第十二話 公爵令嬢の提案
今回はアグネスのターン。
この衝撃にレイマンは耐えられるか!
誤字報告ありがとうございます!
見直したつもりで、まだまだ一杯ありました。
すごく助かりました(^.^)/
家令に案内され入室してきたアグネスは、相変わらず美しかった。
「突然の来訪に応じてくださりありがとう存じます」
そして、その容姿だけでなく所作も。間違いなく彼女はクロヴィス王国一の佳人だ。しかし、レイマンの心には全く響いてはこない。
エリサベータとの出会いの感動ほどのものは何処にも無かったのだ。
──やはり、私にはエリサだけだ。
「それで、ご用件は?」
直ぐにでもエリサベータの元へ駆け付けたいレイマンは、性急に話を進めようとした。
「今日はファルネブルク様にご提案があって参りました」
「提案?」
「はい。お急ぎのご様子ですので単刀直入に申します。私と結婚して欲しいのです」
「申し訳ないが私にはエリサがいる」
にべもなく拒否をするレイマンに、しかしアグネスは全く動揺を見せなかった。
「ご婚約は解消されたのでは?」
「私は認めていない」
「彼女が解消を望んだのでしょう?」
「それは……」
「そのご様子ですとレイマン様は、彼女の為に全てをお捨てになる心積もりなのですね」
「……そうだ」
アグネスは悲しそうにレイマンを見詰めた。
「素晴らしい愛です。ですが彼女はその想いに応えてはくれないでしょう」
「何故?」
「私も同じ女です。彼女の気持ちは分かります」
「貴女がエリサの何を!」
レイマンの激情をアグネスは片手を上げるだけで制した。
「私も彼女と同じだから。同じ殿方に想いを寄せたからです……彼女は貴方の枷になりたくはないでしょう」
「……」
「だから彼女は貴方の想いには決して応えない」
「そんなことはない!」
「それに女の顔は武器でもあるんですよ。清廉な彼女が社交界に身を置く事は呪いを受けた状態では苦痛でしょう」
「それでも……」
レイマンは強い光を宿した瞳でアグネスを見返した。
「それでも貴女と結婚をする理由にはならない」
「私が『冒涜の呪い』を解く術を持っていても?」
「な……ん……だと?」
アグネスは二人の間のテーブルに小さな木箱を置いた。
「私はエリサベータの事は嫌いではありません」
アグネスが小箱の蓋を開けると、中には瀟洒なガラスの小瓶が鎮座していた。その小瓶の中には蒼い液体が入っていたが、液体それ自体が発光しているようで、小瓶が光り輝いているようだった。
「これは!まさか!?」
レイマンはその液体の特徴に心当たりがあった。何故なら、レイマンはそれを探し回っていたのだから……
「ハプスリンゲの家宝『エルフの秘薬』です」
アグネスが事もなげに予想通りの名前を告げると、レイマンはごくりと生唾を飲み込んだ。それはレイマンが喉から手が出る程に欲したもの。
「差し上げる事はできませんが……ですが、レイマン様が私と結婚してハプスリンゲ当主となれば、この秘薬を彼女に渡せます」
「つまり、貴女との結婚を承諾すれば、エリサベータは呪いから救われると……」
アグネスは感情の見えない微笑を浮かべたまま頷いた。
「……」
レイマンは沈黙した。
アグネスの提案。それは……
エリサベータを呪いから救う為に彼女との結婚を諦めるか、
全てを捨てて、呪いに苦しむエリサベータと添い遂げるか、
どちらかを選べと言っている。
せっかく全てを捨てる覚悟を決めたが、アグネスの持ち込んだ秘薬はその決心を根底から揺るがした。
レイマンは目を閉じて懊悩した。
『エルフの秘薬』
これを使えばエリサベータは呪いの苦しみから解放される。
そうすれば彼女は社交界に戻れるし、自分と結婚できなくとも良き相手を見つけて幸せになれるだろう。
それではアグネスの提案を断ったらどうか?
全てを棄てエリサベータの元に行って果たして幸せにできるか?
爵位も財産も全て私捨てて、彼女の呪いも解けず、それで結ばれてもエリサベータは喜んでくれるだろうか?
レイマンは惑う。
真にエリサベータを想うなら、自分の想いを捨てアグネスの提案に乗るべきではないか?
レイマンは悩む。
彼女と結ばれたいというのは自分の利己的な想いではないのか?
レイマンは苦しむ。
真に彼女を想い、愛しているのなら、彼女の幸せこそ考えるべきではないか?
目を閉じて懊悩するレイマンをアグネスはただ黙って見詰めて、彼が答えを出すのを待ち続けた。
悩むレイマンの脳裏にエリサベータの姿が浮かんだ。
──エリサ!エリサ!!エリサ!!!
恋い焦がれる最愛の恋人。
その思い浮かんだ顔は『冒涜の呪い』を受けたもの。
彼女が側にいないことが辛い。彼女に触れられないことが苦しい。彼女との別れを思うと胸が張り裂けそうになる。
──近くに居てくれ!君に触れたい!エリサを離したくない!
心の中の彼女は己の顔に嘆き、泣き始めた。そして、涙に濡れるその双眸は、しかしどちらも美しく輝いているようにレイマンには見えた。
そう、その輝く青い瞳は綺麗な宝石のようで、まるであの時の……
──エリサ……私は君に……
やがて、ゆっくり瞼を開けたレイマンは、その瞳に強い光を宿してアグネスを見据えた。
それは心を決めた証拠。レイマンは口を開いてアグネスに返事をした。
レイマンの答えを聞いたアグネスは頷くと……
その美しい顔に満足そうな笑みを浮かべた……
これにて「転」も終了!
明日よりいよいよ「結」です。
果たしてレイマンの決断は!




