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聖火  作者: 青山喜太


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第二十一話 二人の男

「なんだそりゃ、聞いたことねぇな」


 ドンキホーテの発言に髭の男サーレスはため息を吐く。


「はぁ時の流れとは嘆かわしいものだ、あそこまで名を馳せた魔王軍も廃れてしまうとは」


 魔王軍、宝剣将、聞きなれない言葉だ、少なくともドンキホーテが生まれてこの方聞いたことはない。

 ドンキホーテは背後の結界外にいたアーシェに聞く。


「アーシェさん聞いたことありますか?」


 元神職のアーシェなら知っていると踏んだのだが、どうやらアーシェ自身も心当たりがないらしく首を横に振る。

 アーシェはこのソール国の主要の宗教である勇者教の元シスターだ。その彼女すら知らないとすれば、果たして目の前の男たちは何者なのか。


「魔王が軍なんぞ持っているはずは無い、テメェら何者だ」


 アーシェの反応を踏まえた上でドンキホーテはそう発言する。その言葉に多少のいらつきを交えた口調でサーレスは言った。


「だから言っているでしょ魔王軍指揮官……もういいです、埒が開きません、ヴォルス。戦闘準備です」


 宝剣将と名乗るサーレスは相方であろうヴォルスにそういうと、マントの影から鞘に納められた細剣を取り出した。

 マントの裏に隠していたにしては長いその細剣は、明らかにマントの中に隠せるものでは無い。


 隠していたというよりもどこから別の場所から引き出したとも見える。

 そのことからドンキホーテはサーレスがおそらくどこかの別空間から武器を取り出したのだと推察した。


 別空間から武器を引き出す、というその行為は現在の魔法学からしてみても不可能では無い。実際ドンキホーテも魔女帽に取り憑いた妖精「フォデュメ」を介して異次元を収納空間として利用している。


 しかしそれは空間を操る空間魔法が得意な妖精族の協力を持ってして初めて可能なことである。

 しかし目の前の男、サーレスからは妖精の気配は感じない。


(妖精の力を借りずに、収納型の異次元を生成する空間魔法を? だとすれば相当な魔法使い……だが得物はレイピア……)


 だとすれば目の前の男は魔法を使う剣士、魔法剣士ということになる。

 魔法剣士は、器用貧乏な使い手が多い。


 本来なら剣士として生きるなら剣の道に集中した方が大成しやすいのだが、魔法剣士となったものは、大抵、剣士としての才能に行き詰まった落伍者が剣の代わりの強さを求め魔法を習った結果だったり、年老いた剣士が老いた体の補助の為に魔法を習得しているという背景がある。


 その為、武術として理論が形作られているものの、学ぶことの多さから完成形と言える魔法剣士は中々存在しない。

 ではサーレスは、目の前の男は脅威足り得ないのか。


 ドンキホーテの直感は否であると告げた。

 異次元を用いた別空間からの武器の取り出しを妖精というアシスタントなしでやってのける目の前の男は間違いなく、超がつく一流。


 油断してはいけない。そうドンキホーテが思い至った時だった。


「サーレス? マジで戦うのか?」


 気の抜けた声で赤髪の男、ヴォルスがボヤく。


「結界を破壊して逃げようぜ? 入れ替わり作戦は失敗だ」


 入れ替わり作戦、などと気になる単語があったもののドンキホーテはひとまず頭の隅にそれを追いやる。そもそもだ、このヴォルスという男も得体が知れない。


 他者に化けるアビリティを持ち、そして何より人一人を格納できるほどの異空間をかの男も持っている。

 いくらでも悪用できるその能力をここで逃せば厄介なことになる。


 ドンキホーテは身構える。

 もしこの二人がこの結界の中から逃げることが可能なら、この二人を逃がす訳にはいかない。


 しかしヴォルスと違って一向にサーレスは逃げる気配がない。

 サーレスはため息を吐き諭すようにヴォルスに喋り出した。


「はぁ……いいですか? ヴォルス、私たちはもう逃げられません、この結界……気づきませんか?」


「普通の結界だろ? 壊せばいいじゃないか、自分が壊そうか?」


「おバカ! よく聞きなさい! この結界は楔が打ち込んであります! 神殿を支える柱のような強大な楔が!」


「……とういうと?」


「えぇ……魔法学の基礎ですよ! いいですか! 結界を生成する際、その結界の存在を維持するための楔が必要になります。魔法結界の基本ですよ」


「はあ」


「逆に言えばその楔を破壊しない限り、結界を破壊するのは難しい。私たちがテレポートでもしない限りね」


「じゃあ早く楔チャンを見つけようぜ」


「はぁ……だからこそ戦う必要があるんですよ……」


「ほぇ?」


「目の前の騎士殿、彼がこの結界を維持するための楔になっています」


「まじ!?」


 ドンキホーテは心の中で呟く「御名答」と。

 やはりサーレスという男、魔法に関しては基礎的な知識がある。


 サーレスはさらに話を続ける。


「単純ですが、だからこそ強力。普通は楔を複数配置し、リスクを分散するものです、しかし複数楔を用意するほど、破壊された時、結界が不安定になりやすい」


 それも、正解だドンキホーテは心の中でつぶやいた。

 結界は普通リスクを分散させる為に複数の楔を結界の中に置く。

 たとえ一個の楔が破壊されたとしても他の楔が結界を維持する役目を補うからだ。


 しかし、楔を複数配置することは同時に、楔の結界を維持させる力も分散させる行為だ。そして楔を破壊されればされるだけ結界は弱まってしまう。


 そのことをサーレスもわかっている。だからこそドンキホーテの意図にサーレスは気づいていた。


「故に、この騎士殿は自身をたった一つの楔にすることによって結界を堅牢に、そして私たちに戦うように促している。『俺を倒さないと結界は壊れない』と誇示しているのです」


「マジでぇ? じゃあ戦うしかないじゃん」


 ヴォルスの言葉にサーレスは頷く。その頷きと共にため息をついたヴォルスは、ぎろりとドンキホーテを睨みつけた。

 来る。


 殺気を感じたドンキホーテは囁く。


「こい……! フォデュメ!」


 魔女帽が何もない空間からドンキホーテの掌に現れた。

 ドンキホーテに相対する、サーレスとヴォルス、一触即発の張り詰めた空気が流れていた。

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