246: 三人と私の休日③ ~心を鬼にして~
こちらに爆走してくるあの魔物は、三連人面カブカブという植物系の魔物だ。
元は歩きミニカブカブという、見た目や大きさは前世でのカブ――普通に畑で採れるカブに似ていて、それが自身の根を使って歩きまわる魔物だ。
その歩きミニカブカブは一匹程度なら冒険者どころか、一般人が鍬を振り下ろしても勝てるほど弱い。しかしその戦闘で生き残らせてしまうと、恨みを糧に大きく進化して復讐しに来ることがあるので、手を出したのなら確実に仕留めることが推奨されている。
歩きミニカブカブの進化までの流れは、一つしかなかった白い実が次第に大きくなりつつ三つに割れ、縦に並ぶように成長する。実の一つひとつがコトちゃんの身長ほどの大きさになって、根は自身の体重を支えつつさらに力強く走れるほど太くなり、葉は近寄ろうとする敵を薙ぎ払うほど強力になる。
この外見に進化すると“三連人面カブカブ”という名前で呼ばれることになるけれど、なぜ『人面』が付くのか。それは――。
「見て!! あの三連人面カブカブ、一番上の実の顔が怒ってるワーシィそっくり!」
「よく見てみぃ、真ん中はイライラしとるシグナそっくりや!」
「いい? 一番下は歯が痛そうなコトそっくりよ!」
三連人面カブカブの三つの白い球体それぞれに『キラキラ・ストロゥベル・リボン』の三人の顔がくっきりと浮かんでいる。
「恨みを持って進化する」と言われているのも、この現象によるものだ。
三つに割れたカブカブ部分に恨みの対象者の顔をくっきり浮かばせ、復讐するために追いかけてきたというわけだ。
カイト王子に話していたあの日の出来事のことを私も覚えていたから、この状況がどういうことなのか、すぐ察せられた。
実際、三連人面カブカブは「ここで会ったが百年目!」とでも言ってきそうな顔で迫ってきている。
その一番下のカブカブは支えているからかそれとも別の理由からか、上の二つより確かに横に膨れているように見える。
「何だよ、歯が痛そうなボクって!」
「うちはこんな顔で怒らん!」
「私だって、イライラするときはもっとかわいいはずよ!」
憤慨しているコトちゃんたちに、バルカンさんは怒りを含ませた声で聞いた。
「お前ぇら、歩きミニカブカブを倒し損ねた記憶があるんだな?」
「「「は、はいぃ……」」」
コトちゃんの返事はか細かった。バルカンさんどころか『羊の闘志』たち皆が怖い顔で三人を見たからだ。
「こらぁ! 学園では歩きミニカブカブを倒し損ねるなって教えられてねぇのか!?」
「「「ご、ごめんなさーい!!!」」」
バルカンさんが怒るのも当然ではある。凶悪な魔物に進化させないためにも、確実に仕留めることが冒険者として常識とされているのだから。
しかし三人が謝っても、もちろん三連人面カブカブは足を止めることはない。
「あ゛ぁ゛ぁーりずデェェェ! たい゛へん゛ヤァァァ!! たお゛シマスゥゥ~!!!」
この声は明らかに三連人面カブカブから聞こえてくる。三人のかわいい顔とは似つかない低い音ではあるけれど……。
恨みで進化すると言われる理由は、この魔物の声によるものもある。
ただしこの恨み節のような声は人語を理解してしゃべっているのではなく、恨み相手の話していた言葉を覚えていて、それをオウム返ししているとのことだ。
ただマネているだけなので、コトちゃんたちが当時言っていた言葉を再現しているのだろう。
「ひえぇ! やっぱりあのときの~!」
「ま、まさかここまで来るなんて思わへんわ……」
「あのときもっとよく探しておくべきだったわね……」
ジェイミからここアーリズまで追ってきた三連人面カブカブに、三人はドン引きしているようだけど、そんな時間はもうない。
「そういうことだから、『キラキラ・ストロゥベル・リボン』は敵を迎え撃たないと!」
「えっ、ボクたちがっすか!?」
「当然でしょ!」
私は三人に前に出るよう伝えつつ、前方に手を掲げた。
もちろん爆走中の三連人面カブカブをこれ以上近づけさせないためだ。
「とりあえず足は止めるね。――よしっ!」
普通に障壁で囲んだ。バシンと音がして人面の部分が障壁に当たる。
コトちゃんたちを模した顔部分が多少潰れたけど、その程度で活動を止めたりしない三連人面カブカブは、頭の葉の部分をバサバサ横に払う。
「――ということなので『羊の闘志』の皆さん、このカブカブは『キラキラ・ストロゥベル・リボン』に倒させてください」
「でもなぁ……倒せるのか? 俺たちも協力してもかまわねぇが……」
進化前はGランクの魔物であるのに、進化後はBランクの魔物へと強さが跳ね上がるこの魔物は、『羊の闘志』たちが討伐することはできても、『キラキラ・ストロゥベル・リボン』たちだけでは倒せない。
だからバルカンさんは三人に協力を申し出たようだ。
「お、お願いしまっ……」
コトちゃんはホッと安心したようにバルカンさんに頼もうとしていたけど、それは私が阻止した。
「ダメです! この三連人面カブカブは、彼女たち『キラキラ・ストロゥベル・リボン』に対応してもらいます! ――コトちゃんたちも、戦ってもいないのに弱気にならないの!」
三人はひどく驚く。
「シャーロットさんっ、そんなっ!」
「う、うちらだけでは倒せまへん……」
「いくらシャーロットさんの障壁で動けなくしても、私たちの力では難しいです」
コトちゃんたちは必死に訴えてくるけど、今日このチャンスがやって来たからには私が心を鬼にしなくては。
「三人とも、私はちゃんと覚えてるからね、新種の魔物が来る前のこと。自分たちはアーリズに残って戦う! ってギルマスに直訴してしてたでしょ。あのときの意気込みはどこに行ったのかな? 新種の魔物よりもこの三連人面カブカブのほうが弱いんだからね!」
「あ、あれは……、ボクたちは新種を倒したいんじゃなくて、戦闘のお手伝いできるって意味で町に残るって訴え……」
「あのときの気合を今こそ見せてちょうだい! それにこの魔物を倒したらランクポイントがたくさん入るんだよ? 『羊の闘志』たちに協力してもらったら、三人の取り分が減っちゃうよ。昨日あんなにがっかりしてたんだから、この魔物を倒して挽回しよう!」
三人は顔を見合わせ、シグナちゃんが恐る恐る発言する。
「シャーロットさん、私たちも減らされたランクポイントを少しでも取り戻したいですけど、私たちでは火力が足りないので、がんばっても日が暮れてしまいます」
「うん、私もそうだと思う。けど、がんばろう!」
それを聞いたワーシィちゃんは慌てた。
「まさか、この魔物倒すまで帰れへんなんてこと……」
「大丈夫! さすがに私も八の鐘で門が閉まる前までは帰りたいから、ねばってもそこまでだよ」
コトちゃんは「は、八の鐘っすか~!?」と驚く。
現在五の鐘はすでに鳴り、お昼は過ぎている。今は夏なので、八の鐘――日没手前まで頑張ろうね、と私は言っているのだ。
三人は円陣を組んでコソコソ相談し、コトちゃんは両脇にいる二人から肘でつつかれた。
コトちゃんはやけにほっぺを引きつらせながら私と向き直る。
「ボ、ボボボクたち~、三連人面カブカブは初めてなので、戦い方の見本が見たいと言うっすか……。も、もちろんシャーロットさんも十分助けてくれるっすよね……?」
「私は最低限しか参加しないよ。ランクポイントが私に多く流れちゃわないように、お手伝い程度にするからね。もちろんどこを重点的に攻撃したほうがいいか教えてはあげられるよ。――あ、コトちゃん、そんなこと話していたら、三連人面カブカブが逃げちゃうよ。コトちゃんも障壁を出して! 私の障壁の天井に蓋するように!」
「え、えええっ!? 本当だ、シャーロットさんの障壁を乗り越えちゃうっす! “キラキラ・リン♪ ボクらを守って!”」
コトちゃんの障壁は間に合って、三連人面カブカブは私の障壁をよじ登ろうとしていたところを阻止された。
天井がキラキラと輝いていて、三連の顔部分がよりくっきりとわかるようになる。
「よし、これで『キラキラ・ストロゥベル・リボン』が参戦した形になったね!」
『キラキラ・ストロゥベル・リボン』のリーダーも手出ししたことで、他の二人も参戦せざるを得ない状況になった。
三人は顔を見合わせて「しまった~」と後悔しているようだけど、せっかく高ランクで高ポイントの魔物が来てくれたんだから、これを倒す気概を見せてほしいものだ。
「崖っぷちCランクから余裕のCランク冒険者に戻ろう! ね?」
「う、うわ~ん! ……で、でもでもっ、こうなったら、やるっすよ! もうっ、やるよ、二人とも!」
私が考えを変えるつもりがないことが伝わったようで、三人はカブカブを囲むように広がる。
囲まれたカブカブは、私の障壁で歪んだ三つの顔を、恨みたっぷりの形相に作り替えていた。
「さっきお昼食べておいてよかったね。これで八の鐘が鳴るまで、戦えるよ! あ、おやつもあるからお腹が空いても大丈夫だよ!」
私は応援したつもりなのに、三人は三連人面カブカブと同じような恨みがましい顔つきになっていた。
「……なんだかパッとしないね、三人とも。そうだ、前に言ってた、魔物に挨拶……じゃなかった、これから倒すぞーって挑戦的な宣言をするところから始めよう!」
三人はハッとした顔になってまた円陣を組んだ。どんな宣言をするか軽い会議をしてカブカブに向き直る。
「――三連人面カブカブよ。ボクたちは君の仲間を倒したから恨んでもしょうがない!」
「せやけど、ここで会うたからには倒さしてもらう!」
「なぜなら私たちは、学園の期待の星――!」
コトちゃんが三人の中央に立って指を指し、二人は両端で杖や剣を前に出す。
次は三人一緒にパーティー名を名乗る流れだ。……私に何度も見せてくれるので覚えている。
「「「『キラキラ・ストロゥベル・リボン』!!!」」」
この一連の流れをよそに狩り場変更を仲間たちと相談していた『羊の闘志』たちは、「あとはシャーロットがいれば大丈夫だよな、がんばれよー」と去っていった。彼らは彼らで仲間のランクポイントを上げないといけないからね。
その直後、
「ぎらぎらァァ、すとろ゛う゛べる゛ゥゥゥ、りぼォォォォん!!!」
とさっそく魔物にマネされた三人は、「この始末はボクたちが着ける!」とかっこよく宣言するつもりだったのに、途中で地団太を踏んでいた。
歩きミニカブカブと『キラキラ・ストロゥベル・リボン』の邂逅は、217・218話に載ってます。




