398話 エージェントの遠征⑥
サキナは聖霊魔法の使い手である。
イーグルの聖霊を呼び出し、遠視と空間把握の効果を持つ、イーグル·アイと呼ばれる魔法を展開した。
イーグルとは常態契約を結んでおり、戦いの場面で敵の状況を把握したり、戦術を練る時に重宝している。
サキナは、その豪胆な性格から、バトル·ジャンキーと誤解をされることが少なくない。しかし、実際は、緻密な作戦の上での効率的な戦いを好む戦術家なのだ。
犠牲を最小限に抑えて任務を遂行させるその能力は、王国軍本部からも高い評価をされており、若くして重要拠点であるシニタ中立領に程近い、詰所を任されるようになった。
とは言え、この地で今のような緊迫状態に追い込まれることは、希なことである。
いくら能力に優れているとは言え、辺境伯の娘が危険度の高い任地を与えられることは、通常ではありえない。サキナには弟がおり、本人が襲位して辺境伯となる予定もないのだ。いずれ、名のある貴族と婚姻を結び、家の繁栄に貢献せねばならなかった。
加えて、同国の辺境伯は、その全てが王族なのである。テスラ王国の辺境は、広大な国土ゆえ、中央から相当な距離がある。その統治や、隣接する国々との交流を蔑ろにするわけにはいかず、結果、国王の直系を配することが、長年に渡って続いていた。
サキナも王家の血を引いている。
自ら戦いに身を置く職務を志願したとは言え、万一、任地で命を落とそうものなら、王家にとっての波紋となりかねなかった。本来であれば、対応が難しい今案件では、現地に赴くことなく、詰所で待機をするように父からも指示を受けていたのだ。
しかし、本人は今、テトリアの再臨と呼ばれる男の存在に、夢中になっていた。ここに来たのは、民と領土を守りたいという一心ではあったが、歴史的な快挙を成し遂げた偉人が、現代に甦ってすぐ近くにいるのだ。
幼少の頃から憧れていた英雄を前に、王家の慣わしや、父の指示など、霞んで見えた。
家の繁栄は大事なことだと思う。しかし、サキナの本心は、自分より弱い男に一生寄り添うことなどしたくはなかった。どうせなら、領地や民を守るために命を捧げるか、自分が認めた男性と添い遂げたかったのだ。
そんな想いから、タイガに、強い興味を抱いたのは無理のないことと言えた。
「確かに、顔を見る限りまだ若いな。しかし、頭がツルツルなのは何だ?苦労しているからか?いや···そんなことは些細なことだ。何割かの男は、いずれ禿げ上がるのだからな。」
目の前に浮かんだ魔法陣で、遠視をするサキナの表情には嬉々としたものがあり、本人も気づかないうちに独り言を並べていた。
普段の上官からは想像もつかないその様子に、周りにいた兵士達は、不気味さを感じて距離を置いていた。
「お、おい。サキナ様が何かぶつぶつ言ってるぞ···。」
「独り言もそうだけど、たまにニヘェ~って笑うんだよ。」
「しっ!聞こえたら、しばかれるぞっ!」
緊迫感はどこかに消えていた···。
「サ···サキナ様。」
「なんだ!?」
年嵩の男、副官が話しかけるが、怒声で返された。
「て···手助けに行かなくとも、良いのですか?いくら、テトリア様の再臨されたお姿だとしても、少し敵が多すぎるのでは···。」
その言葉を聞いたサキナは、急に真顔になった。
「そうか···その手があった。これでお近づきになる大義名分が···。」
魔法陣を覗く目はそのままに、何かを呟いている。
傍らでは、副官がため息をつき、自分達の行く末を案じていた。




