251: 話題性バツグン② ~真の功労者は妻である~
私のあずかり知らないところでの噂やら魔王様の手紙の話やらで、私をちらちら見てひそひそ話す人々の視線に晒されながら、とにかく列をさばく。
そこにこれまた冒険者ではない人がやってきた。しかし商人さんでもなかった。
「ずいぶん混んでいるな。後日に改めたほうがいいか?」
「すみませんが並んでくだ……って、アルゴーさんじゃないですか。お待ちしてましたよ。ギルマスー! アルゴー・ネプトさん来ましたー! アルゴーさん、こちらへどうぞ。…………あれ?」
並ばせなかったのはこちら側が――ギルマスが彼をお呼びしていたからだ。
どうぞ、と列の邪魔にならない場所へ案内しようとしたところ、一瞬目を離した隙に彼は私の目の前からいなくなっていた。
どこへ行ったのか――もちろん彼女のほうへ移動していた。
「メロディー、会えて嬉しいぞ。どのくらいの時間会えてなかったのか、考えたくないくらいだ」
「あなた……私お仕事中ですの。どうぞそちらへ……」
彼はカウンター越しの奥さんに話しかけていた。会えてなかったって……今日の朝は会っているはずでは。
「アルゴーさん、そっちじゃないです。こっちです!」
「うるさいぞ壁張り。俺は美しい妻に話しかけている!」
「終業してからゆっくりどうぞ! 今回はギルマスがあなたを呼んだのでこちらへ。それにかわいい奥さんの邪魔になってますよ!」
メロディーさんが「すみません!」と謝り、その旦那さんが悔しそうな顔になっていると、上から下りてくる音がした。
呼び出したギルマスだ。
「おう、来たか。新種の魔物討伐に貢献した奴には報酬を渡していてな……って、嫁の手を放してさっさと来い」
アルゴーさんは新種の魔物の手に一太刀浴びせ、討伐に一役買っていた。
毛皮や爪など素材は仕留めた者たちの権利なので渡せないけど、金品での報酬は出ることになったのだ。
「そうか……」
その説明を聞いたアルゴーさんはカウンター越しにメロディーさんの手をまだ離さずにこりと笑い、大きな声でこんな発表をした。
「その報酬は、俺がもらうよりずっとふさわしい者がいる!」
「ふさわしい者だと? ……ちなみに誰のことだ?」
ギルマスは一応聞いたけど、たぶん誰の名前が出るのかわかっていたのではないかな。……アルゴーさんがその手を離さなかったから。
彼の常日頃の言動を知っているバルカンさんたち他の冒険者たちも、予想できただろう。
私もそうだ。
だから私たちは彼が発表する前に、彼女を見ていた。
「我が妻、メロディーだ!」
私たちにとって予想どおりだったけど、言われたメロディーさんの表情は一瞬で驚きに変わる。
「……あ、あなたっ、何をおっしゃいますの!?」
慌てるメロディーさんにアルゴーさんは、優しく語りかける。
「メロディー、あの新種に掴まれて俺が飛ばされたとき、救ってくれたのはメロディーなんだ! 蛇を倒せたのもそうだ。力が沸いたんだ。あの戦闘で無事帰ってきたのは、何もかもすべて、メロディーの応援のおかげだ!!!」
新種の魔物・ギガントペリドットタマリンに握られて粉々になった鎧の代わりを本日も着用しているアルゴーさんは、メロディーさんに力説した。
「メロディーがいなければ俺はあの魔物につぶされていた。賞賛されるべきはメロディーだ! メロディーは俺の恩人であり、愛しい妻であり、一生添い遂げ……」
「ぁぁあなたっ、もうやめてくださいまし……!」
「わかってほしい。報酬を受け取るべきは俺ではない。メロディーだ!」
興奮して語るものだから、ギルド内はシーンと静まった状態になっていた。
こんな空気にかすかに「ぷくくくく」と音が聞こえたと振り向いたら、二階から降りてきていたサブマスだった。腹を抱え、小刻みに揺れている。
「……わかった。そんじゃ、メロディーに受け取ってもらうか」
「我が愛しきメロディー! さぁ、カウンターから出て堂々と受け取ってくれ!!」
「わ、私が受け取るなんて……」と困るメロディーさんに私はまぁまぁとなだめ、彼女の耳にコソッとささやいた。
「旦那さんが言っているのは事実ですよ。それでも気になるなら、そのお金は旦那さんのために使ったらいいんですよ」
あの夜、吹っ飛ばされたアルゴーさんを間近で見た私としては、嘘や大げさな話ではないことを知っている。
アルゴーさんの『愛のチカラ』スキルによって、ギガントペリドットタマリンの攻撃を受けても大事にならなかったのだ。そのスキルが発現したのは、奥さんであるメロディーさんのおかげだ。
ギルマスはカウンターから出たメロディーさんの前に立つ。
「えー、――ギガントペリドットタマリンに一太刀浴びせたアルゴー・ネプト氏に、力を出させた功績でその者の妻メロディー・ネプト殿を表彰する。こちらは報酬だ」
「はわわ、あの、はい、いただいて……よろしいのかしら。何だか申し訳ありません……」
皆が見守る中、金貨の入った袋を渡されたメロディーさんは戸惑いながら受け取った。アルゴーさんは大層満足気にその様子を見守り、拍手した。
「おめでとう、メロディー! 今日はなんていい日なんだ! 素晴らしい我が妻メロディーが表彰されて、俺は本当に嬉しい!!」
私たちも拍手し、大喜びする旦那さんがその奥さんに抱擁したのを暖かく見守った。
冒険者や学園生たちも盛り上げてくれる。
「いい旦那さんだねぇ。おめでとう!」
「何だかわからんけど、めでたいな!」
「わぁ、素敵なことばっかり。アーリズで修業ができて本当によかったです!」
皆から視線を向けられているメロディーさんは、顔を赤くしながらカウンターに戻ってきた。受け取った報酬は、ギルマスが作業に邪魔だろうと二階の金庫で預かるとのことで持っていった。
カウンターでの処理を中断していたので、冒険者たちに褒められながらメロディーさんはその続きを開始する。
私も仕事を再開した。
「はい、受注しました。行ってらっしゃいませ。……ところで、アルゴーさんいつまでそこにいるんですか、お帰りくださって結構ですよ」
「壁張り、俺はメロディーの仕事ぶりを見……」
「仕事が滞ってるんで、お帰りください」
私が睨むと同時に隣のメロディーさんも「あなたっ!」とかわいく叱ったことで、「メロディー、帰りは迎えにくるからな」と去っていく。
私がため息をつくと、誰かがつぶやいた。
「あの者は……まさか……いや」
「どうかされましたか? うちの町の騎士が何かご迷惑を……?」
フェリオさんのカウンターに並んでいた商人さんだった。
メロディーさんを見ていたら睨まれたなどの苦情だろうか。
「あ、いやね、あー……彼も二年前にヴィダヴァルト侯爵と一緒に来た騎士かね?」
「はい、そうですが……」
「そうかね、西の辺境領にいたときの『血葬騎士団』に彼とよく似た者を見かけたことがあったのだがね。『かちわり凶剣士』という名は聞いたことあるかい? 脳天をかちわる攻撃が得意で、敵の頭を掴んで引きずる行動は見たことあるかね……?」
「いえ、うちの騎士団にそのような通り名の人はおりません。そんな怖そうな人はアーリズにはいませんよ」
なんだか商人さんの顔が強張っていたので、ご安心くださいと伝えた。
「そうかね……そうか、うん、他人の空似だね。よく考えてみれば、雰囲気も彼とは違ってもっと暗く印象が薄かったように思う……」
でも「血葬騎士団」という名前は、あの戦闘の晩にカイト王子が漏らした名称と同じではなかったっけ……。
「あのさっきの……」
私は少し聞いてみようと思ったけど、その商人さんは隣の商人さんと話し始めたのでやめた。
とりあえず、かちわり何とかさんは聞いたことないし、そもそもアルゴーさんの称号欄にそんな名称はない。人違いだ。
だから私はカウンター業務を続行した。
「……あの二人は、アーリズの名物夫婦と言われてぇのか?」
「ぶーっふふふふ」
商人さんや学園生たちと夫婦を見守っていたバルカンさんはぽつりとつぶやき、まだ私の後ろにいたサブマスは笑いながらよろよろと二階へ上がっていった。
学園生たちは楽しそうに話し出す。
「カブカブと戦った日も騎士の人がプロポーズしていたわよね、ワーシィ」
「せや、皆の前で気持ちを伝えとって、ドキドキしたで! な、コト」
「うんっ、アーリズの騎士って情熱的な人が多いんだね!」
学園生の女の子たちが特にきゃっきゃ騒いでいた。
我々事情を知る大人の冒険者たちは、普段のアルゴーさんのことを伝えることはしなかった。
いろんな町どころか他国からも来ている人たちの前なので、綺麗な話を故郷に持って帰ってもらいたいものだ。
「はい、次の方どうぞー。――メロディさん、アルゴーさんはですね、メロディーさんの名前を叫んでグラスアミメサーペントを倒しに行ったんですよ」
「もうっ、シャーロットさん……」
私は並んでいる方がこちらに来るまえに、メロディーさんをちらりと『鑑定』してしまった。すると……。
『スキル:応 』
「えっ」
何の気なしに見たものだから目を離してしまったので、もう一度見た。
『スキル: 援』……と見えた。
「んん???」
「シャーロットさん、どうかしまして? 間違った処理をしましたかしら」
「え、いや、いいえ……」
もう一度見たら、もうスキル欄には変な字は消えていた。
これ、もしかしたら……。
「メロディーさん、……メロディーさんには『応援』スキルが発現され始めているのかもしれませんよ! さ、メロディーさん、列を捌いていきましょう。そのとき冒険者の皆さんに『応援』するのを忘れずにお願いしますよ!」
「は、はぁ……」
スキル発現前にこういう現象が起こることがある。
もしこのままメロディーさんに『応援』スキルが発現すれば、旦那さんの『愛のチカラ』スキルとすごく相性がいいのではないかな。本当に名物夫婦になるかもしれない。
これは私も見守るのが楽しみだ。
というか、ついでにこの騒ぎで先ほどの私関連の出来事を、皆さん忘れてくれないかな?




