023: Aランクだけの説明会
パーティーリーダー(または、個人であれば当人)への説明会は、当日来ることができる者たちだけで行うことになった。説明のあと、十人以上希望者がいれば、くじを引いてもらう流れだ。数日前から該当者に声をかけていた。
だから、ダンジョンに向かっているパーティーや、遠くまで依頼で出向いているパーティーなどは当日に間に合わなければ除外。王都に赴く期日も迫っているので仕方なかった。
しかし、遠征していても当日このギルドに来てくれれば、説明会とくじ引きに参加できる。
くじを作ったついでに、どのパーティーに声をかけているか、いないか、という表も作成した。声をかけたパーティーには印がついている。
その中で、まだ印がついていないあるパーティーに、私は「早く来ないかな」とやきもきしていた。
「――あ、待ってましたよ! リーダー。お疲れのところすみませんが、ちょっとこちらへ……」
結構ギリギリだった。そろそろ、説明会が始まってしまう。
私が声をかけたのは『羊の闘志』のリーダー。こちらのパーティーの皆さんは、依頼受注中でしばらく戻らず、間に合うか気がかりだった。彼をギルドの隅に招き、これから始まる説明会の概要を、魔道具のことには触れずに話す。その間に依頼の完了処理をメロディーさんにお任せした。
ちなみにこっそり話すのは、ギルド内に他の冒険者たちもいるからだ。Aランクばかりなぜか呼ばれている、と噂になったら面倒だし。
彼は「へぇ」やら「よくわからんが行けばいいんだな」と言って、仲間たちに先に戻るよう指示した。
『羊の闘志』のリーダーにどうしても来てほしかったのは、冒険者にとって、能力値がわかる魔道具ができるのはいいことだからだ。
特に、物理攻撃に特化した冒険者さん。
魔法使いは魔法という目に見えるものを使うから、まだいい。でも物理特化した冒険者の、「俺はスキルがないから凡人かも」みたいな暗い発言はいただけないなと思う。
スキルを持っていない人なんていないのに。
そのような発言をする人たちが持っているスキルは、目にははっきりと見えず、感覚としてわかりづらいものが多い。だから自身が持っているスキルを理解しにくいのだ。
以前『羊の闘志』のゲイルさんが、スキルを持っていながら「スキルほしー!」と言っていたのもそのためだ。彼はその後、『魔力を力に変換』スキルを使いこなしているからよかった。
今度は、やっぱりリーダーが自身のことを知る番だと思う。彼が何かをぼやいていたわけではないけど、せっかくの機会だし。
――まぁ、魔道具がどの程度の性能かは置いておくけどね。
「では、二階の説明会用の部屋へ入って、少々お待ちください」
そう告げた私も、筆記用具とくじ引きの箱を持って二階へ行く。本部に届け出る専用の書類もあるけど、それは大事な物なので収納魔法に入れてあった。
二階のギルマス・サブマスの部屋の向かいに、講習会・説明会に使われる大部屋がある。新人冒険者用の講習会や、魔物を複数パーティーで討伐するときの説明会でよく使われていた。机と椅子が多く並び、正面の壁に図などを書いて説明できる板が設置されている。
中に入ると、皆好きな格好で待っていた。
武器を手入れしている人。
逆立ち腕立て伏せをやっている人。
ご飯を食べ損ねたのか、今がそのときとばかりに食べている人。
始まったら起きると思うけど、寝ている人。
ダンジョン帰りで、手に入れた魔石を数えている人。
部屋の隅が好きなのか、部屋の角にぴったり寄り添っている人。
両隣で言い争いが始まり、席を替えようと立った人。
机に足を乗せている人。
椅子には座らねえ! 机に座るぜ。な人。
椅子には座らねえ! 床に座るぜ。の人。
椅子には座らねえ! 立って壁に寄りかかるぜ。である人。
まだ他にもいる。
種族も、男女も、武器もばらばら。
全員パーティーリーダー、または個人で活動している人たちだ。
Aランクだけで集まることはあまりない。だから近況報告をしたり、ただの雑談をしたり、なぜ集められているのか予想している人たちがいる。
静かに普通に座っている人のほうが目立つくらい。
これが勉強をする教室や、依頼人がいる部屋なら注意されるだろうけど、ここは冒険者ギルドなので誰も気にしない。
そもそも、依頼人の前ではちゃんとしている……はず。
彼らには集まってもらう際に、深刻な話ではないとあらかじめ言っておいた。こんなにAランクのリーダーばかり集めていたら、不思議に思われても仕方ないから。それでも気になったのか、冒険者の一人に聞かれた。
「こんなに集めてどうする気?」
「お時間取らせてすみません。別に天変地異が来るわけでもなければ、討伐が難しい魔物がいるわけでもないですよ。説明後、興味なければ、すぐお帰りいただいて大丈夫ですから」
すごく緩やかな雰囲気を出すことを心がけた。
向こうもそれが伝わったのだろう。すぐに近くの冒険者と雑談を開始した。
私はこの光景を楽しんでいた。
(こんなにAランクが集まることなんて、なかなかない! 今日やった初心者講習会と雰囲気が違うなぁ)
むしろ低ランクの人が間違って入ってきたら、扉を閉めるのも忘れて走り去りそう。大がかりな作戦でもあるのか、と勘ぐられるかもしれない。
「すいませーん。さっきの講習会で忘れ物しちゃって……」
あ。
いきなり入ってきた人物に、Aランクたちの視線が一気に向く。
「…………? ……へ! え。あ、失礼しました! ひいっ」
本当に閉めずに走り去ってしまった。
午前中、Gランクを集めてやっていた冒険者の心得を教える講習会の受講者だろう。
「おーい。あいつの忘れもんって、これじゃね」
ぽーい。私に投げてくれたのは、机に座っていた冒険者だった。
「あ! ありがとうございます」
受け取った筆記用具入れを持って、逃げ出したGランクの人のところへ行く。
ちょうどギルマスに「Aランクが集まっているからといって、何か起こるわけではない。他言無用!」と、脅さ……教えられていた。
サブマスは自分の持っている資料を確認しつつ、廊下に出てきたところだ。
そんなGランクの彼は、先ほどAランク冒険者たちの注目を集めたせいか泣いていた。ギルマスに迫られている、というのもあるかも。
まさかどこか怪我したのかと思い『鑑定』したけど、特に外傷はなかった。
彼が自身の袖口で涙を拭くのを待つ。
その後、持ってきた忘れ物を渡した。
「ひゃ、ひゃりがとうごじゃいますぅ」
そんな泣かなくても……。
何年後か、あなたもあのような集まりに参加するかもしれないんですよ。
それを見てサブマスは、一連のことに肩を震わせて大部屋に入っていく。さすがに、声を出して笑うのは悪いと思ったのかな。
私もその背中を見ながら一緒に入った。
入るなり前置きを手短に言って、早速説明を始める。
「今日皆に集まってもらったのは……」
サブマスが、今回集まってもらった経緯を話す。ギルマスはGランクの人を口止めしてから来るのだろう。
今回集まってもらった理由である『能力値やスキルを計測する魔道具の開発について』を話し始めると、全員の目の色が変わったように感じる。
その魔道具について、「詳しく話せないけれど、現段階で言えるところまで言うね」と説明するサブマスに全員が注目した。
さて。なぜ、ギルマスではなくサブマスが説明しているのか。
というのも、魔道具製作者の中にサブマスの知人がいるらしい。
雷の日の会議でも魔道具のことを持ち上げていたし、サブマスは以前、本部にいた職員だから何となくそんな気はしていた。
伝手を使っていろいろ聞いたみたいで、このたびアーリズ支部で『新魔道具担当者』になったから説明している。
説明後、一人が軽く手をあげて発言した。
「魔道具を使っての計測実験……ですか。そのために一人出すのは、いいとしてですね。なぜパーティー全員にランクポイントが入るのでしょう? 人体に影響がある魔道具なのではありませんか?」
ね、思いますよね。
「初期動作実験を終えて、今のところ人体に影響はない、と向こうは言っているよ。ただ、能力がわかってしまうからね。関係者にしかわからないようにするといえど、弱点や特徴が知られてしまうかもしれない。そういうリスクがある。だからパーティー全員に入れるみたいだよ」
サブマスは、そういう質問は来ると思っていたよ、と余裕の顔で説明する。
私の疑問点から情報を集めていたんですね。さすが抜け目ない。
「Aランクだけで本部に行くわけではないよな。SランクやB以下も選ばれるのか」
「SランクからEランクまでね。人数はランクによってまちまちさ」
Sランクも行くとなれば、それが誰かは想像つくというもの。
アーリズには、Sランク一人とAランク五人で構成されたパーティーがある。それも二つも。
Sランクは二枠なので、二つあるパーティーのリーダーに、行ってもらうことになった。
本部からは0〜二人という要請だったから、断られても大丈夫だったけど、二人とも快く引き受けてくれた。
皆が考えている人物と一致しているだろう。
ちなみにFとGランクは、他の町や村から出すそうだ。そのため、この町からは遠慮してくださいということらしい。
他にも質問が出たけど答えられるものには答えて、それ以外は「まだ答えられない」、または「本部に確認する」などと言っていた。
「……さて、他に質問はないかい。なければこのあと抽選してもらうよ。参加を希望しない人は退室してくれてかまわないから」
サブマスは質疑応答後、今回の件を辞退する者は退出するよう伝えた。
さあて、何人残るかな。
正直、私は半数は席を立つと思っていた。
むしろ、辞退者が多くて数を揃えることができなかったらどうするのかな、とも思っていた。
しかし……誰も席を立たない。
「では、説明終わり。あとよろしくね」
サブマスが誰よりも先に退出する。
また出かけるのかな。
連日どこかへ行っているようだけど、何しているんだろう。
別に下衆の勘ぐりではない。
昨日ギルドに一度帰ってきたとき、細い目を一層細くして表情が険しかったからだ。
どこかで問題でもあるのだろうか――。
バタン。
扉が閉まる気配で気を取り直す。
私は「くじ引き始めまーす」と言ったけど、扉が閉まった途端、一人の冒険者がさえぎった。「くじ引」しか聞こえなかっただろう。
「パーティーから一人いなくなるんだろ? じゃあ、人数少ないパーティーのリーダーさんは、やめといたほうがいいんじゃないか?」
「私のところのことですか。心配されずとも、自分たちのことは自分たちで解決します。おかまいなく」
「パーティーに残るメンバーが心配なら、単独でやっている自分は大丈夫だな。自分が今回の件、ふさわしいようだ」
……そういうのは仲間内で相談して、期間限定でメンバー増やしてもいいし、もちろん一人抜けたままでもかまわない、と説明しましたよね。なのでパーティーの人数は関係ないです。
「年数が若いパーティーは遠慮してくれんか。次こういうことがあれば参加すればよろしい」
「そっちこそ、じじいは譲りなよ」
パーティーの年数もメンバーの年も関係ありませんよ。あったら呼んでいません。
「そういうことなら『羊の闘志』さんも。他国にまで名が知れ渡っておる伝統的なパーティー。これ以上求めずともよいではないか?」
「伝統的というのなら、譲られるべきじゃねぇか」
譲る・譲らないではなく、くじ引きをこれからするんですよ。
「魔法使いこそ遠慮してちょうだいよ。うちはスキルがないんだから能力値くらい計測させて!」
「わたしだって水魔法しか使えないのよ! 筋肉バカは筋肉だけ使ってなさいよ」
出た。スキルないない詐欺。……いや、自身でわからないから詐欺ではないのか。
そこに、いつの間にか室内に入ってきていたギルマスが、口を開く。
「お前らいいかげんにしろ! 本当は俺も行きたいんだぞ」
それを聞いて私はびっくりした。
ギルマスまでそう言い出すなんて。
「え。ギルマスも興味あるんですか? ぽんこつ……期待外れかもしれないんですよ」
それに皆さんもさっきからそんなに必死で。
そんなに測ってもらいたいものですか。




