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転生した受付嬢のギルド日誌  作者: Seica


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072: ある夏の二日間⑫ ~怪しい~



 次の日の昼下がり。

 タチアナさんとフェリオさんがお昼に行き、冒険者も数組しかいないギルドで、はくしょんの四男……じゃなかった、伯爵の四男が騒ぎ立てている。


「ワタシはCランクであるから、この依頼は受けられるであろう!? だからワタシに受注させよ!!」


「こちらの依頼は六名パーティー推奨ですわ。あなた様はパーティーを組んでおりませんわよね? お一人で受けられる別の依頼を受けていただくか、どうしてもこちらの依頼を受けたいのであれば、せめてあと四、五名ほど他の方が受けられるまでお待ち……」


「くどい! ワタシ一人で達成できるから受注させよ!!」


 伯爵の四男――ルーアデ・ブゥモー氏は本日、依頼書が貼ってある掲示板から一枚選び、堂々とカウンターに出した。

 その依頼は複数人で受けることを想定していたので、一人で受けられる別の依頼を紹介したところ、ごね始めたのだ。

 そこまで言うのなら、他に数人受けるまで待ち、複数パーティーで行くよう伝えたところ、彼が「ワタシは一人でできるのであーる!」と大声で騒ぎ出したのだ。

 ひとりでできるもん! と言われても受付としては不安でしかないので、思いとどまらせているところだ。


「ワタシが活動していた村では、このくらいの依頼は軽々とこなしていたのだぞ!」

「え……お待ちくださいませ。カードを拝見しますわ」


 カウンターには依頼受注や完了処理に使用する魔道具がある。

 それを使って登録者カードから過去の履歴を見ることができるため、メロディーさんは彼の主張を確認した。

 なぜメロディーさんが伯爵の四男の相手をしているかというと、ただ単に彼が彼女のカウンターに提出したからだ。

 たぶん私を避けているんだろう。しかし私はメロディーさんの隣にいて、カード情報は横目でちらりと見ることができる。


「……た、確かにパーティー向きのご依頼もお一人で受けて、完遂したようですわね。けれども……だからといって、こちらの依頼を受けさせるわけにはいきませんわ。ご遠慮くださいまし」


 メロディーさんは一度私を見て、おずおずと言いつつもちゃんとお断りした。

 彼女はこのギルドの仕事を始めてまだ浅い。判断が微妙な案件がある場合、私に伺っている。

 私はメロディーさんへ「受けさせられない」と、首を横に振っていたのだ。


 この依頼が六名前後推奨の魔物討伐依頼ということは、それくらいの力量・人数がいないと難しい依頼ということなので、Cランク一名だけに任せることはできない。

 依頼を受けさせて失敗すれば、冒険者ギルドとして依頼主に申し訳ないのだから。

 もちろん実力がある人なら六名に満たなくても、そのまま受注することはあるけど、はたして彼に任せられるか、となると否である。


「ルーアデ様、わたくしめが話をいたします」


 そのとき、やかましい彼の後ろから、一人の人物が申し出た。

 男性は、伯爵の四男のお付きの者であると名乗った。

 丸い四男より不健康そうに細く、弱々しい印象だ。――と、思うだろう。普通なら。


「ルーアデ様の履歴をご覧になったでしょう。このお方はCランクに留まるお方ではありません。もっと上を目指せる方なのです。その依頼だって、すぐ解決してさしあげますよ。ご覧のように、前にいた村では難しい依頼もちゃんと達成しております。わかったら早く受注処理なさい」


 お付きの人は主人を持ち上げに上げて、依頼を受注させようとしてくるけれど、メロディーさんも負けなかった。


「……いいえ。受付いたしませんわ。よそ様のギルドは、よそ様のギルド。うちはうちですわっ。代わりに先ほどからお勧めしている、こちらの依頼を受注してはいかがでしょうか。パーティーを組んでいない方に合う依頼ですわ」


 こういった無茶な受け方をしようとする冒険者はよく来るので、メロディーさんも毅然とした態度で挑む。

 私も同意見だ。特に、伯爵の四男がCランク以上の実力者であると言い切っている点と、付き人の存在が怪しいのだから。


「はあぁぁ……。あなたでは話になりません。あなたの上司を呼びなさい」


 お付きの人は思いっきりため息をつきながら、懐に手を伸ばしてそれ(・・)があるかを確認している。

 ため息をつきたいのはこちらだ。今度は私がお答えしよう。


「上司を呼ぶほどではありません。お金で解決したいのかもしれませんが、わたくしどもはそういった行為をよしとしませんので、お引き取りください!」


「は……っ?」


 彼は懐に多額のお金を持っている。『鑑定』スキルを使わずとも硬貨の音でわかった。密室でギルマスに賄賂でも渡そうとしているに違いない。

 しかし、そうはこのギルドが許さない。

 我がアーリズのギルドは二年前、前ギルドマスターが前領主から賄賂をもらって、一緒に反逆行為をしていたという過去がある。

 だから今では銅貨一枚、鉄屑てつくず一つまみの賄賂さえいただくわけにはいかないのだ。

 私はさらに追い討ちをかける。


「それと確認したいのですが――、お付きのあなた、あなたは冒険者並の実力をお持ちとお見受けいたします。身のこなしでわかりますよ、私も冒険者ですから。まさかとは思いますが、彼の依頼を過剰に手助け(・・・・・・)しようとはしてませんよね? 彼とともに仕事をして、ランクポイントを彼だけに渡すような不正はしてませんね?」


 これの真意は、――こちらのお付きの人が主人である四男の依頼を手助けして、ランクポイントをすべて彼一人に入るような工作を画策していませんか? ということだ。


 この依頼は、少し離れた村から依頼された魔物の討伐依頼で、Cランク依頼という位置づけだ。

 報酬額は低めだけれど、完遂後はランクポイントが162ポイントも入る依頼で、六人だと一人あたり27ポイント得られることになる。

 もちろん実力があるなら、三人パーティーで受注してもかまわない。そのときは一人あたり54ポイント得られる。

 さらに、Cランク依頼というのは、D~Bランクの冒険者が受けることができるため、Bランクの人も受けられる。腕のあるBランク冒険者が一人で完遂させたならば、それは当然162ポイントをすべて得ることができる。


 つまり伯爵四男とお付きの者が、二人でその村に行って魔物を退治し、本来は二人で分けるべきランクポイントを、彼一人にのみ入るように不正工作しているのではないか。――と疑っているのだ。

 お付きの者は、戦う力が十分あるのに冒険者登録をしていない。

 いくら弱々しそうにふるまっても、私の『鑑定』スキルではお見通しだ。


 それにこちらの伯爵の四男が、実はすごい強くて、六人パーティー推奨の依頼を一人で受けられる実力がある、というのも納得できない。

 彼ははっきり言って、一般的なCランクの冒険者と比べると、実力がかなり劣る。

『鑑定』で見るに火魔法が使えるようだけど、威力が弱そうなのだ。「力」の値も高くないし、丸い体型を見てわかるように「速さ」もない。

 しかし過去、パーティーでの受注を推奨している依頼を、一人で軽々とこなしている。――ということは、彼の実力以外の何かが、誰かが(・・・)、働いているということではないか。

 これまでは依頼を完了後、何食わぬ顔で「ワタシ一人の力で依頼を完了させた」と(うそぶ)き、本来人数で分けるはずのランクポイントを、一人で丸々取得していたのではないか……。と私は怪しんでいるのだ。

 この方法ならば、実力がなくても通常より早くランクが上がるのだから。


「ふ、ふん。私は御者をしているだけで、戦いなど……」

「なっ、こ、この小娘がっ! 先ほどからワ、ワタシを見くびりおってぇぇぇ! 金を渡すから、ワタシの言うとおりにしていればよいのである!!」


 付き人はがんばってごまかすも、焦る伯爵四男によって、私が指摘したことの真実味が増してしまった。

 それは様子を見ていた冒険者たちも感じたようで、口を挟んできた。


「おいおい、そんなに自信があるんだな? ――受付さん、依頼を受けさせろや。俺らがその一部始終を見て証人になってやるぜ」

「あ~ら。そんな面倒なことしなくてもいいでしょ。城外で一戦やりましょうよ。力を見るならそのほうが早いわぁ。クスクス」


 ギルドにいる冒険者たちの視線が、伯爵の四男たちに注がれる。

 四男とお付きの二人は分が悪いと感じたようで、「こんな女どもの味方をするギルドはおかしい!」などと悪態をつき、カウンターに置いていた自身のカードをひっ掴んでドスドスと歩き去っていった。

 二人がいなくなったギルドはざわめいている。


「……行ってしまいましたわね。やはり……不正行為をしていたのでしょうか……」


 メロディーさんは、クシャッとなってしまった依頼書を手で伸ばした。

 すると後ろから声が聞こえた。


「あれは、やってる顔だぞ」


 頭上でつぶやいたのは、去っていった彼らが「金を渡すから会わせろ」と要求していたギルマスその人だ。

 さっきから事務室の空いている席で、いろいろと確認作業をしていたから、先ほどのひと悶着はよく聞こえただろう。

 事務室は本棚で半分仕切られているので、カウンターの外からは見えづらい。だから伯爵の四男たちには気づかれなかった。


 私が彼らに「呼ぶまでもない」と言ったのは、「この程度で呼ぶまでもない」というのと、「実は後ろにいます」という意味もあった。

 ギルマスがなぜ一階に来ているのかというと、サブマスにいつも使っている部屋を占拠されたからだ。

 サブマスはお金の計算をするとき、静かな場所――いつもはギルマスとサブマスが使っている部屋に一人で立て籠もる。今日はその日だった。


「いっそのこと受けさせておくんでしたね……。誰かに尾行してもらえればはっきりしたのに……」


 あやしいからつい追及をしてしまったけど、最初から受けさせ(泳がせ)ておく作戦も悪くなかったと反省する。


「先にあの態度が見られてよかったとしようや。それに、ああいうのはすぐ尻尾を出すもんだ。また怪しい行動を見せるようなら、そのときこっちもしかるべき行動に移せばいい」

「そうですね、わかりました!」


 そのときは誰かに伯爵の四男たちを見張らせよう。

 依頼完了後には、ポイントを一人で取得しないか確認して……。

 いや、そもそもギルドの規約で、『冒険者側が受注した依頼を、冒険者登録をしていない者・団体に肩代わりさせる行為、手伝わせる行為を禁ずる』となっている。お付きの人を手伝わせている現場を押さえるだけでもよさそうだ。


 では、カウンターの騒ぎも終わったことだし、フェリオさんもそろそろ帰ってくる。例の二階の部屋を掃除しよう。

 例の部屋へ行くには、サブマスがこもる部屋の前を通る。

 集中しているだろうから静かに通り過ぎた。

 部屋に着き、空気の入れ換えのために窓を開けに行く。昨日よりもゆっくりそーっと近寄り窓を開けた。

 入り口付近から順に、荷物を部屋から出し、今日使う予定のない部屋に荷物を置く。


(スタンピードが起こったら不安だなぁ)


 何度も往復しながら、先ほどの騒ぎによって問題が浮上したことに気づいた。

 例の彼はCランクだ。スタンピードはCランク以上が強制召集となる(腕に自信があればDランクでも参加できる)。足を大いに引っ張ってくれそうで困る。

 学園の生徒も参加となるけど、彼ら彼女らには後方予備戦力として配置させることが決まっている。

 でも、大人のCランクにはしっかり働いてもらねばならない。

 あの様子では、他人の迷惑になる行動を取りかねない……。やれやれ。




 ガラーーーン…………。



 そんなことを考えていたら、六の鐘が鳴るにはまだ早いはずなのに――それが鳴りはじめた――――。





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