250: 話題性バツグン① ~勝手に触れてはいけない~
今日のギルドはかなり混雑している。
三連人面カブカブの強襲時からわかっていたとおり、アーリズ外から来ている人たちがいつも以上に訪れているからだ。しかもあの日から二日経ち、さらに増えていた。
「いやぁ、新種の魔物やっと見れたわねー!」
「まったくの新種発見って百年ぶりくらいなんじゃないか?」
「かなり遠出だったけどアーリズ来てよかったよ」
午前に新種の魔物のお披露目をしたから、興奮状態で並んでいる人ばかりだ。
その新種の魔物は『魔物図鑑』に載せる情報の精査を終えて、この日広場で大々的に公開した。
その間ギルドは開けていたけど、お留守番をしていたメロディーさんとフェリオさんが「誰も来なかった。皆広場に行っていたのではないか」とのことだったので、広場で見物していた皆さんが今並んでいるのだろう。
冒険者も多いけど、いつもより長い列になっているのはフェリオさんのカウンターだ。
「新種の魔物“ギガントペリドットタマリン”の素材についてのご相談・ご購入希望の列は左側です。こちらは冒険者専用です!」
ギルドの扉から入る人たちが列に驚きキョロキョロするたびに、私は大きな声でこのように案内していた。今来た商人の格好の人もフェリオさんのカウンターに並ぶ。
新種の魔物名は最終的に候補を数個ほどに絞り、討伐した三パーティーの多数決によって選定された。
当初出していた案のグリゴリだかゴレットだか、覚えてないけどそんな奇抜な言葉は使わない、簡潔かつ特徴のわかる名前になった。ゲイルさんは残念がっていたけど仕方ない。
新種の魔物のお披露目はその名前の発表も兼ねていて、見物人たちに好印象だったからとてもよい名付けをしたと言えるだろう。
「冒険者の方はこちらです。はい、次の方どうぞー。……そこっ、列への横入りは禁止してますからね、ちゃんと列にお並びください。あなたのことですよ!」
「ヒィィィー!」
横入りする者を見つけたので障壁で押し出した。
ただし今回は壁一枚で押し出すことはなく、前後左右を障壁で囲み、比較的優しくゆっくりとギルドの外へ追いやった。
なぜなら商人さんらしき恰好だったからだ。
さすがに屈強な冒険者ではないから壁一枚で吹っ飛ばさなかった。
こんなに優しい対応をしても、この町に初めて来た方や久々の来訪者様方は、恐々と私の障壁の行方を見ていた。
「おいおいシャーロット、俺ら冒険者と対応違ぇだろ」
「『羊の闘志』さん、もちろんですよ。道端で転んでケガしちゃ大変じゃないですか。それにしても今日は、冒険者の皆さんちゃんと並んでますね」
今日は我がギルドの規則を知らない人も来ているから、障壁魔法の使用頻度が高いだろうなと朝から予想はしていた。
でも不思議なことに障壁を使って追い出すのは、フェリオさんのカウンター側が多い。
冒険者の皆さんはアーリズ以外から来ている人が多いのに規則を守ってくれている、と喜ぶ私に『羊の闘志』のリーダーであるバルカンさんがこんなことを言った。
「そりゃあお前ぇ、そうだろうが。ここアーリズの冒険者ギルドは『魔王お気に入りのギルドで、横入り禁止』ってぇ、ここ数日で噂が広まってるんだ。……知らねぇのか?」
「え……」
私は、渡されたバルカンさんのギルドカードを掴み損ねてしまった。
「知らねぇのは本人ばかりとは言うが、まさにか……。ちなみに魔王のニセ者の末路も町中見てるもんだから、列に並ばねぇと魔国の将軍が出てきて消し飛ばされるとか尾ひれのついた噂まであるぞ」
「な、な……変に交じってるじゃないですか!!!」
私は驚いたけど、今度はちゃんとカードを掴み所定の位置に置く。
「バルカンさん! その話本当っすか!? 魔国の王様がシャーロットさんのこと気に入ったって!!!」
「コトちゃん、別の意味に捉えられるからやめて……!」
たまたまバルカンさんの隣のカウンターでカードを受け取っていたコトちゃんが身を乗り出して聞いてきた。
「コト……また変な尾ひれがつくじゃねぇか……」
バルカンさんも呆れているけど、そこにさらに聞いてくる人たちがいた。
「き、君は『羊の闘志』のバルカン殿ではないか、今の話は本当かね!?」
「詳しい話を聞きたいのじゃが!?」
フェリオさんのカウンターに並んでいる人たちだった。
「おぅ。巷じゃ嘘も交じった噂が広まってる。一部始終見た俺がここで事実を教えたほうがよさそうだ! ――ってことでシャーロット、処理早くな」
「バ、バルカンさんっ。私っ、私がお話しますよ!」
「列が長ぇからまだまだかかるだろ。俺に任せとけ」
「ぐっ。バルカンさんせめてっ、変なこと教えないでくださいよ!? 話、盛らないでくださいね!?」
「心配すんな、見たまんま伝えるだけだ。盛らなくても十分面白れぇ話じゃねぇか!」
まぁ聞いていろ、とギルドカードを受け取るバルカンさんの後ろには、ピッタリとコトちゃんがあとを追っていた。
「コトちゃん、早くギルド出たほうが……」
「シャーロットさんのお話が聞けるなんて嬉しいっす! ワーシィ、シグナ! バルカンさんがシャーロットさんのこと話してくれるって!!」
「くぅぅ」
商人さんが並ぶ列を相手に話すバルカンさんの側に『キラキラ・ストロゥベル・リボン』のほか、話を聞きつけた学園生たちが群がっていた。
話の合間に「きゃー」「すごーい!」と盛り上げるものだから、気分を良くしたであろうバルカンさんは雄弁に語る。
「……はい、次の方! ……次の方ーーっ!」
「おっ、話に夢中になっちまってたぜ」
列に並んでいる人は当然暇なのでバルカンさんの話に釘付けだ。
そのバルカンさんは悔しいことに、本当に盛らずに話している。
それなのに、ここにいる全員が引き付けられていた。
「シャーロットさん、ニセ者を見抜いたっすか!?? すごーーい!」
「魔国の将軍さんに挨拶されたんやって!」
「お手紙って黒いんですよね、どれくらい黒いんですか? 見てみたいです」
三人が興味を持つと他の子たちも「見せてもらえるなら……!」と目を輝かせた。
まぁ、魔王様からのお手紙って確かに見る機会は少ないよね。
「これだよ」
中身を見せたら内容が違う――というか戦争のことが書かれているから見せられないけど、外側だけなら問題ないので出した。
「どれ、ワシが見てやろう!」
「あ、ちょっと!」
警戒してなかったせいで、さっき障壁で追い出した商人さんから手紙をひったくられてしまった。
これはもう……今度は障壁一枚で外に放り出すしかない。と発動させようとしたところ――。
「ただの受付の娘に魔王から手紙など――っ、ヒェェェーーー!!!」
その商人さんはまた悲鳴を上げて、さらに腰を抜かした。
今回は障壁に驚いたからではない。手紙から突然大きな黒い手の形の影が出てきたからだ。
その手は商人さんの頭からつま先まですっぽり覆うくらいの大きさで、彼を握り潰そうとしている動きだった。腰を抜かしていなかったら実際潰されていたかもしれない。
彼は魔王様からの手紙を放り出して倒れた。……いや、気絶した。
「なっ、なーー! シャ、シャーロットさん、今の何っすか!? 何かのスキルっすか!?」
「わ、私は何もしてないけど……」
コトちゃんが驚いたように、もちろん私も驚いている。これはどういう現象なのだろうか?
「それ……やっぱりそうなるんだ」
「フェリオさん?」
フェリオさんの顔を見ると「当然そうなる」と、納得している表情だった。
「魔王からの手紙は、宛人しか読めない。盗もうとしたり無理やり読ませようとしたりするとその人は呪われる……と言われてる」
「『呪われる』ですか……」
私はこの手紙を初めて出したときの、フェリオさんの様子を思い出した。
「……あ、だから最初、この手紙を見せたとき後ろに下がったんですね? 触らないように」
「うん。危ないから」
触れないなら中身を盗み見られることはないだろう。戦争のことは誰にも知られず済みそうでよかった。
それにしてもこの手紙を『鑑定』しても、「勝手に触ると呪いが発動する」などの説明は見当たらないんだけど……。
あ、そうか、魔王様自身の能力値を『鑑定』できないのと同じだ。魔王様の書いた手紙なんだから、私の『鑑定』スキルでは確認できないのだろう。
商人さんも『鑑定』してみたけど……、呪いの状態異常にはなってないようだ。
呪われると言われているだけなのか、呪いが発動する前に手紙を手放したからか……。
今はこれ以上のことは確認しようがない。
とりあえず彼は床に腰を打っただけだと『鑑定』でわかったので、水平の障壁に乗せてギルドの隅に寝かせた。
痛いようなら、ギルドに常駐している初心者治癒魔法使いさんにお願いするだろう。呪いが心配なら自身で治療院に行ってもらおう。
それより――、ギルド内は一層騒がしくなってしまった。
「ボ、ボクたち別に無理やり見ようとしたわけじゃなくって……。遠くから見ただけだから大丈夫っすよね……?」
「魔王の手紙についての注意事項は、そういうたら授業で聞いたことあった……。ほんまやったんや……」
「シャーロットさん、見たいなんて言ってすみませんでした!」
彼女たちはバルカンさんの後ろに隠れていた。他の学園生たちもだ。
商人さんたちはひそひそ話している。
「お前ぇら、俺の後ろに隠れんな。……シャーロットもそんな物騒な手紙、収納魔法にしまっておけ」
「物騒って……とりあえず、しまいますね」
どうやら気軽に出さないほうがよさそうだ。




