289話 エージェントの真髄⑯
魔人は激痛にも関わらず、押し黙った。目線も合わせようとしない。
わかりやす過ぎだろ。
「で、誰と繋がっているんだ?」
そう思った理由は、この場にコイツが来たタイミングと、俺に関する情報の正確さだ。確証があった訳ではないが、組織的に動いている気配しかしなかった。それに、クリスティーヌが率いてきた聖騎士団は、お世辞にも一枚岩には見えない。トップである団長が、教会のシンボル的な存在である聖女と共に魔人と闘っているのを静観しているというのは、明らかに不自然だ。反聖女派的な者が、ある程度の権威を持った中にいると考えられる。これは、エージェントとしての経験と勘、洞察力からの推察に他ならない。だが、魔人の態度を見る限り、あながち外れではなさそうだ。
「·····················。」
無言を押し通す魔人の腕をさらに捻る。
「ぐっ····ぐがぁぁぁぁ······。」
苦痛に表情を歪めるが、回答は得られそうにない。
「庇う必要があるとは思えないが、黙秘するなら仕方がないな。」
俺は魔人の腕を掴んだまま、体を横に一回転させた。
ゴギャ!
「ぎゃあああああああ!」
嫌な音と感触。
肩を脱臼させた。
「あともう一本の腕と、両足。最後は首だな。」
俺は爽やかに笑いかけて腹筋で跳ね起き、素早くもう片方の腕を取った。手首を掴み、足をかけて体を落とす。反動だけで肘のあたりを折る。
「ぐわぁぁ!····きっ···貴様っ!誰を相手に···。」
魔人の言葉を無視して、反対側と同じように肩を脱臼させた。
拷問じみたことは嫌いだが、教会が敵に回る可能性を考えると、悠長なことは言っていられない。武力での脅威は少なくても、教会には数千万人という信者がいるのだ。変な情報網や、噂の発信源のようなものが敷かれるのは避けたかった。情報操作ほど厄介なものはない。
立ち上がり、両足を取って技を仕掛ける。プロレス技のスコーピオン·デス·ロック。日本プロレス界のレジェンドである長髪のおっさんの決め技だ。
「ぐ···ぐぐ···ぐ···。」
プロレスはショービジネスだが、技は洗練されている。特に固め技に関しては、とある寒い国の特殊部隊の体術にも取り込まれているほど秀逸だ。
スコーピオン·デス·ロックは足首、膝、腰を同時に締め上げ、かつ気道や横隔膜を圧迫して窒息に陥らす効果がある。
「さっさと話せば楽になるぞ。脱臼もそうだが、腰への損傷は魔法では回復しにくいと聞いてる。生きて戻れたとしても、後遺症が残るかもな。」
魔法による回復は万能ではない。
欠損した箇所が戻ってくることもないし、切れた神経が繋がることもない。脱臼なども、外れた骨を物理的に戻さなければ、治らないと聞いている。腰椎への損傷も同じだ。
王都に行った際に、金持ちや有力者に禿げたおっさんが多かったが、金を積んで魔法で再生ができるのならしているだろう。毛根が死んでいると蘇生できないのだ。
例えとしてはどうかとは思うが、的は射ている。要するに、時間をかけて治るものだけを、加速度的に完治させることができるのが、回復魔法なのだ。
俺は魔法は使えない。
魔力がないから回復もしてもらえない。
だが、逆手に取ると、この世界ではかなりチートな存在なのである。




