045: 解体リーダー・タチアナ①
いつもと違って、閑散として静かな空間。
そこに私たちギルドの職員と、よく利用する冒険者たちが、カウンターを囲んで話し込んでいた。
議題は、昨日来た荷物に入っていた情報についてだ。
ギルドにはたくさんの情報が集まってくる。
いろいろな情報があり、『○○川の橋、魔物により破壊され通行不能』『△△ダンジョンのスタンピードにより、インペリアルトパーズジャガーが放たれた。ほぼ討伐済み』などの冒険者に関係ある情報が多い。
中には『○○国第三王子ご婚約』というめでたい情報や、反対に『□□国王族が婚約破棄』という残念な情報まである。
しかし今、盛り上がっている話題はこちら。
その情報にはこう書いてあった。
『エーリィシ帝国の東にある村。その住民が、一晩にして消えた。詳しい情報が入ってこない。注意されたし(詳細は随時)』
帝国は最近衰退し、人口も減っているらしいとは聞いていた。とはいえ元は大国。まだまだ村も街も残っている。そのうちの一つの村の住人が一晩で消えた。
「人同士の争いか、魔物の襲撃か……」
少し考え込むように話す私ことシャーロット。
「消えた、という書き方よね。死体のことは書かれてないのよね」
物騒なことを言うのは、女性のパーティーリーダーさん。
「魔物が人を丸呑みにするということはありませんの? そうすれば『消えた』となりませんかしら」
私の隣のメロディーさんが、魔物のせいではないかと指摘する。
「丸呑みにする魔物ってぇと、何だ……。あれとかだな」
あれあれ。と連呼する『羊の闘志』のリーダー・バルカンさん。現在ゲイルさんが王都に行っているので、積極的に活動することを控えているけど本日はこのギルドに来ていた。
「この魔物のことか」
フェリオさんがギルドカウンター用の魔物図鑑をペラペラめくり、指す。その魔物を見て「それもそうだし、あといなかったっけか?」と、バルカンさんは一緒にページをめくり出した。
「海だといんかったっけ? 船を十隻も合わせたようなデカさの。……いや、場所的に海の魔物ではないか」
こちらは男性のパーティーリーダーさん。
「それに、そういう大きさの魔物がいたらすぐ情報として出そうですよね」
『詳しい情報が入ってこない』とあるから、目立つ魔物が原因だと考えにくいなぁ、と私は思った。
さて。なぜ職員と冒険者たちが、仲良く暇そうにお喋りができるかというと、久しぶりに人がいないし来ないからだ。
今日は午前から雨が降っていて、大量に降ったり、弱くなったり、またざぁっと降ったりと安定しない。
雨の中わざわざギルドに来る人たちはそれほどおらず、用事があってこっちに来た人たちは、雨がやむのを待っている。
用事というのは『羊の闘志』リーダーも、他のパーティーのリーダーも、昨日のスタンピードの報告だ。
昨日のスライムは城内に入ってしまうと、すぐ民家に入り込んでしまう魔物だから、『探索』スキル持ちのメンバーがいるパーティーは、それぞれの持ち場を決めて念入りに魔物の反応がないか見て回ったのだ。
終了したときにはもうギルドが閉まっていたので、本日報告に来ていた。
私も『探索』スキル持ちだけど、周りには秘密にしているので見回りの仕事はなかった。内緒にしている理由は、他にもたくさんスキルを持っているからだ。秘密にできることは秘密にしておいたほうがいい。
ただでさえ持っている魔法が、障壁魔法、収納魔法、治癒魔法と三種類もあるのだし、目立ちすぎるのはよくないだろう。
「『殺された』でなく、『消えた』ってぇのがな。魔物は関係ねぇのかもな」
カウンターに寄りかかり、女性リーダーの意見を再度拾うバルカンさん。彼らも暇、私たちも暇ということで、まだまだこの話題で盛り上がっている。
「となっと、やっぱ夜逃げ……。村みーんなで夜逃げってとこか。そこまでひもじかったか。追い出されちったか……ほら、何か施設を作るから立ち退きってこともあるよな」
あそこの国は貧富の差が激しいから上に言われたらどうにもできなさそ、と男性リーダーさん。
「でも、あの国でしょ? 逃げたところでどこに行くのかしらねー」
この国には来たくないでしょ、と女性リーダーさん。
どうやら二人とも帝国の事情をそれなりにご存じらしい。
「あら、なぜこちらには来られないのですか? 確かに国交があるとは聞いたことがありませんけれども……」
反対にメロディーさんは、帝国のことをよくわかっていないようだ。無理もない。彼女の故郷はここフォレスター王国だけど、帝国とは逆に位置する町の出身なのだから。
「エーリィシ帝国は、人族以外住んでいない。別種族は入国しようとするだけでも殺される」
フェリオさんがこういった話題でも淡々と話す。
「そっ。確か話も通じんかったような。……いや、言葉はおんなじ! ただ、異種族と口を利きたくねえっつうやつよ」
男性リーダーさんも噂で知っているらしい。それを聞いてバルカンさんが続ける。
「特徴が明らかな獣人や妖精族もだけどな、それほど身体の特徴が変わらねぇエルフも苦手なようだったな。ドワーフも……おぅ、タチアナ。お前ぇ帝国の難民としゃべったよな」
バルカンさんが話を振ったのは、魔物解体カウンターのところにいるタチアナさん。彼女はこのギルドで、魔物を解体するチームリーダーをやっている。
「だいぶ前だけど。ったく、そんなこともあったわね」
こちらも暇そうに私たちの話を聞いていたタチアナさんだけど、ふんっと鼻を鳴らした。
「何かございましたの?」
メロディーさんは最近入ったから知らない。かと言って私も聞いたことがなかった。
「……たまたま昔、西の辺境領に用事があってよ、タチアナとそこにいたわけだ」
タチアナさんが話さないのでバルカンさんが話す。タチアナさんも別に止めなかった。
「帝国から逃げてきた娘がいてな。話を聞こうとしたわけだ。何で逃げてきたのか――理由によってはこっちで身構えておかないといけねぇだろ」
帝国で何か企んでいるのなら、こちらも対応策を早急に考えなければならない。しかし、話を聞こうとしても怯えて口を開かない。男性恐怖症の気があったので、女性に代わったがそれでも駄目だった。
「そんときに難民の女が『きゃー、耳が変!』と、それはそれは大声で叫んでな。失礼なことに悪口言い放題だ。……エルフの別嬪さんだったんだけどなぁ」
エルフの耳は人族と同じ大きさで、ややとがっているという特徴があり、髪は金髪の人が多い。
金髪は人族でもいるので、最初はぽつりぽつり話していた。だけどエルフの女性が髪をかき上げた瞬間、耳が見えて目をむいたらしい。そして絶叫した。
バルカンさんは『悪口』と濁して言っていたけど、きっと「気持ち悪い」やら「人の皮をかぶったバケモン」とか言ったに違いない。向こうはそういう教育が当然だし、私もそういった発言を聞いたことがあった。
「埒が明かねぇから、さらに人族に近いやつに話を聞いてもらおうってことになってな。それでタチアナが向かったわけだ。ほれ、少女に見えるだろ」
そう言うバルカンさんは、にやにやしている。
というのも、彼女はドワーフ族だから。成人年齢はとっくに過ぎているけれど、身長は私より少し低く、女の子に見える。ドワーフ族の女性は全体的にこういった見た目なのだ。
「話自体はタチアナが全部聞いて、全容はわかったわけだ」
難民娘もやっと話してくれたけれど、話し終わったらこの国にはいたくないと主張した。そのとき、ちょうど南西あたりの国に向かう行商人たちがいたので、頼むことにしたとのこと。最初は渋っていたけど、着くまでの労働を対価として、仕方なく同乗を許してくれたらしい。
帝国に送り返すという選択はなかった。帝国側が完全に閉め切っているので、送り返す手段がない。過去には、それでも送り返そうと、帝国へ向かう道を歩かせたらしい。だけど元は帝国民なのに、帝国に着く前に殺された。その事実があるので、無理に送り返すことがためらわれたそうだ。
そこで他国に押しつけ……いや、ご自由に過ごしてください、ということになった。
「で、出発のときは実に面倒くさくてなぁ。商人たちに向かって『労働だなんて、どういう労働よ』とか、『一緒の荷馬車なんていや!』と言い出す始末だ」
人族以外の行商人たちだったので、またも騒がしくなった。混血もいたけど、混血は人族ではないというのが、その娘の主張だったので周りは辟易した。そもそも人族だけの行商人を探すのは、この国では難しい。バルカンさんはそのときの様子を思い出して、やれやれといった表情だ。
「ウチには、この国と周りの連中の悪口言ってたしね。『一緒に行きましょう』とか言われてもさ。行くわけないよね! だから別れ際に『ウチは本当はドワーフで、アンタより年上だよ』って言ったら、もう大泣き! 『嘘つき』の連発よ」
タチアナさんも同じくやれやれと、自身の赤に近いオレンジ色の髪を横に振った。
結局そのときは商人たちが『ここで置き去りか、一緒に行くか選べ』と言って、彼らについていくことにしたらしい。
置き去りのほうが恐ろしかったのだろう。
「災難でしたね。もちろん皆さんが」
助けた末に恩を仇で返された皆さんに同情する。
「うん……。まあ、ああいう感じの人だけではないとは思っているよ? それにもうずっと……、シャーロットが生まれる前の話だから」
「それもそうだな。冒険者が他国の悪口を、大っぴらに言うべきではなかった。今では違うかもしれねぇし」
残念ながらその帝国の性質は、今も変わっていませんよ。――と心の中だけで言っておく。
ところで“私が生まれる前”についてだけど……。
ドワーフも人族より長命で、タチアナさんは現在五十歳を超えている。『鑑定』でもわかるけど、これは本人から直接聞いた。女性の年齢の話は、女性同士なら開けっぴろげなこともあるのだ。
「あ、そうだ! またこういうことがあったら、今度はシャーロットにお願いするわ」
「了解です。一発ビンタを食らわせてあげますよ」
「……いや、最初から喧嘩腰じゃなくていいよ」
いやいや。さっきから聞いていたら無礼者じゃないですか。
と、言おうとしたところでタチアナさんが、何もない空間から自身のお酒を出し、ぐびっと口をつけた。
「……タチアナさん。ギルドでお酒は禁止ですよ」
このギルドは二年前までお酒を出していたけど、一新してから出さなくなった。その流れで飲酒自体も禁止にしたから注意する。
「ちょっとだけよ。たぶん、あと少ししたら着くでしょアレが。今のうちから気分を上げておくのよ! んっふふふふ」
どこからお酒を出したかというと、タチアナさん自身の収納魔法からだ。
収納魔法は『何かを盗られたくない!』という意思が強いと、発現しやすい魔法。その最たる方がタチアナさんだ。魔力が極端に低いのに発現したのだ。二年前、前ギルドマスターに大事な大事なお酒を盗られたらしく「返してほしければ、解体作業員としてこのままギルドにいろ」と脅され、仕方なくここのギルドの魔物解体を続けていた。
そのとき悔しい気持ちが湧き出たのが原因か、収納魔法を使えるようになったのだ。
彼女の収納魔法は、酒瓶二本分。時間は普通に流れる仕様となっている。
彼女としては入れるのはお酒だけだし、むしろワインが好きなので、時間経過はありがたいようだ。……ただし同じワインが、収納魔法に入ったままなのは見たことがない。いま飲んでいるお酒だって、もうすぐなくなりそうだ。
タチアナさんは酒を無事に取り返してからも、このギルドで変わらず魔物解体を担当してもらっている。
ドワーフ族は武器や防具を作る人が多いけど、鍛冶などの製作活動より解体という逆の方向にロマンを抱いてしまった人だ。
「ところで、シャーロットさんは行ったことありませんの? 帝国に。以前は旅をしていたのですわよね」
「人族だから入国はできそうではあるよね。グビッ」
メロディーさんとタチアナさんに質問され、注目をあびた。だけど、こういう質問はいつか出ると思っていたので慌てない。もちろん回答はこう。
「ないんですよー。ずっと大陸の南側を通って、東に進んでこの国に来たんです」
――私は帝国に行ったことも見たこともない。当然出身であるはずがない――。
おかあさんとそう取り決めていたので、すらすら言える。私がおかあさんと出会った頃から、いつかフォレスター王国に行くと決めていたので、おかあさんと念入りに設定作りをしていたのだ。
「まぁ、特に女は近づかねぇほうがいいな。幼い女をかき集める貴族が向こうにはいるらしいぜ。例の難民娘もそれが嫌で逃げてきたんだと」
そういう話は知っているけど、バルカンさんには「そうなんですね~」と言っておく。
「向こうでは、そういったことは野放しですのね。この国ですと最近、どこかの子爵家が、……その、失脚してましたわよね」
メロディーさんが言いづらそうにしている。まあ、近くにお貴族様はいないから大丈夫だろう。
二年前、アーリズの町の領主が反逆罪でこの世を去ってから、王家は貴族への目を一層光らせていると言う。
後ろめたいことがある貴族は、自分たちの動きに気をつけなければならない時代となったのだ。
それというのも、建国時から王家に付き添ってきた例の侯爵家に、温情が一切なかったから。当初、国家反逆罪という大罪といえども長い付き合いということから、多少なりとも温情があるのではないかと思われていた。しかしそれが一切なく裁かれた。他の貴族たちは戦々恐々としたらしい。
建国以降に貴族となった家や、爵位が下の貴族は、なおさら温情などあるはずがなく、現在叩いて埃が出た家から順につぶされていると聞いた。
(平民としては、ちゃんとした領主がいれば安泰だ)
話題が途切れて少し静かになったこのギルド。だけどそこに、タイミングよく空気を変える者が現れた――。
「すいっまっせーーん。依頼終わらせてきました~! 裏口開けてくださーい」
一人の冒険者の声だ。
「来たーっ! うっひょおおおおっい!!」
それを聞いて、解体カウンターから奇声が響いた。
13話でも少し帝国について語っています。




