244: 三人と私の休日① ~ドレス選び~
冒険者ギルドがお休みの本日、私たちは魔物狩りの前に用事を済ませようとしていた。
「さぁ、コトちゃん、ワーシィちゃん、シグナちゃん、ここがドレス屋さんだよ」
「「「きゃ~~! かわいいドレスがいっぱい!!!」」」
夜会に参加するのに学園生は正装の装いがないので、領主様が無料で貸出してくれるようにしたそうだ。
なんと昨日の今日なのに話がいっているとのことなので、本日の休みはまず三人のドレスを見に来た。
私としては、次の日以降三人だけで見に来ればいいと思っていたけど、三人は私と選びたいとのことなので連れてこられた。
その三人は部屋を見渡しそれぞれドレスを手に取っては「かわいいっ」と歓声を上げ、鏡の前で合わせ、あれもこれもと見て、しばらくしたら二、三着試着してみようとのことになった。
「三人ともそれぞれ似合いそう! 試着してみてごらん。あと、もうちょっと声落としてね」
「「「はーい」」」
いやー、こんなに子供用のドレスがあるとは。というか、こういう店って普段入らないから新鮮だなぁ。
なんてきょろきょろしていたら店員さんに話しかけられた。
「壁張り職人様もいかがですか。大人用ドレスがありますよ」
「私はいいです。今日は学園生たちのドレスを見に来ただけですから……。それに私も夜会に参加するかわからないですし」
「冒険者ギルドの職員さん方は、全員招待すると領主様より聞いております。もちろん壁張り職人様もです」
そういうことならと私も一応選ぶことにした。
大人用ドレスの部屋に通された私は、早々に目当ての物を見つけたのですぐ試着する。大人は貸出の代金がかかるので予算内か見て、色でパッと決め、ちゃんと着られるかさっと試着し、あからさまに変な姿でないことを確認し、また自分の服にぱっと着替え、試着室から出る。
……うん、これにしよう。
「あ……、このドレスかわいいなぁ」
目端に映ったドレスに興味を持ってしまった。
――いやだめだ。
こちらのかわいいドレスでは目立ってしまう。
さ、いろいろ目移りする前に、三人のところに戻ろう。
「店員さん、このドレスをお借りすることにします」
「壁張り職人様、もうお決まりです……か……」
あ……そういえば、さっきから『壁張り職人』と言われているではないか。しばらく気付けなかったとは……。
服飾関係者にも広がっていることに私はがっくりしたものの、もうこれは止められない流れなのかもと諦めつつある。
それより店員さんが何か言いたげだけど、それは無視してコトちゃんたちのもとに戻ろう。
「もっとお似合いのドレスが……」
「コトちゃん、ワーシィちゃん、シグナちゃん、どうだった!?」
店員さんの言葉をさえぎってコトちゃんたちのところへ行く。三人のドレスを選ぶのが、この店での主目的なのだから。
「ボクの好きなキラキラなドレスっす! でもこっちのキラキラも素敵だなぁって……」
「どっちも素敵だよ。そっちも着てみたらいいよ」
三人はこの店に来て、「わぁ」「きゃー」などと目を輝かせながらドレスを見て、選んでいた。
コトちゃんはもちろん光でキラキラ輝くドレスを選んでいた。あとは色で悩んでいるようだ。
「ワーシィちゃんもかわいい! そんなデザインのドレスがあるなんて思わなかった。よかったね」
「可愛すぎるかなぁと思たんで、もう少し大人っぽいドレスも着てみよかと……」
「うんうん、そっちも着てみて!」
ワーシィちゃんが選んだのはストロゥベルのドレス。まさかあるとは思わなかったけど、腰と胸部分にストロゥベルをかたどった飾りが付いているドレスがあったのだ。
でも彼女的にはそのデザインは大人っぽさが足りないようだ。
「シグナちゃんのドレスもよく似合ってるよ!」
「このリボンがかわいいですよね。でもたくさん付いているのにするか、別の大きいリボンが付いているドレスにするか迷います」
「じゃあ、着てから考えてみよう!」
当然シグナちゃんはリボンが主体のドレスを選んだ。
数を優先するか、大きいリボンでインパクトを重視するかで悩んでいるようだ。
三人は好みがそれぞれ違うので、選んだドレスも各々違うデザインだ。同じドレスを取り合うことなく、とても平穏に選べている。
私は三人のかわいいドレス姿を見るだけでお腹いっぱいだ。
「シャーロットさーん、このドレスもかわいいっす。どっちか決めかねるっす。……でも、こっちはぴったりしすぎる感じもするっす」
さっそくコトちゃんが二着目を着替えて出てきた。
お腹あたりをさすっている。
「侯爵邸のごはん、おいしくてたくさん食べることになるよ。ゆとりのあるほうがいいんじゃないかな?」
「なぁっ、ボ、ボク食べないっす! これにするっす!」
あ、失言だった。ダイエットに目覚めてしまったコトちゃんを意固地にさせてしまったようだ。
「お客様、動きにくいのは避けたほうがよろしいですよ。夜会ではたくさんの方々とご交流されるでしょうから、動きやすく着心地のよい物を選ばれてはいかがでしょうか」
「そう……っすよね。一着目のもっかい着てみるっす」
店員さんから的確なアドバイスをもらったコトちゃんは、また試着室へと入っていった。
「ありがとうございます」
私は店員さんにそっと礼を言う。さすが繊細な乙女たちを顧客に持つお店は、説得する言葉が違う。
「うん、ボクこれにした!」
「うちは最初のこのドレス!」
「リボンの数で選びました!」
三人は最終的にお互い見せ合いつつ決めていた。
「よーっし、あとはシャーロットさんのドレスっす!」
「うちが選びます!」
「リボンの付いたドレスが似合いそうです!」
三人は着替えると私を囲んだ。
「ちょっ、ボクとお揃いになるように探すの!」と怒るコトちゃんに、「うちとお揃いや!」「私とお揃いよ!」と二人が反発する。
さっきまで平和な雰囲気で選んでいたのに……。
「三人とも、選んでくれるのは嬉しいけど、私はもう決めちゃったんだ。ごめんね」
三人が喧嘩に発展する前に止める。
「そうっすか。ちなみにどんなのっす?」
「うちら三人のどのドレスに近いですか」
「大人っぽい感じですか、それともかわいい感じですか」
三人は自分たちの選んだドレスだけではなく、私の選んだ物にも興味を示してしまった。
「当日に見れるよ。今日は一緒に魔物退治に行く予定でしょ。そろそろ行こう」
「まだ昼前っす。時間あるっすよ。ボクたち気になるっす。見ないのは何かざわざわするっす。『閃き』スキルがボクに訴えてるっす」
私ごときの借りるドレスで『閃き』スキルが発動するわけがない、と呆れたものの店員さんも「どうぞ皆様もご覧になってください」とノリノリで大人用のドレスの部屋に三人を案内する。
……嫌な予感がするなぁ。
「こちらです」
「「「…………え」」」
私が選んだドレスを見た三人は固まってしまった。
「こ、これはどういうことっすか」
「じ、地味や」
「せっかくなので、もっと華やかにしたほうがいいかと……」
うん、言いたいことはわかる。
私は選んだのは、お店で一番目立たなさそうな色とデザインだから。
「いいのいいの。夜会は新種の魔物を倒した三つのパーティーと、スタンピードで戦った学園生が主役なんだから。私はシンプルなドレスで壁の花になるの」
しかもこのドレスは一番安く借りられるのだ。よかったー。
「そ、そんなっ。シャーロットさんだって新種の魔物の顔をへこませたから主役っす!」
それが問題なのだ。
一日二日経って、新種の魔物が私の障壁で頭を打ちつけてその隙に二つのパーティーが倒した、という話が広まりつつある。
これでは図鑑にも私の名前を出さないのかと再度提案されるかもしれない。『魔物図鑑』は全国どころか全世界に出回っている図鑑だ。私の名前はさほど珍しくもないとはいえ、帝国でも『魔物図鑑』は売られている。私の名前が『魔物図鑑』に載るようなことは避けねば。
だからしばらくは地味で目立たない行動をするのだ。夜会に着ていくドレスもこういった理由から選んだ。
「それにこのグレーじゃ壁の花じゃなくって壁の岩っす! こんなときまで壁職人じゃなくていいじゃないっすか。せっかくシャーロットさんと夜会に行くんだから、四人でおしゃれに登場したいっす!」
「コトちゃん、お店のドレスにそんな言い方ダメでしょ」
「うぅ……」
コトちゃんのこれ以上の発言を止めさせたけど、なんと店員さんが援護してきた。
「いえ、大丈夫ですよ。お顔立ちや髪や目の色でこちらのドレスが似合うお嬢様もいらっしゃいますが、壁張り職人様には別のドレスのほうがしっくりくると思います。ぜひいろいろお試しいただければと思うのですが……。皆様お手伝いしていただけますか?」
店員さんがにっこりと三人に問いかけると、彼女たちはパァッと目を輝かせた。
「ボク、選んであげるっす! このキラキラしたのどうっすか!?」
「コトとお揃いになるやん。うちと同じ色にしよか!」
「リボンがあるほうが似合うと思うわ!」
三人とも一斉に散って、私の着るドレス選びを始めてしまった。
「皆~、魔物倒しに行けなくなるよっ」
「シャーロットさんのドレス選びが最優先っす!」
「そんなに手に取ったらお店にご迷惑だよ~」
三人はあれもこれもと手に取るので注意するも、
「大丈夫でございます。どんどんご試着くださいませ」
店員さんはにこにこと勧めた。
私は三人に一着ずつ手渡され、試着室に入る。
その際ぼそっと聞こえた。
「危なかったわ~。壁張り職人様の着るドレスは注目の的になるもの。ぜひかわいいドレスを着て我が店の名を広めてもらわないと」
「え、何か言いました?」
三人の声が重なって一部聞き取りづらかったけど、すごい本音が聞こえたような……。
「いいえ、――さぁ壁張り職人様、どんどんご試着ください」




