに、形だけの賛同を送る黒髪の男。
何とも、呑気で緊張感がない二人の敵にネクス達は逆に気圧されていた。
(やばい……この人たち……血の匂いがする)
一番この状況の異質さが言語化できたミケッシュは思う。
特に、彼女らこの二人の男の異常性に気づいていた。おそらく人を殺している。
いや確実にこの結界内に入ってきたということは、教員を殺している筈だ、教員が見逃すはずはない。
だというのにこの余裕、人殺しに慣れているのも勿論だが何よりも、恐ろしいのは──。
(先生達が駆けつけてきても大丈夫だと思っているんだ……)
この男達にはこの時間をかければかけるほど圧倒的に不利になるこの状況下で絶対に勝てる算段があることだ。
でなければ、この余裕と自信は生まれない。
「に、逃げよう! 二人とも!」
しかしミケッシュの言葉にネクスは賛同しなかった。
「ダメ、ミケッシュ逃げられない……逃げないんじゃなく逃げられない、こいつは多分……今の私たちよりも強い!」
ネクスの言葉に賞賛を送るかのように白髪の男は拍手する。
「その通り、魔王様ぁ! マジで賢明だね! そういうことだよミケッシュちゃん、俺らはもう君たち逃す気ないの!」
ゴクリと、ミケッシュは息を飲み改めてこの状況の絶望的な現状を認識した。
(なんで、この人たち、アタシやネクスのことを知ってるの……? それだけじゃないどこまで、こっちの内情を……)
「さて」
ミケッシュの思考はそこまでだった、黒い髪の男はひざまづくことをやめ立ち上がる。
「自覚がないのなら、私が目覚めさせて差し上げましょう……」
すると黒髪の男は、ネクスに向かって歩き出す。
「貴方は自覚しなければならない、そして奪わなければならない」
「……何を……!」
黒髪の男は微笑む。
「魔王の座を……同じ魔王の生まれ変わり達から……」
「勝手なことを!」
ネクスは剣を抜き放ち、駆ける。標的は黒髪の男だ。
(私が標的なら、私を傷つけることはない!)
それ故に、この場で戦えるのはネクスだけだ、もしリリベルやミケッシュが立ち向かおうものなら、目的を邪魔する者として一瞬で殺されてしまうだろう。
そうネクスは自らの存在そのものを盾として、目の前の男に立ち向かっていったのだ。
(こいつの右腕! 服が不自然に風で揺れてる! 片腕しかない! だったら!)
ネクスは瞬時に黒髪の男の右腕側に回り込む、男が片腕ならば右が死角だ。それに加えてこの男の風体はおそらく魔法使い、確実に接近戦が弱い筈だ。
「はああ!!」
ネクスの剣が男に迫る。この剣の軌道ならは首筋に斬撃がいく。
「魔王様……無駄なことはおやめください」
だが、剣は男に届かなかった。
「な……!」
男は左腕で剣を受け止めていた。
ありえない、相手は魔法使い……のはずだ、だが攻撃を受け止めた男の手から剣に伝わる力は明らかに魔法使いのそれではない。
ネクスは驚きが隠せなかった、そして同時に思い知る。
(勝て……ない!?)
その一瞬の驚きも絶望が作り出した、ネクスの隙に男はつけこむ。
黒髪の男は剣から一瞬で手を離したかと思うとネクスの首を片手で掴み持ち上げた。
「ぐぅ!!」
ネクスはうめき声を上げる。
「ネクス!」
リリベルの叫び声と、ミケッシュの息を飲む音がネクスの耳に届いた。
「魔王様、どうかお目覚めを」
リリベルたちに逃げてと、ネクスは伝えたかったがその時、ネクスは体に何か異様な力が流れ込んでくるのを感じる。
「あ……」
意識が薄れる、意思が薄れる、思いも、思い出も。ネクスは自分自身の全てが薄れていく気がした。
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