237: 『魔物図鑑』会議④ ~彼と三人のランクポイント~
私たちはギルマスやフェリオさんを解体倉庫に残して出てきた。
『羊の闘志』たちは、情報を整理するのと何やら気になることがあるとのことで、解体カウンター正面方向にあるテーブルに向かい、他の二パーティーはギルドから出ていった。
ギルド内は私たち職員以外誰もいなかった。
皆用事を終えたか、昨夜襲撃してきた魔物の残りがいないか確認しに行っているのだろう。
そんな静かなギルドの一か所――テーブル周りに『羊の闘志』たちは集まる。
アーリズの冒険者ギルドにはテーブルと椅子も置いてある。
二年前には酒を飲む冒険者に使われていたけど、今のギルマスが実権を握ってからは提供されることがない。現在では自身で持ち込んだ飲み物で水分補給したり、合同依頼を受けてお互いのパーティーの行動を話し合ったり、冒険者が一息つくために使われたり、依頼書を書いたり、たまにフェリオさんが商人さんと雑談していたり、といった使われ方がされている。
そんなテーブルにて『羊の闘志』のゲイルさんが座ろうとして、驚愕の声を上げた。
「うお~! 誰だ、蹴るところだったぞ!? オバケか!?」
オバケだなんて、タチアナさんが聞いたらまた発狂するのではないかと思うも、彼女はまだ帰ってきてなかった。よかった。
それはともかく――。
「どうかしましたか?」
私が聞くも彼は、いや『羊の闘志』の皆さんは全員テーブルの下に注目していた。
テーブルの下に丸い何かが、いや子供たちが丸まって座っているのだ。
椅子に座らず、なぜかテーブルの下にうずくまっている。
その子たちは――。
「コトちゃん、ワーシィちゃん、シグナちゃん。どうしたの?」
「シャルちゃん、放っておきなさい」
私が現場に近寄ろうとする前にサブマスが止めた。
彼はメロディーさんに何かの仕事を教えているようで、そのメロディーさんがサブマスの顔色をうかがってから、おずおずと私に声をかけた。
「あの……、シャーロットさん。皆様が倉庫にいるあいだ、学園生さんたちが来たのですわ」
メロディーさんの話によると、学園生たち全員でここ冒険者ギルドを訪れ、サブマスに謝罪してきたのだそうだ。
「あ……そういえば昨夜スタンピードでいろいろあったそうですもんね……」
本日の業務が始まる前に、サブマスから昨夜のことを聞いていた。
特にとあるパーティーについては、冒険者ギルドの禁止事項である「冒険者ギルドの職員への暴力行為禁止」が当てはまるため、ランクポイントを減らす処分が下されるということも。
「そのことがあって、あちらの三人は反省されている様子で……」
学園生全員で謝罪後、特に問題行動をした三名は土下座で謝ったそうだ。
私がフェリオさんに土下座をしていた同じ頃、こちらの『キラキラ・ストロゥベル・リボン』も同じ方法で謝っていたようだ。
土下座で謝っても、やったことはやったことなので処分を言い渡したら、すっかりしおれてしまったらしい。
他の学園生もサブマスに叱られて、よろよろと出ていったようだ。
メロディーさんの説明は、サブマス本人がいるからだいぶ優しい表現だったけど、予想するに本日何回目かのお説教が炸裂したのだろう。
「……で? ゲイル、お前ぇ王都でどのくらいランクポイント稼いできたんだ? アーリズ出るときはやれ『もうすぐAランクだ!』って言ってたじゃねぇか。もう新種の魔物討伐のポイント入ったからAランクになった、よな?」
バルカンさんは話を変えるようにテーブルからも離れつつゲイルさんに振った。
「えーーーっと……」
さっきの勢いはどこへやら、珍しくどもるゲイルさんに『羊の闘志』全員で囲み「早くシャーロットに調べてもらえ!」とすごむ。
なぜかしぶしぶ渡されたゲイルさんのカードをカウンターの魔道具に置く。
依頼を受注するときなどに使うこの魔道具は、個人の冒険者ランクポイントも詳細に確認できるからだ。
「お待ちくださいね。……あ」
どうなっている、と『羊の闘志』たちの視線が私に集まる中、ありのままを答えた。
「あと50ポイントでAランクですね!」
これならもうAランクまで秒読みだ。
(でも、あれ……?)
私が疑問に思っていたことは、当然ゲイルさん以外のメンバー全員そう思っていた。
バルカンさんがずいっとゲイルさんに顔を近づけた。
「いや、おかしいぞ。アーリズ出る前のポイントなら、王都ですでにAランク、それほど稼いでなくても新種の魔物討伐でAランクになっていたはずだ。違ぇか?」
新種の魔物の名前決めや解体はまだだけど、討伐完了によるランクポイントは関わった全員に入っている。
新種だし、綺麗に狩るという通常にはない要求もあったため、破格のポイントが振り込まれたのだ。
ゲイルさんは逃げられないと感じたようで、ぽつぽつとしゃべりだした。
「う、うぅ。王都で、依頼失敗したんだよ~。いや、俺ならできると思って受注したんだ。でも……。リーダー、皆ー! ごめんってー!」
彼の説明を聞くと、王都で気を大きくして、魔物討伐の依頼時にうっかり狩り損ねたようだ。
こちらの魔道具でも同様の理由で失敗したことが確認できる。
「お前ぇ! 浮かれるなと言っておいただろうが!」
「ま、まぁまぁバルカンさん。失敗したわりには今は残り50ポイントくらいですし、ゲイルさんも怪我なく帰ってきたからよかったほうじゃないですか!」
依頼を失敗すると大幅にランクポイントが減点されるので、Aランクまで残り50ポイントで済んでいるのはもしかして――。
「やっぱり! 失敗後も依頼をどんどん受けて巻き返したんですね! すごい努力です!」
カードを返すとき私の最後の言葉でゲイルさんは照れるも、他のメンバーには「反省しろ!」怒られていた。
「ゲイルさん、すごいね~……あと少しでAランクだってさ~……」
「うちらなんて、あと1ポイントでも落ちたらDランクに……」
「崖っぷちだわ……」
ぼそぼそ話しているけど、カウンターにいる私にも聞こえてしまった。
どうやら『キラキラ・ストロゥベル・リボン』の三人はごっそりランクポイントを減らされるようだ。
対して『羊の闘志』たちは「魔物の名前を考えてる場合か!」と厳しい顔でゲイルさんを依頼掲示板へ連行していった。
サブマスはメロディーさんから離れたので、私は彼女に話しかけた。
「え~っと、メロディーさん、私も手伝いますよ。何をやってますか?」
「あのぅ、シャーロットさん、こちらのお仕事は私だけでやりますわ」
メロディーさんが断ってきたとき、なぜかサブマスが私を振り返ったように見えたから、メロディーさんの作業中の書類を覗いた。
「これは……」
その書類の氏名欄や、三枚のギルドカードに「コト・ヴェーガー」「ワーシィ・アルタイール」「シグナ・ス・デネブ」と書かれてあった。
まさに今言っていた案件――『キラキラ・ストロゥベル・リボン』三人のランクポイントを下げる処理をしていたのだ。
「ちょうどいいから、仕事を覚えてもらうためにもメロディーちゃんだけでやらせるよ」
「サブマス……」
私が不正をするしないは置いといて、親しい冒険者のミスによるランクポイントを下げる作業は関わらないほうがいいだろう。
「では、メロディーさんにお願いして私は……」
「シャルちゃんは依頼書でも貼ってきたらどうだい」
「そ、そうですね……」
サブマスは最初からそうさせる予定だったようで、掲示板に貼られるのを待つ依頼書が入る箱と、画鋲の入った箱を差し出していた。
私はずいっと差し出された箱を、なるべく笑顔で受け取り、ランクが低い依頼から貼っていこうと出入り口のドア付近の掲示板へ向かう。
掲示板前に箱を二つとも床に置いて、該当の依頼書と画鋲を手に取ったら、私の後ろから人の気配がした。
「……サブマスも手伝ってくれるんですか?」
一緒に貼ってくれるようだ。暇なのかな、くらいに思っていたけど彼には計画があったようだ。
「シャルちゃん、昨夜、城壁から落ちたそうだね」
「――え、あ、う……」
唐突にサブマスが低い声を出した。
「よ、よくご存じで……」
「馬車を見学したあとに、タチアナちゃんのことと君のことを教えてもらったんだよ」
「だ、誰からですか?」
「言うわけないよ。ちくった人に障壁をぶつけようとしても無駄だからね」
「そ、そういうわけでは……」
しまった。昨晩のタチアナさんの様子を知っていたということは、私が城壁から落ちたという凡ミスも同じ人から教えてもらっただろうと、なぜ気づかなかったのか。
「うちの職員二人が、注意力散漫で危機管理意識が低く申し訳ないと謝ったよ」
「も、申し訳……」
「向こうは怒っているようではなくて、大変心配している様子だったよ。僕もまさか城壁から落ちるだなんて、驚いて心臓が止まるかと思ったよ。二人とも子供じゃないから、城壁に登るということはどういう危険があるか十分わかっているはずなのにね?」
さっきより声量を落としているとはいえ、お説教が止まらなくなりそうだ。
「さ、サブマス~、このあと『魔物図鑑』に載せる絵の、画家の方が来るんで、そのときは続きお願いしてもいいですか……?」
「もちろん。――それからね、こういうことは……」
私への返事もそこそこにお説教は続く。
今日だけで二回もお説教を食らうことになるとは。
…………早く画家さん来ないかな~。




