女公爵と宣戦布告
「地下水路へ出現した迷宮モンスターはほぼ排除。少数が地下水路深部に残っていると思われますが、異物としてガーディアン達に駆除される見込みですので放置とします。駆除に出た警備隊および探索者に多少の負傷者はいますが、死者は出ていません」
ロウガ評議会では、今回の事件の情報共有、そして今後の対策方針を決めるための緊急議会が開催されていた。
二日前に出された特別警報は地下の安全が確保された街区から段階的に解除され、本日早朝にロウガ全域で解除され、ロウガは平穏を取り戻している。
いや平穏と呼ぶのは些か語弊があるだろうか。
「今回討伐されたモンスターは全て下級クラス鉱石モンスターですが、その全てが未発見の新種およびその亜種となります。種別および特性は取り急ぎの簡易解剖報告が上がっていますので、そちらをご参考ください」
本来であれば、閉鎖期に発生する迷宮モンスターの迷宮外出現は災難以外の何物でも無い。
だが新素材を得られる未知の迷宮群の可能性が存在するという予測は、災厄でなく新たなるチャンスとして彼らの欲望を刺激した。
さらに出現したモンスターがロウガ近郊でよく見られる動物、虫型迷宮モンスターでは無く、近隣では希少種の迷宮モンスター達ということも拍車をかける。
今回の事件に対してさらなる調査をという興奮混じりの声が、各生産系ギルドや探索者達から、ロウガ支部に届けられているのも当然の流れだ。
「薬師ギルドからだが、素材の一部に依存性のある危険物質が含まれていたと報告が上がっている。それらは数量および、所在確認を最優先して調査指示が出ている」
「討伐に出ていたパーティから流出したとおぼしき、未認可迷宮素材が港で押収されました。検査および見回りの強化を要請します」
「一部のギルドやバカ共が許可無く地下水道深部に立ち入り、迷宮口を発見しようとしているという密告があった。ガーディアンどもをソウセツ殿達が排除していたからモンスター共の相手で済んだというのに。各ギルドに無断立ち入りは未遂であろうとも、公認探索者資格の停止や剥奪もあり得ると、警告広報を発信していただきたい」
評議員達からは急ぎの報告や要望が幾つもあげられ、それに基づき手早く承認や情報共有、人員配置、対応担当の割り当てが行われていく。
常であれば権力争い、縄張り争いによる無駄な議論や、難癖に近い質問で紛糾するところだが、今回は誰もが納得する効率的な僅かな修正案が出される程度で、驚くほどスムーズに議会は進行していく。
足の引っ張り合いを躊躇するほど今回のモンスター出現がそれほど重大……だったからではない。
数十に及び報告および議決が近年では稀にみるほど手早く終了すると、最後の案件を始めるために評議会議長でもある管理協会ロウガ支部長フェルナンド・ラミラスが、厳重な記憶遮断魔術が施された特別資料を配付させる。
「それでは最後に、今回のモンスター襲撃に居合わせた”彼女”の証言についての詳細報告となります。いくつかの裏付けが取れましたので、ご報告させていただきます。こちらは最重要機密となります。この件の詳細記録に関して、議場外記憶遮断魔術が施されています。記憶情報の持ち出しを禁じていますが、記憶に残る大まかな情報も他言無用をお願いします。資料も規定通り議会終了後に回収させていただきますのでご承知ください」
ロウガ最悪の問題児の帰還について最後に報告がある。
議会開始時にフェルナンドから告げられていたその情報が、議員達を大いに焦らせ、早く他の案件を終わらせようと無自覚な協力態勢が築かれていた。
大華災事件後評議員の間では、個人名よりも、その2つ名で呼ばれることの方が多い、疫病神、歩く大迷惑ケイスの帰還だ。
議会外に持ち出せる記憶は少なくとも、ケイスが戻っていると知るか知らないかだけでも大きく対策は変わり、被害も減少できるやもしれない。彼らの行動は、当然の防衛本能だ。
百ページ近くにおよぶ証言および調査報告の詳細を聞かされる評議員達の顔色は一ページ進むごとに、困惑と混乱、そして戸惑いに苛まれていく。
海底鉱山監獄のあった悪夢の島での古の火龍ナーラグワイズの意志を宿した転血石の復活およびケイスによる撃破。
また悪夢の島では、人工転血石作成技術を用いて、火龍転血石の制御実験の為に非合法な人体実験が行われていた痕跡があった。
ナーラグワイズとの戦闘で山体崩壊などが発生したため、戦闘終了後地上への脱出不可能となり、唯一の道であった火道を降下。
幾つもの転移を経た後、未発見の迷宮群に到達。目に付く片っ端の初級および下級の赤の迷宮群を累計43個完全踏破。
43個目の迷宮を抜けた先がロウガ地下水道の最深部とおぼしき部分と繋がっており、そこからロウガに帰還。
その際にケイスの”捕食”から逃げようとした迷宮モンスターの一群が、迷宮を捨て地下水道になだれ込んだために、今回の迷宮モンスター出現事件へと繋がった。
迷宮存在の証拠として、ケイスからは神印宝物8点がロウガ支部へと提出されており、全て真作と鑑定報告有り。
古い物では140年近く発見報告がなかった、暗黒時代以前の古美術品クラスの短刀も含まれており、功績を偽るために、他の探索者から譲渡や買い取ったと考えるのは不自然きわまりなく、真実とみられる。
地下水路の一部が迷宮化していることは知られていたが、それは大半がもっとも脅威度の低い特別区で、地下水路を今も徘徊する東方王国時代の遺物であるガーディアンがモンスターを処理しているので、無視されていたのが現状だった。
しかし今回のケイスの証言および手書きの地図に基づき、上級探索者のソウセツおよびナイカが、ガーディアン群を突破して地下水路最深部への強行偵察を敢行し、複数の迷宮口を発見。
その数は今回の調査で発見しただけでも30を越え、迷宮色は現状では不明だが、迷宮の先にさらに複数の迷宮口があるというケイスの証言通りならば、ロウガ近郊の迷宮群と同規模かそれ以上の多種多様な数百以上の迷宮で構成された『大迷宮群』と推測される。
迷宮閉鎖期のため内部への進入は大半の迷宮で不可能だったが、ソウセツ達は閉鎖期でも進入可能な特別区をいくつか発見し内部調査を決行。
今回の襲撃事件で出現した迷宮モンスターの幼体および下位存在とみられる鉱石種迷宮モンスターの捕獲に成功。
現在も生態解剖調査中だが、今回の出現モンスターが、新たに発見されたこの迷宮群から出現したと断定して間違いない。
ここまでの情報だけでも評議員達の理解力、処理能力的には限界。お腹いっぱいだが、ロウガ最悪の問題児はさらに味変をして情報をたたき込んでくる。
迷宮モンスター出現と時を同じくして、ケイスの替え玉を行っていた剣戟師の所属する劇団およびケイスのパーティーメンバー2人が観劇街の劇場において、狂乱結界とおぼしき魔術による襲撃が発生。
替え玉から剣を取り返す為に劇場を訪れていた、ケイスはその場にたまたま遭遇。
敵対者と判断し術者がいるとおぼしきファルモアの塔を目指していたところ、謎の魔術攻撃により複数の劇場および建造物が爆発炎上、さらには件の迷宮モンスターが魔術テイミングされケイスを襲撃。
様々な要因から謎の攻撃魔術の正体が、観劇街に存在する多様な魔具を何らかの手段によって繋げ基点とした周囲一帯に作用する大型魔法陣型魔術攻撃と断定。
その起点となるファルモアの塔を斬り潰して魔術攻撃を停止させたが、術者の消息および正体は不明。
ケイスの証言を確かめるために、観劇街の魔具や舞台装置を点検した所、少なくない数の魔具や装置に不自然な魔力消費や、発動記録が残っていることが判明。現在詳細検査を執り行っている。
また別件となるが、ファルモアの塔からの帰りに、ケイスはルクセライゼン紋章院による襲撃を受けこれを撃破。
紋章院との戦闘終了後に、ロウガ守備隊水狼と接触。その際不幸な偶然と誤解から自ら足を切断し重傷を負ったため、現在ファールセン邸で治療中。
こちらの原因は、ケイスが所有する生体闘気剣『羽の剣』は青龍素材を用いており、そこに宿る意志は、ルクセライゼンの国名への由来ともなった先代青龍王ルクセライゼン。
青龍由来の剣を狙って、紋章院ひいてはルクセライゼンが襲撃を仕掛けてきたとケイスは断言している。
その根拠としてケイスは、ケイスの替え玉を務めていた少女剣戟師カイラの存在を上げていた。
彼女は過去を偽り偽名を名乗っており、その正体は現在ルクセライゼンを訪れている劇場艦リオラでも一時的に名を馳せていたカティラ・シュアラその人である。
当初はカティラよって秘密裏に剣を回収する手はずだったはずが、ケイスが剣を取り戻したために、再度奪取するために強硬手段を行ったというケイスの主張で報告書は締められていた。
「以上が彼女からの証言を元にまとめた第一次報告書となります。証言のみで裏付けが取れていない物も数多くありますので、警備隊のソウセツ殿を中心に追加調査中となります。何かご質問のある方は?」
フェルナンドが話し終えると共に、議員の大半が大きく息を吐き出し、何ともいえない表情を浮かべるのみで、誰も発言を求めようとしない。
あまりに荒唐無稽で現実感が乏しく、実際に起きたことであるのに、現実だと脳が受け入れるのを拒否しているのだろう。
これがまだ優先順位をつけられる事態なら話し合いも進むだろうが、どれもが方向性が違いすぎて何を優先すべきか、誰もが判断しずらい状況だ。
幾時かの逡巡のあと、素材調達ギルド派閥をまとめる初老の評議員が手を上げる。
「どこまでが真実で、どこから誇大妄想なのか、このような紙切れにかかれているだけでは判断が付かない。とにかく本人をこの場に呼ぶべきではないか、実際に未知の迷宮群があるとするなら対策を行わなければなるまい。ルクセライゼンとの関係もあるが、まずはロウガの安全確保を最優先すべきだ」
新たなる素材獲得が見込める迷宮発見となれば、彼らのギルドがその詳細を求めるのは当然ではあるが、それを差し引いてもロウガの安全確保を第一とする初老議員の主張は正論だ。
迷宮をそのまま放置していれば、内部での過剰繁殖による増大や、数が増えれば増えるほど強大な力を持つ変異種が発生する確率も高まる恐れがあり、素材調達ギルドには、モンスターの討伐や採取による調達のみならず、事前兆候や変異の発生など迷宮内の異変をいち早く管理協会に知らせる義務がある。
「迷宮学者として賛同させてもらおう。閉鎖期が開けて調査隊を送り込むにしても、ガーディアンを突破できるだけの上級探索者に匹敵する戦力をたびたび出すわけにもいくまい。こちらの正気を試されそうであまりしたくはないが、我々で再聞き取りをするしかなさそうだ」
学者閥に所属する議員が、心労を心配したのか心底嫌そうな顔を浮かべながらも、ケイスの召喚に賛成する。
単独や、少数の下位迷宮程度なら実入りも見込めず放置されることもあるが、大迷宮群ともなれば定期的な調査や、内部の間引きは必須だ。
むしろよく今まで何も無く無事だったと、顔を青ざめさせた議員も少なくない。
おそらく今までも少量の迷宮外出現があったのかも知れないが、地下水路のガーディアンが葬ってきたのだろう。
だが今までが大丈夫だったからと言って、それが未来永劫続く保証などどこにもない。自分達の街の足下に管理されていない迷宮があっては、枕を高くして眠ることなど出来無い。
「分かりました。ですがすぐに召喚というわけにはいかなそうです。襲撃者を警戒するケイス嬢は、現在療養に専念し、怪我が癒えるまで信頼できる者以外との面会を拒絶しているとのことです。今回の報告も、ケイス嬢の治療に当たったロウガ医療院所属のレイネ神術医師からもたらされた物です」
この非常時に自分勝手なと憤慨し、無理矢理にでもケイスを召喚しろと声高に主張する議員は現れない。
強行すればケイスがどういう反応を見せるか誰もが予測が付き、その被害は誰もが予測できない。
触らぬ神に祟り無し。下手に手を出して責任を押しつけられたらたまらない。
ケイスの身元保証人は大英雄フォールセン・シュバイツァーであり、実質的に保護者として一時同居していた支部職員のレイソン夫妻にケイスがなついているのは周知の事実。
裏を返せば、フォールセン邸に滞在している現状は、ケイスをおとなしくさせ、ある程度は制御できている状態。
しばらくは放置もやむ無しと、評議員達の間で共通認識が広まりだしていると、議場外がざわめき声が聞こえてきた。
魔術結界によって議会開催中は議場内の音が外に漏れることはないが、外の音は問題なく聞こえてくる。どうやら大扉のすぐ外で押し問答が始まっている。
「お、お待ちください! 現在議会開催中で関係者以外は立ち入り禁止です。進入防止、防諜結界が発動しておりまして」
「あら。では私は今は立派な関係者ですね。参加する義務があるとなれば遅参をわびなければなりません」
議場外で警備する警備兵が制止する声が響くが、意にも介さない女性の声が響き、次いで大扉に施された発動中の結界魔法陣が青く輝き始める。
それは正規な手段を用いた解錠ではなく、強力な魔力による浸食だ。
青龍由来の全てを喰らい尽くす暴虐的な魔力による掌握によって、結界魔法陣を一瞬で制御下に置いた乱入者は乱暴極まる強硬解錠手段とは裏腹に、音もなく静かに両開き扉を開くと、堂々とした足取りで進入してくる。
突然乱入して来た妙齢の女性は優雅に一礼をし、
「ロウガ評議会の皆様お騒がせして失礼いたします。私メルアーネ・メギウス宛てに、ある探索者から書状が届きまして、その件について皆様に伺いたく訪れました」
ルクセライゼン全権大使として派遣された女公爵メルアーネは口調こそ丁寧だが、冷ややかかつ怒気を含んでいると誰もが悟らせる声で告げる。
「その書状を出したケイスと名乗る少女探索者がいうには、彼女所有の剣を、我々ルクセライゼン帝国が強奪しようとしていると。彼女曰く『申し開きがあるならば公の場で聞いてやろう。もし拒絶するのであれば、ルクセライゼン帝国を敵として認識する。皇帝もろとも抗う者は全て斬るから覚悟しろ』と……一介の探索者から宣戦布告をされるのは我らとしても初めての事態でして、皆様の見解をお聞かせ願えますでしょうか?」
ケイスという災厄の前に放置という選択肢は、ただ指をくわえて被害が広がるのを待つだけだと、誰もが悟ったのはこの時だ。
ストレスによる脱毛、白髪化、突発性胃潰瘍、鱗剥落等の甚大な被害を数多の評議員達に発生させ、大きな利権や権益を得られるとしてなりたがる者が多かったロウガ評議会議員という名誉ある役職が、貧乏くじや、寿命削り等と、後に忌避されるようになったのはこの瞬間であった。




