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転生した受付嬢のギルド日誌  作者: Seica


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074: ある夏の二日間⑭ ~フェリオさんを助けよう~



 ギルドの出入り口付近は、てんやわんやとなっていた。私は今、ギルドの真上に障壁を張っているけど、張る前に下りてきた魔物もたくさんいる。近くにいる人たちがそれらを率先して倒し、遠距離が得意な人たちは急いで戦いやすいところへ走っていく。

 メロディーさんは入り口のほうを向いていた。どうも転んでしまったみたいで、本日担当のかけだしの治癒魔法使いさんに治癒魔法をかけてもらっている。


 普段ギルドで軽い怪我や毒を治しているかけだしの治癒魔法使いさんは、魔物が町に入ってきていても何とか冷静にがんばっているようだ。

 逆にメロディーさんは「ま、町に魔物が……」と腰を抜かして、魔物がギルドの外を横切るたびに「ひゃあっ」と驚いている。

 そういったこともあって、二人とも私が下りてきたことに気づかなかった。冒険者の皆さんは全員ギルドの外に出ているので、私たちしかいない。

 だからなのか、フェリオさんは誰にも気づかれずに一人で倒れていた。

 事務室内に――カウンターと事務室を仕切る本棚の陰で、ぐったりとしていたのだ。


 彼の羽はヒビが入り、一部が少し欠けてしまっている。たぶんあの魔物につつかれたのだろう。

 事務室側の窓から必死に飛び込んで逃げてきたに違いない。背中に血がついていないのが、不幸中の幸いか……。


 何はともあれ、落ち着いて手早く治癒しよう。

 収納魔法から『人体の図鑑』を取り出し、妖精族の人体について載っているページを目次から探す。

 何とこの『人体の図鑑』は、分厚いだけあって種族別にもページが割かれている。さすがフォレスター王国、アーリズの町の治療院で使われている図鑑だ。


 この本によると『妖精族の羽には魔力を循環する作用があって、それにより体調を整えている。そのため、少しヒビが入っただけでも著しく体力を消耗することになる』ということだ。

 私の『鑑定』と『探索(局所的に使用)』スキルでも、彼の羽は魔力の循環が悪くなっているのがわかった。


(ということは、魔力の循環が正常になるようにイメージするってことかな……。う~ん、そんな簡単にいくだろうか。いや、そんなことを考えている時間がもったいない)


 今フェリオさんを助けられるのは、私だけなのだ――と妖精族の羽の絵が描かれてあるページを見ながら、小さく叫ぶ。


「“きゅあっ”」


 治癒魔法をかけつつ、私の魔力残量にも注意する。

 窓からは、冒険者の皆さんが冷静に対処する声が聞こえた。

 そういえばメロディーさんたちはまだロビーに座り込んでいるのだろうか。皆がギルドの外で戦っているから心配いらないとはいえ、カウンターの中に入ったほうがもっと安全だと思うのだけど。

 かといって、私はもう治癒魔法に集中していて声をかけることが難しい。


 そう、とにかく今は集中だ。

 小さなヒビはだいぶ回復してきているけど、油断はいけない。


(羽の中の、魔力がめぐる速さにも注目したほうがいいのかな。……ん、やっぱり! 見えにくいけど、こう……詰まっているところの通りをよくして……)


 そんなふうに集中していると、遠くからある人物が近づいてきたのがわかった。『探索』でわかったのではない。今は治癒魔法と連動させていて、そのスキルは外側に使えないからだ。

 スキルではなく、純粋に耳からわかる情報だ。


「……ィ~~!」

 声だ。喧騒に交じって、ずっと同じ言葉を繰り返している。


(――フェリオさんの現在の「体力」は四分の一……、「魔力」の値は発見したとき一桁だったからなぁ。フェリオさんの意識がないのは、魔力切れと似たような現象なのか……)


「…………ディーー!!」

 もっと集中したいのに、男性の声がどうしても耳に入る。


(羽にヒビができると魔力が漏れ出るから循環しづらい……という考え方でいいのかな?)


「今、行くぞ~~!! ……メロ……ー……!」

 私の知っている男性だと思う。


(そういえば羽の輝きも、さっきは鈍っていた感じがしたなぁ。欠けていたところは、だんだんと元に戻っていくイメージでどうだろ……うんうん! いい感じ!)


「どけろおお! 俺とメロデ…………邪魔を……な!」

 声とともに、何かを攻撃する音も聞こえる。もちろん魔物を斬っているのだろう。


(ふむふむ。……ということは妖精族の羽と健康状態は、密接に……)


「メロディー!!! 大丈夫かーー!?」


 ――ザッシュ!!

 どさぁっ。


 私は治癒魔法に集中しているので、音でしか判別できないけど、あきらかに魔物を攻撃し、地面に落ちた音がした。

 当然、彼が魔物を叩っ切ったのだろう。なぜなら――。


「メロディー!!」

「あ、あなた……」


 奥さんの名前を全力で叫んでいる男性が、ギルドに入ってきたからだ。

 私はフェリオさんを治すのに忙しいし、今いる事務室とは仕切られていて目で確認できないけど、メロディーさんの旦那さんだろう。


 さすがメロディーさんの旦那さん。奥さんが働いている場所に魔物が襲いかかってきたら、持ち場を離れて駆けつけるとは……。しかも一人で何体も倒してきたようだ。

 まぁ、ああ見えてお強いから当然といえば当然……ん? 何をしているのだろう――音からして、二人は抱きしめ合っている……感じ?


「言っただろう。この町は時に危険なのだと……。それでもっ、もうお前を離すことはできない……!」

「わ、私はわかっていて、あなたのもとに、あなたの胸に飛び込んだのですわ! こ、このくらい平気……私も、もうあなたと離れられませんわ……!」



 …………。こんな状況でもかまわず二人は雰囲気を作っているようだ。

 耳から自然に二人の会話が聞こえる……。

 まぁ、私としては……メロディーさんが「実家に帰りますわ」と、言わなかっただけでもよかったとしよう。


 さて、そんな抱き合っている夫婦だけど、周りが「俺も奥さん見つけよう」とか、「お熱いね~」とか、「あとは、夜にゆっくりやってくれ」と冷やかしていたので(器用なことに魔物と戦いながら茶化している)、気づいたメロディーさんがあたふたとした声を出した。


「あ、あなた! 皆様が見ていますわっ!」


 一転して、早く持ち場に戻るよう旦那さんを急かしはじめた。

 対して私は、ちょうど羽の治癒がうまくいってほっとしている。

 ヒビはもちろん、欠けていた部分も元のきれいな状態に戻った。

『鑑定』と『探索』を使って、再度よく観察したけど問題なさそうだ。

 あとは魔力回復ポーションをフェリオさんの羽に少しかけて、『人体の図鑑』の細かい文ももう一回読もう。


(どれどれ。…………うん、うん。ここの部分も問題なさそうだし……。えーと、なになに。『妖精族の羽の治療には根気が必要である。ヒビが入ってしまったら、場合によっては二日ほど時間が必要で――』…………え)


『欠けてしまった場合、状態にもよるが、完全には元に戻らないこともしばしばある』



 ……。


 …………え。

 きれいに治りましたけど。

 どういうことなんだろう……。


 もしかしてあれかな。早期治療であればあるほど治りやすいとか?

 それとも、私の治癒魔法は見た目しか治してないとか? ……いや、ちゃんと治っている。


 ……これはまた、治療院さんに知られたら厄介な案件かな。

 …………。

 フェリオさんは今もうつぶせのまま動かない。



 …………よし!

 それなら、ここはひっそり二階へ戻ろう。


「私は二階で忙しかったので、一階の様子は全く知りませんでした」


 とするのがいいだろう。

 メロディーさんの旦那さんが名残惜しそうにギルドを離れるとき、私も二階へこそこそとかけ上がった。



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