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聖火  作者: 青山喜太


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第二十八話 いらない子

「リリベル、何故私が怒っていると思う?」


「……そ、れは僕が剣術大会で負けた……からです」


 はぁ、と父は息を吐く。僕はそれが途轍もなく怖かった。お前はだからダメなのだ、不完全で役立たず、何もわかってない、そんな複数の意味が込められているからだ。


 そんな失意のため息を聞くだけで僕はまた情けなく背筋を震わせる。世界から色彩が薄れていく気がした。


 暖かい紅のカーペットは乾いたカサブタのような、冷たく湿った色に、緑の塗料が塗られた天井は面白みのない黒に見える。


 ただ執務机の向こう側に座る父の見下すような、見放したような黄色い眼光だけがはっきりと、ぼやけずに僕を射抜いている。


「お前が女だからだ……言っている意味がわかるな?」


「……はい」


「お前は泣いた、それは女の仕草だ」


「はい……」


「なぜ、お前は女のままなのだ。男になれ、変われといつも言っているだろう」


「はい……」


「はい、しか言えんのか? お前は……?」


「も、もう……しわけありません」


「もういい、とっとと部屋で勉強でもしていろ」


「わかりました……」


「一体いつになったら期待を超えるのだ……」父は独り言のつもりで言ったその一言が、僕の背を貫いて心に突き刺さった。


 勉強する気にもなれなくて、そのまま僕はベッドの上の枕に顔を突っ込んだ。

 何度目だ、落胆させるのは、何度目だ落胆させられるのは。


 僕はこのノルンヴェント家のいらない子供だった。

 本来、世継ぎである長男が欲しかったのだ。だが生まれたのは女である僕。


 他の世継ぎはいなかった、そもそも子宝に恵まれなかったのだ。父さんはようやく産まれた僕の性別を見た時さぞかし落胆したことだろう。


 だが父さんはそれで諦めなかった。僕が七歳の頃母が死にそして世継ぎが生まれず落ち目だと見なされ嫁ぎにくる女性もいないというのに父さんは世継ぎを欲しがった。


 養子を取るという選択肢を父はしなかった、どこぞの馬の骨とも知らない子供の血を入れるよりも自分の血を優先した結果なのだろう。


 ともかく父さんは僕を男にしようとした。女であることを禁じたのだ。

 母が用意した女の子用の服は全て燃やされた、クマのぬいぐるみも、花の栞も。


 全て母の形見だった。

 唯一残った母の形見は母の先祖が代々継承してきたという短刀のみ。


 短刀を握りしめながら僕は泣いたのを覚えている。

 そうして父は日々僕を世継ぎにしようと教育を始めた。


 剣を初めて握ったことは今でも覚えている。ふらつく僕に向かって父は軽蔑の目を向けていた。


 ──こいつが男だったらもっとマシだったろうに。


 聞こえるはずのない父の心の声が聞こえる気がした。

 そうか、と枕の上で、そこで気づきたくなかったことに気づく。


 期待を超える? 

 誇れる子供になる? 

 愛されたい?


 そんなのはなから無理だった。僕は情けなくて、剣術大会でも負けて、泣き虫で、女だから。


 そうだ最初から知っていたことだった。

 生まれた時から僕はいらない子だったのだから。


 ─────────────


「リリベル」


 ドンキホーテは、リリベルの前に跪く。


「辛かったな」


 そしてそう言った。リリベルは俯いたまま何も言わなかった。リリベルの足元に通り雨が降る。

 ただ彼女は頷くだけだ。


「リリベル、君はどうしたい?」


 その問いに、リリベルは嗚咽混じりで答えた。


「ここに……いたいです、初めて……いても……いいと思えたから……! 褒めて……もらえたから!」


「そうか」


 するとドンキホーテは隣にいるアーシェを見つめた。


「先生、秘密守ってくれますか? もしここでリリベルの秘密がバレれば退学以上に最悪のことが起こる。でも、リリベルには女性の協力者が必要だ」


 アーシェはすると考えるそぶりすら見せず、言い放った。


「いいですよ」


「ふふ、あざっす」


 ドンキホーテは笑って感謝を伝える。


「い、いいんですか?」


 目元を赤くしながらリリベルは言う。


「僕は嘘をついて……」


 するとアーシェは微笑む。


「勇者様も許してくださいます。きっとね」


 アーシェはただそれだけ伝えた後、リリベルを思い切り抱きしめた。


「アナタはよく頑張りました、リリベルさん。リリベルさんのような人にこそ、私は救いの手を差し伸べるべきだと思います」


 そして、ただアーシェはリリベルの背中に優しく手を置いて労いの言葉を優しく投げかけ続けた。

 アーシェの胸の中でリリベルは思い出す。


 ──そうか、僕はずっと……こういうふうにされたかったんだな。


 だからだろうか、リリベルはそこで暫く母を思い出していた。


 ─────────────


「あの……」


 ベットに座るリリベルはドンキホーテに問いかける。


「いいんですか? 先生は……僕を……その、生徒にして」


「なんだ今更」


「だって僕は」


「──いいんだよ」


 ドンキホーテは即答した。


「リリベル、なんで俺が教職についたのか、わかるか?」


「え? それは……」


「君みたいな生徒に会いたかったからだ」


「僕、みたいな?」


「そうだ君みたいな、英雄の卵にな」


 ウインクしながら、ドンキホーテは言う。


「口説くの上手いですね先生」


 リリベルの横で彼女の髪を梳かすアーシェが言う。少し嫌味が混じっている彼女の棘のある言葉がドンキホーテをザクリと刺す。


「初めて言われましたよ、アーシェさん」


「いえ、褒めてないです」


「怒ってます?」


「いいえ、特には」


 何かが噛み合わず、亀裂が入る寸前のようなコップのようなその会話にリリベルがおずおずと、会話に入ってくる。


「僕、そんな英雄の卵なんかじゃ……ないかと……」


「そんなことない!」


 ドンキホーテはぱしんと膝を叩いた。


「君はさっきも言ったが立派だ! 列車事件を忘れたか?!」


「いや、そ、それはほんとんどネクスが……」


「それに、幼い頃からの剣の英才教育もされてる!」


「い、イヤイヤでしたけど」


「それに泣いても立ち上がる強さもある!」


「そもそも泣かなければ……」


 するとドンキホーテはほくそ笑む。


「リリベル無駄だぞ」


「え?」


「お前が百の言葉で自分を否定するなら、俺は千の言葉で君を肯定する!」


「せ、千ですか?」


「千、いや億でも!」


「できるんですか本当に?」


 アーシェがそう茶々を入れる。


「できなくてもやるんですよそれが先生の役割ですから! 死んだ戦友の受け売りです!」


 静まり返る部屋。悔恨が漂う部屋の沈黙をつくりだした張本人が苦笑いを浮かべながら言う。


「……いやその、そう静かにならないで……二人とも、その……なんか……ごめんなさい」


「いえ、こちらこそ……」


 アーシェとドンキホーテは押し黙る。それは申し訳なさからだったが唯一リリベルは違う理由で黙っていた。


 ただドンキホーテの言葉を何回も何回もリリベルは反芻していた。

 味がしなくなるまで。


 最もこの後の生涯リリベルはこの言葉をいつまでも頭の片隅に留め、何かあるたびにその言葉を宝物のように引き出すこととなった。


「あ、そういえば」


「どうしたんですアーシェさん」


 唐突に思いだかのようにぼやくアーシェにドンキホーテは不思議そうに聞く。


「皆んなになんていいましょう……」


「……どういう意味です?」


「その……デートに誘われたと皆んな思ってるんです、私の同僚……」


「……マジですか」


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