078: ある夏の二日間⑱ ~夕食は広場へ~
「……お、おぅ。――お前ぇら全員聞いたな。学園から来た気骨のあるパーティーだ。……そろそろ、その光るやつ消してくれねぇか」
バルカンさんはコトちゃんの光障壁に、片手を目の前に持ってきてまぶしそうにする。
彼は彼女たちに自己紹介させ、周囲に『キラキラ・ストロゥベル・リボン』のお披露目の場を作ってくれたようだ。
「若いのにやるなあ。すごいぞ」
ギルマスの賞賛の声がギルド内に響く。
「ボ、ボクらは当然のことをしたまでっす! 勇者王に代わって魔物におしおきしただけっす!」
謙遜してはいるものの、コトちゃんたちはほっぺをピンクにしている。
勇者王は、人々に迷惑をかける魔物をことごとく倒した――という話があったっけ。ついでに「人々に迷惑をかける者も厭う」人物でもあったようだ。
そんな彼女たちの後ろ、ドアの向こうの野次馬集団に、黒い人物がいることに私は気づいた。
(あなたのご先祖の代わりに、おしおきしてくれたようですよ……)
野次馬に紛れて放蕩王子もいたのだ。すぐに私の視線に気づいて、にやっと笑い、去っていったけども。
「……さて、今回の件、わざわざ出向いてもらってすまんな」
ギルマスはそう一言、町の住人たちに告げ、町の治安を魔物ではなく冒険者が乱したことにギルドのマスターとして詫びた。厳正な処分を行うことを約束し、被害の全容を知るべく、ひとまず今日のところはカウンターで必要書類に記入してもらうようお願いしていた。
「……んじゃ、詳しく決めっから、お前ら奥の部屋に来てくれるか」
孤児院の院長さんと『キラキラ・ストロゥベル・リボン』、伯爵の四男を雑に持ち上げたバルカンさん、他数名がメロディーさんの席の隣の小部屋へ入っていった。
ギルマスも私たちに「住人の皆さんのほうはよろしくな」と言って、サブマスと一緒に向かった。
処分を決めるために、当事者の孤児院側と『キラキラ・ストロゥベル・リボン』からさらに詳しい話を聞くのだろう。バルカンさんは四男のこともあるし、こういう事態に慣れてない彼女たちへの助言もかねて部屋までついていった。
というか、小部屋だけど全員入るのだろうか……。
「――皆様、お手数ですが、お一人ずつこちらに記載していただけますか。――そうです。燃えた洗濯物のこともご記入ください」
私は、ギルマスが部屋に入れずドアをふさぐように立ったのを見て、フェリオさんと一緒に今回の被害状況の聞き取りを始めた。メロディーさんは先に床を拭いている。
被害者の方々にそれぞれ記入してもらい、書類に不備がないか確認していく。今回の件ならば、のちに加害者(=伯爵の四男)に支払わせることになるだろうから、滞りなく進むよう処理していった。
町の人たちにとっては、大切な物や植物などが燃えたのだからお金の問題ではないだろうけど、ギルドとしてはこれくらいしかできることがない。
この作業は、本日の業務が終わるまで続いた……んだけど、何か忘れているような…………何だっけ? ま、そのうち思い出すだろう。
終盤の突発的な仕事が片付きギルドから出ると、空は暗くなり始めていた。そんな空の下、本日の最優秀パーティー(と私は呼ばせてもらう)『キラキラ・ストロゥベル・リボン』の三人が困った顔で立っていた。
「シャーロットさん、本日夕飯をボクたちが作る予定だったんですけど、今日はごたごたして用意できなかったっす」
「え」
「本当にすいませんっす」
しゅんとしているけど、そうではない。
「あ、怒っているんじゃなくてね。今日はスタンピードだったでしょ。だからね、今日は皆が――町の人皆が広場に行くんだよ。ほらほら、一緒に行こう」
不思議な顔をしている三人を、私は連れて歩く。
広場に近づくにつれて、そこがにぎわっているとわかった。
いろんな出店が並び、飲み物も売られている。特に多いのは、もちろんマルデバードを使った料理だ。
「この町はスタンピードが起こったあとが面白くてね。その魔物が食べられる魔物だったら、広場中にいろんな出店が来て、腕を振るってくれるんだよ」
スタンピードで一気に大量の肉が手に入るから、町中の料理屋さんが広場にて料理を出し合うのだ。しかも、値崩れしているから安価で食べられるのも魅力的だ。
「おおお! す、すごいっす! シャーロットさん! まずはあそこに行きたいっす」
「はいはい」
コトちゃんに手を引っぱられて、近くのお店へ行く。
「マルデバードのトマトマト煮込みだよ~。嬢ちゃんたち食べていきなっ」
トマトマトの赤い色が食欲をかきたてていた。
「う、うまそうっす!!」
「ええにおい」
「おなか空いたわね」
三人はとりあえずこの料理に興味がわいたようだ。
「それじゃ、まずは私からこれを奢ることにしようかな。……はい、四人分お願いしまーす」
コトちゃんたちが「え、いいっすよー」と言うあいだにお支払いしてしまう。
「ほら、皆それぞれ持って。次はあそこのお店に行ったほうがいいんじゃないかな」
「へ?」
私は『羊の闘志』さんたちが立っているところへ向かう。彼らは先ほどとは違って、いつもの明るい雰囲気に戻っていた。
「学園から来たやつらには全員奢ってんだ。今日、大活躍した三人もこっち来ーい」
バルカンさんが『キラキラ・ストロゥベル・リボン』を発見して手招きする。確かに学園生たちは、皆同じ器を持っていた。
私は「え、あの」と戸惑っている三人に、「奢られちゃいなさい」と背中を軽く押した。
そのあいだにお酒を売っているお店へ行こう。
「あ、これ、いいなぁ。――この、モモモ酒とマンダリンリンジュースの混酒くださーい」
「あいよー」
食事が広場で売られているなら、もちろん飲み物も売られている。それはお酒も同じことで、その場でお酒とジュースを混ぜてくれるお店もある。
「シャーロットさん、何飲んでるっすか! ボクも同じもの飲みたいっす!」
「だめだめ! 嬢ちゃんたちドワーフじゃないだろ。隣行きな」
奢られてすぐにこっちへ来たコトちゃんは、少し不満げな顔をしてアルコールのない飲み物店へ行く。
この国には飲酒可能年齢というもの自体ないけれど、成人前の客に売ることはあまりない。――もちろんドワーフ以外はだけど。
私としては「ドワーフならどうぞ」というフォレスター王国ならではの文化が、面白く感じる。ドワーフ族は種族的にお酒大好きな酒豪が多く、子供の頃から飲むものらしい。
そんなドワーフのタチアナさんの周りは、すでに空瓶があちらこちらに転がっていた。昼過ぎに飲んでまた飲んでいる……。
広場にはすでにテーブルがたくさん設置してあり、そのうちの一卓に私たちも移動した。他の冒険者さんも近くに集まっている。
ギルマスもご家族と一緒にその中心にいた。恒例のあれをやるのだろう。
「じゃ、挨拶は適当に省くぞ! 今回のスタンピードも、皆よくやってくれた! かんぱーい!!」
「――かんぱ~~い!!!――」
すでに飲み食いを始めている人たちもいたけど、ギルマスの乾杯の音頭でお互いのコップを上にかかげる。
学園の生徒さんたちもそれに倣った。
「う、うまいっす! この町に来てよかったっす~~!! っぶ、むぐぐ!」
「おいしいわ~。…………コト。そないにいっぺんに食べるから詰まらせるんや」
「この冷たいお菓子もおいしい」
私と同じ席の三人は思い思いに食べる。
冷たいお菓子は、パテシさんのお店で作っているものだ。人が集まるときを逃がさず、ちゃっかり商売している。
「お、団長じゃねえか。拡声魔道具の調子はどうだー?」
ギルマスが鳥団……騎士団長を見つけて声をかけたようだ。
「ただいま修理中です。そのせいで連携が不足してしまったようで……」
「ま、そういうこともあるだろ。直るまでのあいだはどうすんだ?」
「それはですね…………」
今後のことについて、二人は意見を交わしはじめた。
少し遠くに、メロディーさんご夫婦が手をつないでお店を回っている様子が見えた。サブマスもフェリオさんも、乾杯のあとそれぞれ食べ歩いているようだ。
町の人も、家族、恋人、友人とお店を見ている。
本日のスタンピードは、死者が出なかったので町の雰囲気は暗くない。むしろ昔はもっとひどい被害があったようなので、町に魔物が入っても「このくらいで済んでよかった」という気持ちが大きいらしい。
そんなたくましい精神を持つ町で、はじめてのスタンピードを迎えた学園の生徒たちも皆無事だ。それどころか、それぞれの成果をあげていたようだ。討伐数を自慢し合いっこしている。
学園都市ジェイミでは、質の高い教え方をしているんだろうなぁ。いつか行ってみたいと思ってしまう。
冒険者さんたちと交じって食べる夕食はとてもにぎやかだ。
暗くなってきた町は松明などが置かれて明るくなり、この陽気な雰囲気はまだまだ続く。
私と同じ席に座る三人は、もう食べ終えて他のお店を見に行った。いや、見渡せば学園の生徒たちの食べた皿がどんどん積み重なっていく。
これは……私もどんどん食べないと、食べ損ねてしまうのではないだろうか……?
今晩はゆっくり食べられないかもしれないね。
おまけ。
ギルドの某一室にて。
はくしょんの四男「この小娘どもがっ……。ワタシははくしゃ、ぐぎゃーー!!(バルカンの小突き)」
ワーシィ「……ほんま、なんなん?」
コト「確か三男じゃなかったっけ?」
シグナ「四男よ」
ワーシィ「いや、そうやない……」
サブマス「……ぶっっふうぅ!!( ´艸`)」




