52話 異世界生活の始まり⑲
アッシュと待ち合わせて貸金業者の事務所に向かった。
「俺が話をするから横にいてくれるだけで良い。」
余計なことをしないように釘をさしておく。
「わかってる。今日は金の返済だけしておとなしく帰るんだろ?」
「ああ。」
アッシュが事務所に行くだけでかなりの牽制になるはずだった。
国内最強のスレイヤーであるギルドマスター。
辺境伯の子息でもあり、その領土の第2都市を治める領主代行でもある。
昨夜の態度を見る限り、貸金業者は強者や権威のある者には絶対に逆らわないタイプだろう。
だが、こういった男は追い詰めすぎると精神的に許容範囲をこえてしまい、とんでもないことをしでかしたりする。
「あの家族に対して貸金業者が恨みを残すような展開は避けたい。返すべき物は返して、フラットな関係にするんだ。」
そうすることで貸金業者が断罪されても遺恨は違うところに行くだろう。
「···本当に優しいなタイガは。」
アッシュはそうつぶやくが、そういう訳ではないのだ。
エージェントとして活動をしていると任務を最優先して助けることができなかった者達がかなりの数で存在した。
大きな脅威をもたらす敵を壊滅、もしくは牽制することで、より多くの命が助かったのだとは割り切れない。
特にソート·ジャッジメントというスキルで人の内面を見極めることができる俺は、この世界で人間としてやり直すべきだと思う。
ただの自己満足だったとしても···。
アッシュが名乗ると貸金業者も巨漢くんも卒倒しそうになっていた。
「ターニャ達の代理で俺が借金の返済をする。これはその委任状だ。」
「·············。」
「何か問題はあるか?」
「·············。」
「···深呼吸をした方が良いぞ。人間は息をしないと死ぬ。」
「···は···はひぃ···。」
やはりアッシュの存在は刺激が強すぎたようだ。
呼吸困難に陥っている。
「ここに利子分も含めた金額を置く。不足がないか確認をしてくれ。」
無呼吸状態からなんとか抜け出した貸金業者は震える手で金の確認をする。とは言っても、1000万ゴールドが白金貨1枚なので、それが本物かどうかを確認するだけで済む。
「た···確かに。」
「じゃあ、借用書の原本をくれ。」
「は···はい。」
借用書を確認する。
貸金業者の直筆で完済を証明するサインが書かれていた。
「抵当権解除の書類は?」
「こ···これです!」
これでターニャ達を苦しめた借金は消え、自宅兼店舗の抵当権解除ができる。
抵当権は借金が返済できなかった時に土地と建物が貸金業者のものになるという権利だが、解除のための書類があれば役所でそれを抹消することができるのだ。
「何か言いたいことは?」
「ありませんっ!」
やるべきことはすべて滞りなく終わった。
元の世界と同じような書類や手続きだから何も問題は残らないだろう。
「無事に終わったな。」
外に出るとアッシュがそう言った。
「さすがアッシュ·フォン·ギルバートは偉大だな。横にいてくれるだけで簡単に終わった。」
「そうか?俺には貸金業者がずっとおまえを恐れているように見えたぞ。」
「そんな訳はないだろ。」
「なんか納得いかん。」
そのまま帰路についた。
「お···おいっ!荷物をまとめてこの街を出るぞっ!!」
「わ、わかりました。すぐに準備を始めますっ!」
アッシュとタイガが帰った後、貸金業者はあたふたとしていた。
「あんな···魔物を素手で倒した上に···ギルドマスターを力でねじ伏せて従者として扱うような男からは早く逃げるぞ!悪魔だ、あいつはっ!!」
貸金業者を恐怖のどん底に追いやったのはアッシュではなかったようだ。
後日、領土内のとある街で貸金業者は拘束された。
アッシュが警備隊に手を回し、悪行の数々が露呈したことにより犯罪者として捕らえられたのだ。
貸金業者は
「あの悪魔には二度と会わせないでくれっ!」
と何度も訴え続けたと言う。
次回から新しい章が始まります。




