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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
下級探索者(偽装)と燭台に咲かす華
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下級探索者(偽装)と斬るべき者

 背筋を氷の柱が貫くような寒気を覚える金切り声と共に、全身が火で出来た巨大な火刑少女が、歪んだ造形の右足を、足かせ諸共大きく蹴り上げる。


 その一蹴りにあわせ、巨大火刑少女の足元に溜まっていた炎は、火の波となって通りの建物を一気に覆いつくすまでの高さとなって、真正面から攻め入るケイス目がけて一直線に押し寄せる。


 炎によって産み出された津波を前にしても一切臆すこと無く、かろうじて炎に飲まれず残っている突き出た屋根の先端や、軒先の僅かな足場を使い、火刑少女の攻撃を躱し、機会を窺う。


 火刑少女まで直線で約30ケーラ弱。彼女の足元を覆う炎は、周囲の建物表面を覆い尽くして燃焼させながら広がっていく。


 こうして燃え広がった新しい炎も、火刑少女は己の意思の元ある程度は使えるようだ。


 風向きなど全く関係ない不自然な動きで、突撃してきたケイスの行く手を遮り立ちふさがる火の壁が出来上がったかと思えば、突如吹き上がった火柱からは、丸太ほどの太さもある炎の杭が撃ち出され、着弾して、新たな火種を作り出している。

 

 先ほどそこらの楼閣の2階に置いて有った手水鉢をいくつかたたき割って、中に入っていた水を付いたばかりの火に掛けてみた所反応は2つ有った。


 どのようなか細い形にしろ火刑少女と物理的に繋がった火は、水がかかっても火の勢いは衰えず燃えさかる一方。


 だが火刑少女と離れていた火は、水を掛ければ勢いが弱まったり、消えたので、少女本体と離れた火は自然の火とかわらない。



(この火に囲まれると厄介だどうする嬢!?)

  


 ノエラレイドによる熱探知が脳裏に描く周辺図では、ケイスに向かって来る火の波とは別に。巨大な鳥が大きく翼を広げたかのように、左右にも伸びながら燃え広がっている。  

 

 今はまだ燃えていない場所を、点々と足場にしながら動けているが、このまま火刑少女と繋がった消せない火に周りを囲まれてしまえば、焼死は免れない。



「ならばまずは火を飛ばす足から潰す! お爺様形状変化!」 



 近くの店の厨房から勝手に拝借した水桶の水を全身に浴びたケイスは、掌の中でクルリと剣を回し逆手に持ち替える。


 構えた羽の剣を軟質へと変化させ腰だめに少し後方の石畳へ向かって強い下突きを撃ち出す。


 ケイスの意思の元に形を変えた羽の剣は、石畳には突き刺さらず切っ先を止め、その刀身を段々折りの形へと変化、まるでバネが収縮した様な奇抜な形状をとる。


 そのまま硬質へと刀身を一気呵成に変化。折りたたんだ刀身が元の形へと戻る反動力を用いて、前方へと向かう跳躍力へと転換。


 自らの脚力もそのタイミングに合わせたケイスは文字通り矢のような勢いでもって、目の前に迫る火の波に真っ正面から突っ込む。


 両腕を顔の前で交差させた防御態勢を取ったケイスの体は、自ら突っ込んだ火の波で一瞬だけ炎で全身が包まれるが、勢いを減少する事無く一瞬で第一波を突き抜ける。   


 少女本体と繋がった火から離れたことで、全身に回っていた火も服を濡らしていたおかげもあって火勢を弱めるが、僅かな残り火が外套や、風になびかせる黒髪の先端をちろちろと焼く。


 自らを焼く炎。しかし今のケイスにはそんな事は気にも掛からない。


 目に映るは、炎で出来た異形で巨大な歪な足。ただそれのみ。


 燃えている物体本体ならばともかく、不定型に形を変える炎など、刃で斬れるわけが無いと常識だと誰もが言うだろう。


 斬ったと思っても刃がすり抜けるだけで、次の瞬間には何事も無く、元通りの形に戻るだけ。


 それが常識。それが道理。それが不変不滅な自然の理。


 火刑少女を構成する炎が異質な炎であっても、その法則は変わらない。変わらない。  


 だがケイスは斬れると信じる。自分の剣がいつかその理さえも切り裂くと、剣士としての本能で知っている。


 不定形であろうとも、実体が無かろうとも、水であろうとも、雷であろうとも、光であろうとも、闇であろうとも、この世の万物が自分の剣で斬れないはずが無いと決めている。ケイスが決めている。


 ならばそれこそが真理。


 ならばそれこそが絶対に変わらぬこの世の絶対法則。


 しかし今はまだ自然の炎を斬るまでは己の力量が足りぬ事も知っている。まだまだ目指すべき道が遠いと悟っている。


 だが今回は違う。火刑少女髪に纏う炎は、少女自身を構成する身体のその物。少女の意思が作り出す異形の炎。


 つまりそれは精神体と幽霊と変わらぬ。

 

 故に斬れる。


 ケイスが身につけた霊体を物理的な剣で切る方法。


 それは至極単純。少女本人が斬られたと思い、信じ込むほどに純粋な剣の一撃。それがあれば斬れる。  



「邑源一刀流! 虎脚一閃!」



 返した右手の手甲を剣の腹に押し当てながら振った剣をもって、交差した火刑少女の膝辺りを一気に薙ぎ斬る。


 イメージするのはただの炎では無い。肉体を、斬る手応えを感じる実体。それに合わせ、羽の剣の細部重量を微妙に変化させ、自らの身体にもその手応えによって生じる変化をつけ、ケイス自身が斬ったと確信できる一撃を、一瞬の交差の間に打ち放つ。


 僅かに減少した勢いのまま宙を駆け抜けたケイスは、そのまま事前に、火刑少女の後方に確認してあった料亭の壁を斬り破り、その庭の池に大きな水しぶきを上げながら着水。


 全身に残っていた燻る火を確実に消し、ついでに危険なレベルまで熱くなっていた身体を一気に冷却させる。


 亡き母譲りで自慢の黒髪も先端から半ばほどが焼け落ちてちりちりとなって水面に浮かぶが、今は気にせず、すぐに池の中の岩の上に飛び移って立ち上がると、後方を振り返り自らの剣を目視で確認する。


 自らの髪を犠牲に火刑少女に与えたのは、あまりにも足が太く大きいために、長剣である羽の剣でも、その全体の4分の1にも満たない長さの刀傷。


 たかが4分の1。だがそれで十分。膝部分をそこまで深く斬られればまともに動ける者などよほど肝の据わった戦士くらいだ。


 燃えさかる炎が接合することは無く、火で彩られたぱっくりと開かれた傷口が現れていた。


 痛みにあげる悲鳴なのか、怨嗟の恨み声なのか、それとも今の自分を斬る化け物への恐怖なのか、天を仰いだ火刑少女が甲高く心を抉る雄叫びで吠え、産み出した突風が周囲の炎をざわつかせる。


 揺らぐ炎の中にぐらりと揺れた火刑少女は、天に向かって突き上げた両手はそのままに膝から崩れ落ち、その場へとぺたりと倒れ込み、動けなくなる。


 あの足では炎を撒き散らかすことはもう出来ないだろう。


 形はいくら異形であろうとも、その本質は、その根っこはおそらく少女その物なのだろう。


 それではケイスには勝てない。火で髪が無様に焼けながらも、一切揺らがない深窓の令嬢然とした美少女でありながら、この世でもっとも歪な本質をもつ生粋の化け物には。


 しゃがみ込んだことで、火刑少女の首は下がってきている。


 後はもう一度今と同様の一振りで首を斬り落とせば、火刑少女自身に首を斬られ殺されたと思わせ、消滅させることも出来る。


 敵を斬り殺す機会が有るならば一切の躊躇もせず、何時ものケイスならば既に動いている。


 だが岩の上に立つケイスは、剣を構えたまま、地に座り込み自らの炎の中で、悲痛な声をあげる火刑少女を見つめる。



(どうした娘!? 思わぬ手傷でも負ったのか!?)



(嬢! 傷がふさがりだしている! 今ならまだ首を落とせる!)



 動かぬケイスに、思わぬダメージを心配したラフォスが声をかけ、火刑少女を監視し続けていたノエラレイドが与えた傷が急速にふさがっていることを報告するが、ケイスは動かない。



「……むぅ。少し違えたやも知れん」



 形無き者を斬る。そのような偉業を成し遂げたというのに、ケイスの顔には強い不満が浮かんでいた。


 ケイスは異常者だ。あまりにも考え方が世の生物と違うために、基本的に心の底から他者を、他の存在が思考して出した結論を、その意味を理解が出来ない。


 何故、気に入らない者を斬ってはダメなのか。


 何故、自分の意思を我慢しなくてはならないのか。


 何故、自分が出来る事が、他者には出来ないのか。


 言葉を交わしいくら話し合おうとも、表面上では理解出来ても、心の底から納得することはできない。


 そんなケイスが他者を心底から理解が出来る唯一の行為。それが剣だ。


 剣を打ち合わせれば、斬れば理解が出来る。


 だからケイスは剣が好きだ。


 そんなケイスが今の剣をあまりに好きにはなれない。


 正確に言えば斬ってはいけない者を、真に斬らなければならない物を違えたと、自分の心が本質が訴えているのだ。


 斬った手応えも違う。あれは単一の物では無い。もっと何か、多数の物が集まり、火刑少女の元となった者を中心にして象って出来た者だ。


 熱で火照る身体を冷ますように、深く息を吸って、ついで吐いたケイスは、頭の中にクレファルドに関して知る情報を、助けたモーリスから聞いた男爵の過去などを、同時並行的に思い出し、思案する。


 自らが斬るべき者。斬るべき事。剣士としてやるべき事を。


 そして理解する。あの火刑少女の意味を。


 ケイスという化け物を前にしても防御にも回さず、崩れ落ちた今も、頑なに天に向かって突きだしたまま広げる両手の意味を。     


 同時に悟る。自分が目指し理想とする剣を振る剣士としてやらねばなら無い事を。


 斬るべき物を。


 ”助けるべき者”を。


 だが今のケイスには足らない。届かない。説得力が足りない。


 この目で見えるならば、何者であろうともなんであろうとも、いくらでも現実と同じように斬ってみせる。


 だが見えない物を、火刑少女にしか感じられない者を斬るには、まだまだ剣が未熟。


 火刑少女に助ける為だと思わせる剣を振ることが出来ない。


 出来ない。だがやりたい。ケイス的には火刑少女が気にいった。是非力になってやりたい。


 自分の命を狙って来る存在であろうと、ケイスが気にいったのだ。ならばその者の為に剣を振る。


 それがケイスの目指す剣士。


 亡き母と約束した剣士。


 力なき者を、弱き者を救う剣を振るう者。


 だが今の自分では足りない。ならば……



「人形姫! 見ているのであろう! ならば力を貸せ! 死霊術師として、私の言葉を彼女に届けろ! 貴殿が救おうとする者を私が今から救ってやると! 力を貸さぬと言うならば、彼女を斬ってこの空間を脱出した後、クレファルド王族を根切りとする!」


  

 自分をこの異空間に閉じ込めた者。人形姫に対して、協力要請とも、脅しとも取れる強い言葉を天に向かって吠えていた。

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