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転生した受付嬢のギルド日誌  作者: Seica


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048: 解体リーダー・タチアナ④



「しゃー、ろっと……。私を、治すんじゃない……」


「え……、何でですか?」


 タチアナさんに治癒を拒否されたわけだけど……。

 なぜだろう、疑問だ。


 というのも、タチアナさんが私の治癒魔法の腕を不安に思っているから、という理由ではないとわかっているからだ。

 私がタチアナさんに治癒魔法使うのは初めてではないし、スタンピード戦では逆に彼女のほうから「治して~」と言われることが多い。

 だから不思議に思っている。


 スタンピードが起こったときはタチアナさんは戦闘員ではなく、倒された魔物を解体するのが仕事だ。

 たまに倒したと思われた魔物の中に虫の息のものが交じり、引っかかれたり、噛まれたりすることがある。数が多いから、瀕死の状態の魔物が交じってしまうのは仕方ない。

 そんなときに頼まれれば、私もぱぱっと治しているのだ。


 あ、もっと多い理由があった。

 明らかにその日の前に、酔って転んだらしき傷だ。

 そのときは大抵「逃げるとき転んだの~」と言ってくるけど、『鑑定』スキルを使わずともわかる。

 まぁ、仕方なく乾いた傷を治してあげるんだけどね。特に面倒でもないし。


 とにかく、スタンピードのときによく治しているから、いまさら拒否をされて……よくわからない。


「ウチは……」


 あ、はいはい。どうしましたか。


「ウチは……今日、酒を買いに行きたいのよ……」


 私とタチアナさんのやりとりを黙って聞いていた人たちは「……?」と、疑問を隠せないようだった。酒と治癒、どう関係があるのだろうか。


「ウチ……Aランクの治癒に……お金をかけたくない…………」


 神妙な顔で訴えるタチアナさん。

 これを意味することがわかった私たちは――。


「…………」


 無言で彼女を見た。


「姐さん…………」


 解体チームのメンバー全員は、彼女らしいセリフに呆れた。


 治癒魔法を使う冒険者というのは、パーティー内の仲間に使うのであれば、直接お金をもらうことはない。

 仲間なのだから当たり前だし、回復させた仲間に敵を倒してもらうのだ。魔物を討伐したときに報酬を分けるのも、持ちつ持たれつの関係だからだ。


 こういったわけで仲間以外の治癒魔法は有料となる。たとえるなら、怪我をした人に自分の持っているポーションを渡すようなものだ。ポーションをもらったほうは、ポーション代を出すだろう。それと同じで治癒魔法だって代金をもらう。


 治療院だって、怪我人・病人を自分たちの魔法(場合によっては薬)という技術で治す。それに対価が支払われる。


 今この状態で私がタチアナさんを治癒すると、私に対価を支払わなければならない。――というのが、まぁ、常識的な流れだ。

 そして治癒魔法を使用した際の金額は、ランクによって大体決まっている。Cランクの彼女とAランクの私とでは、当然私のほうがお高い。


 つまり。

 タチアナさんは、私が治すことによって発生するお金を出し渋っているのだ。


「うぅぅ。今、スタンピード来ないかな……」


 スタンピードのときは強制召集という扱いになり、治癒魔法が仕事となる。だからお金がかからないと言いたいらしい。スタンピードのときばかり「このケガ治して~」と言ってきたのは、これが原因だと判明した。


「姐さん……スタンピードは昨日起こったばかりだから、今日起こるわけがねっすよ。たとえ今起こったとしても、あのジャガーはスタンピードで出た魔物としてカウントしねぇっす」

 親切にそれを指摘する解体メンバーに、タチアナさんは案の定――。


「……ぐっ……ウチは、お金を払わないよ…………」


 強い支払い拒否を示した。

 ……やれやれ。


 この国には、というよりこの世界には、前世の労災――労働何とか災害かんとか保険の制度(正式名称はもちろん記憶の彼方だ)というものがない。そういう概念がないので、怪我は本人の不注意という考え方だ。


「はあぁぁ……。痛いよぅ…………(チラ)」


 タチアナさんが苦しげな顔をしつつ、私の顔をちらりと覗き見た。


 ……いや、かわいいしぐさなのだけどね。

 私としてはかわいそうだし、簡単に治せるし、料金をいただくつもりも最初からない。しかし、この元気な様子に少し考えてみることにした。タチアナさんの隣に、打ちひしがれて丸まってしまった背中の彼女もいることだし。


 周りの人たちにいたっては、タチアナさんの思惑がわかってしまい呆れている。彼女には『演技』スキルがないので仕方ないね。


「姐さん。素直にお願いしましょう! まけてください、って。――そんな声出しても結構元気ですよね、しゃきっと言いましょう」


「なっ……!」


 自身の考えが丸わかりであることも深刻な表情を作っていることもバレて、びっくりしているタチアナさん。そんな彼女を見て、私はいいことを思いついた。

 ここはギルドで、私はギルド職員、タチアナさんも(まぁまぁ)元気。ならばこれだ。


「もっといい方法があります。タチアナさんはAランクの私の治癒にはお金を支払いたくなくても、Cランクのそれには払うと言っているんです。だからこの方法しかありません。――このまま彼女にやってもらうんです」


 そう。彼女に最初からやっている仕事を貫徹させるのだ。

 宣言しつつ、その彼女の隣に立つ。

 周りは唖然、疑問、驚愕といろいろな表情をしている。

 そして、このまま治癒魔法を続けてもらう当人の反応は「へ……?」と、何を言われたのかわからないといった声を出していた。

 その声の主は、丸い背中から上を窺うように見上げる女性治癒魔法使いさんだ。


「自身の治癒魔法に不安がありつつも、精一杯治そうとしていましたよね。だからここで投げ出してはいけません! 何が足りないのかわかっているのなら、改善しましょう!」


「え……。でも……」


 どうやって? と思っていることだろう。

 それについては、これからある本を参考にしてもらう。彼女もそれによって技術が上がるのか、ぜひ確認したい。


「大丈夫です。この不肖私がお手伝いします。それでも難しかったら、私がやりますので」


「え……っ……いや、ウチは……」


 タチアナさんは予想外のことが始まったと焦る。


「タチアナさん、大丈夫ですよ。――そもそもですね。タチアナさんはすぐ逃げればいいのに、ジャガーから動かなかったからいけないんですよ。まさか……触ろうとしてたんじゃないでしょうね」


 私、見ていましたからね――と見つめる。


「えっと~……」


 グレイの瞳がキョロキョロ動いた。


 そう。

 タチアナさんは、近くでインペリアルトパーズジャガーを観察し、目を輝かせ、もっと近づいて触ろうとしていたのだ。そういう行動をするならこうなってもしょうがないよね、むしろ怪我で済んでよかったね、ということで反省してもらおう。

 まったく。討伐されてから触ればいいのに……、困ったものだ。


 そして、まだ座っている治癒魔法使いさんの腕を軽く引っぱった。


「さぁ。立ってください。もう一回挑戦してみましょう! 誰にでもこういった躓きはあります。私は拒否されてしまったのでタチアナさんを救えるのは、あなたしかいません!」


「あ、いや……シャー」


「私が力をお貸します! もう一回頑張ってみてもいいじゃないですか。――――あ、万が一のとき、私がやる治癒はお金とりませんよ」


 タチアナさんの言葉をさえぎって、無視して、治癒魔法使いさんに発破をかける。当の患者は、お金云々のくだりを聞いて静かになった。


(さあ! 彼女にあれを見せて技術が上がるのか、実験…………応援だ!)


 別に、ゲイルさんがいないから、彼女にその役が回ったわけではない……!


 ――カチャ。

 と、タチアナさんのことが決まった時点でドアが開く音がした。


「――お前ら、まだいたのか。早く移動しろ! 討伐の邪魔になるぞ」


「大きい物は倉庫の奥とか、邪魔にならないところへ。入り切らなかったら、持ってカウンターへ出るようにね」


 ドアから入ってきたのは、ギルマスとサブマスだった。

 解体チームは後ろ髪をひかれる思いがあるものの、トップ二人に急かされては動くしかない。

 それにまだ倉庫をうろうろ、ぎゃりぎゃり、どっすんと動き回っているジャガーがいるのだから、早急な討伐が必要だとわかる。

 解体チームは「姐さんをよろしく」などと言って倉庫から出ていった。


「おい。タチアナは、それ大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ。これから彼女と治しますから。あ、倉庫の奥の場所使いますので~」


 治癒魔法を使うのだから、倉庫から出たほうがいいだろう。しかし何かで障壁が消えた場合にすぐ対応できるよう、倉庫内にいたほうがいい。


「さ、タチアナさん行きますよ。――お願いします」


 先ほどもタチアナさんをお姫様抱っこしていた解体メンバーが、また抱える。姐さんに付き添います、と申し出てくれたのでお願いしたのだ。


「さぁ、出た出た。あとは俺たちに任せな」

「ふふ。まさかこの町で戦えるなんてね」

「きっちり三等分な」


 予想どおり『羊の闘志』リーダー(バルカンさん)と女性パーティーリーダーさん、男性パーティーリーダーさんがやってきた。


 私は障壁についてそのリーダー三人と確認することがあるため、女性二人にはタチアナさんと先に倉庫の奥へ行くようお願いした。


「はい。まずはこちらの図をよく見て、向こうで待っていてください。あと、こっちのページも」


 ついでに収納魔法から出した本を治癒魔法使いさんへ渡し、指定のページを見ておくよう伝える。彼女は「え、え?」と不思議そうだったけど、「これであなたも治癒の技術が上がりますよ!」と言って本を押しつけた。


「――さて皆さん。障壁の配置、今のままで大丈夫ですか。このまま片面通行可にしていいですか? 広すぎるのなら移動しますよ」


 本を渡したら、これから討伐作業に移る三人に今の障壁の配置で倒せるかを聞く。それにはバルカンさんが答えた。


「このままでいいぞ。あんまり狭くても動きにくいからな」


「それでは、今からこちら側の面にいる人は通行可能にしますので、同士討ちに気をつけてくださいね」


 ジャガーは、外に続く大扉の前でうろうろしている。

 障壁の位置を大雑把に表すと、大扉から見て、正面と左右で包囲している状態だ。

 この障壁を使っての討伐方法は、ジャガーを倒しに目の前の障壁を通り、危なくなったら後退して身の安全を図るか、遠距離攻撃で安全圏から攻撃するか。――ただし、味方側の攻撃は障壁があっても素通りしてしまうので、対面にいると障壁を通過して同士討ちになる危険がある。


「じゃ、シャーロット。こっち側はそのまま両面をはじく壁でいいぞ。いいよな、お前ら」


 カウンターへのドア付近にいるギルマスが、自分たち側の障壁はそのままにするよう指示した。これは計画上そう言っているのではないだろう。


『自分たちはゆっくり観戦したいから、この障壁のままでいいからなっ』


 という意味だ。

 まさかの見物宣言をされたけど、討伐受注者三名は特に問題ないそうでその案が通った。


「情報どおりの個体かな。あのインペリアルトパーズジャガーは」


 魔物を観察していたサブマスは、本日開示したダンジョン情報と関係があると踏んでいるようだ。魔物の名前を滑らかに言えるのは、さすがおじぃ……いや、年季が入っている。


「――では、他にはないですね。どこか不具合あったらすぐ言ってくださーい。よろしくお願いします」


 あとはあちらに任せて倉庫の奥へ行こう。

 そこには、先ほど渡した本を熱心に読んでいる治癒魔法使いさんと、ぐったり横たわっているタチアナさん、タチアナさんを運んだ解体メンバーさんがいた。

 戦闘場所からは死角だけど、私たち側にもちゃんと障壁を作っておいた。万が一、流れ矢などが当たっても大丈夫なようにね。


「す、すごいですね。こ、これは『人体の図鑑』は、どこで手に入れたんですか……?」


「あそこの治療院で、普通に売ってるんですよー。……まぁ、安くはないですけど」


 私が彼女に見せていたのは、ゲイルさんの腕を治すことができたありがたい本『人体の図鑑』だ。

 冒険者は、この図鑑の存在さえ知らない人が多い。実にもったいない。

 かといって治療院が宣伝していないものを、冒険者ギルドの私がやって角が立っては困る。こういう機会を活かして口で広めていこうと思い、見せたのだ。


「さあ。始めましょうか」

「おぉしっ! 始めるぞー」


 私とバルカンさんがほぼ同時に始まりの合図を出す。


「ふふふ」

「おらぁっ!」


 楽しそうな討伐者たち二名の声が聞こえた。

 私のいる場所では見えないので、戦闘の詳細な内容はわからない。


「なるべく、なるべくだけどな。倉庫の中にあるやつ、壊さんようにしろよ?」

「くれぐれも宝石に傷をつけないようにね」


 注文をつけているのは、もちろんギルドのツートップ。


「シャーロット……本当に大丈夫なの……何だか息が吸いづらい気が……してきた…………」

「姐さんっ、大丈夫ですか?!」


 ちょっと心配そうに聞いてきたタチアナさんと、それを苦しげに見る解体メンバーさん。


「イメージが掴めてきているような…………。これは……!」


 涙の跡が残っているけど真剣な顔の治癒魔法使いさんは、タチアナさんの声が耳に入らないほど集中している。



「あれ。そんなに息苦しいですか? 肺でも圧迫してきたんですかねー」


 ゲイルさんのときと比べたら、特に切迫しているとは思わないので、私はタチアナさんにのんきに言った。


「は、はいぃ………………」


 その言葉を最後に、静かになったタチアナさん。この「はいぃ」はもちろん返事の「はい」ではないけど、私は無視する。タチアナさんはいつも魔物を捌いているのに、自身のこととなると弱いみたいだ。


「あ、姐さん! ……寝てる」


 残念ながらこれは気絶と言うけど、訂正はしない。


「おっし! 狙いどおり!」


 攻撃が決まったらしい。バルカンさんの声からして、善戦しているようだ。


「これはどうかしら」


 女性リーダーさんが呪文を唱えているようだ。


「ん? 以前戦ったのよか、おっせーぞ。こいつ」


 男性リーダーさんは弱っていることを伝えていた。


「ふうん。…………本来ずっとあたたか……に生息してい……らね。環境に…………ないのか」


 考察しているのはサブマスだろう。ここからドア側は離れているので、戦っている音と重なって聞こえにくい。

 そこでドアが静かに開く音がした。


「――ギルマス。……の……が帰ってきた」


 カウンター側のドアから声をかけるフェリオさんの声が少し聞こえた。


「おっ、帰ってきたか。――――お前ら! いったい、なーに連れ込んできてくれたん――――」


 バタン。と閉じるドアの音。

 おそらく、治癒魔法使いさんのパーティーが帰ってきたのだろう。


「う、受付さんっ! わたっ、私、私っできそうです!」


 私が手で押さえている図鑑を見つつ、がんばっている治癒魔法使いさん。

 よかった、よかった。


「その調子ですよ! そう。やっぱりできるものなんですよ! 何をおいても練習なんです! あとちょっとですよ。今回のことをきっかけにして、さらに技術を上げましょう! ……そう。いい感じです!」


 私はタチアナさんの身体の様子を『鑑定』『探索』『人体学』を使って確認している。今のところ本当に治せそうなので、ただひたすら――応援する! それだけ!



 がんばれ~!

 ふれっふれ~~!

 そのまま……そう。繋げていこう。



 私はもうやることがないので、心の中にて声援をひたすら送った。




解体リーダー・タチアナ編 の話は、

コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』chapter23~27 でも

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ご興味ありましたら、ぜひスマホにてご覧ください。


スマホサイト マンガよもんが 転生した受付嬢のギルド日誌

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