226: 嬉しくないお誘い④ ~お久し……ぶり?です~
カウンターの前方では、うめき声が聞こえている。
その声の主たちは雑巾のように平べったくなりかけているだろうけど、うめけるくらいお元気ならもうしばらく押さえ込んだままでいいのでは?
(それはおいといて、なぜあの方がここに……、どうしてカイト王子と一緒に? いや、それよりもっ、知られてしまった……魔王様を並ばせるということを……!)
いや、いやいや。
知られるも何も、ギルドが混んでいたときは並んでらしたのだから、別にかまわないはずだ。だからあのときもそう豪語したわけで……。
あれ? さっき「魔王様のお力で目に物を見せてください」だとか言っていたほうがまずいのではなかろうか?
いやいや、その話は大分前だから、聞いてはいないだろう。
「シャーロットさん、いかがなさいましたの?」
カウンター下にもぐっている私を、メロディーさんが不思議そうに見下ろす。
「メロディーさん、カウンターに隠れるなんて、素晴らしい必殺技ですね! 使わせてもらってます!」
「え? 必殺技……ですの? それはどういう……」
メロディーさん、困惑していますね、しかしあまりお気になさらないでください。
ありがたいことにあなたの必殺「カウンター隠れ」のおかげで、このあとどうすればいいか考えられそうです。
メロディーさんと違い、顔半分ではなく丸々隠れたのだし。
まず……、そうだ。「あちらの彼」は本当に「あの方」なのか? ということをよく考えよう。
一瞬しか見てないから、実は他人の空似かもしれないではないか。
黒髪で黒い格好だからといって、「あの方」とはかぎらない。
よし、『探索』スキルを使ってみよう。
……、…………。
わ、わからない。『探索』スキルに引っかからない。
隣にいるはずのカイト王子ももちろん『探索』に引っかからない……。
「ハハハ! んで? 床を雑巾がけしてる奴らは何者だ?」
「あの……、ご自身を魔王様であると偽って、シャーロットさんに難癖をつけにきたのですわ」
私の手持ちのスキルでは彼ら二人のことは探せずとも、ありがたいことに王子がメロディーさんに話しかけたことでカウンター前方に来たことはわかった。
「あぁ、シャーロットの奴、このギルドでは王子も魔王も並ばせるぞ~! って意気込んでたからなー!! ハハハ!」
お、王子ぃぃ~~! 大きい声で言わなくても……!
ぐぬぬ、これは一度逃げたほうがいいのではなかろうか。
そうしよう。ここから低い姿勢を保ってカウンター裏の部屋の窓まで走ろう。窓を乗り超えて出ていくとしよう。
だからしゃがんだまま、足を一歩踏み出した。しかし――、
「なーにやってんだ?」
「ぎゃー!」
王子にカウンターを覗き込まれ、あっさり見つかってしまった!
「……うるせーな。客として来るぞって話してただろう。さっさと案内しやがれ」
王子はいつもどおり尊大なお客様だった。
「……いやぁ、えーとぉ、なぜか急激に眠気に襲われまして、別の者にご案内させま……」
こうなったら最初の計画どおり、眠くなっちゃった戦法を活用しよう。
王子こそ睡眠薬を盛った張本人なんだから、きっとあっさり引いてくれるはずだ。
――と、カウンターから頭をあげたところ、今度は目の前に何かを差し出された。
「ふむ。ならばこれを飲むといい」
カイト王子の隣に立つ人物から、高級ポーションを差し出されたのだ。
もちろんただの回復用ポーションではなかった。
あらゆる状態異常を回復させるポーションだった。ただ眠いだけで飲むなんてもったいなさすぎる。仮病ならなおさらだ。
……いや。いやいや、そうではない。
ポーションのお値段より、それを差し出しているこちらのお方は……。
「ル……、ルシェフさん……」
やはりカイト王子と一緒に来たのは、魔王様だったのだ。
「え、いや~……、そのっ、ちょっとした疲れでした。ルシェフさんのイケメンなお顔を拝見して、すーっかり目が覚めました! ですので、そのような素晴らしいポーションをいただかずとも大丈夫ですぅ。あ、とってもお久しぶりですね~!」
「前回寄ってからさほど時は経ってないはずだが」
「えっ、あ、そうかも……ですね。私ったら、ここ最近いろいろあって……時間が経つのが早いなぁと感じちゃったようです。あは、あははは……」
確かに最後に会ったのは建国祭の日で、そこまで経ってない。いつもは早くても季節が変わった頃に来るくらいだし……。
「そ、それではお客様方、二階へご案内いたします~。メロディーさん、カウンターよろしくお願いしますね」
こうなったら仕方ない。何事もなかったかのようにお二人をご案内してしまおう。
メロディーさんはなぜか「いいアピールでしたわ」と嬉しそうにこっそり伝えられたけど、何のことだろうか、わからない。まったく頭が回らない……。
とにかく大物二人を案内してすぐカウンターに戻るため、階段を気持ち早めに上がる。
しかし半分ほど来たとき、カイト王子から驚きの質問が飛び出した。
「……ここに来たことがあるようですね」
私はびっくりして階段を踏み外すかと思った。
質問の内容にではない。
あの(態度が大きい)カイト王子が、敬語を使っていたからだ。もちろん私に向けられた質問ではないことは百も承知だ。
「このギルドは気に入っている。用事を済ませやすいからな」
対する魔王様は静かに、いつもどおりの口調で答えていた。
まさか王子は……、ルシェフさんの正体を知っているのだろうか?
この国の王子だから、ありえないことではないだろうけど……。それに王子の表情がなんだか強張っているようにも見えるし……。
それよりも、私は階段で踏ん張っている場合ではない、このタイミングを大事にしなくては。
「わぁ、ルシェフさん、いつもご利用いただきありがとうございます! ルシェフさんならいつでも大歓迎ですよ!」
気づいたら揉み手をしていた。
さっきからご本人を前にして「並ばせるー!」と話していたのが聞こえていたはずだから、気を悪くされていないかなと気になったからだ。
でも、手からカサカサと音が……あ、例の黒い手紙を一緒に揉んでしまった!
二人に驚いて、しまい忘れていたのだ。いけない、奇麗な手紙にしわがついて……、……ない!
す、すごい紙質だなぁ……。
「未だ開封してないか。まぁいい。これから話す内容だ」
「え……、ルシェフさん、この手紙……?」
魔王様が、手紙の封を気にされている……? これから話す……とは??
どういうことなのか、聞こうとした矢先、カイト王子がギルマスたちの待っている部屋を勝手に開ける。
「カイト王子、勝手に開けないでください……」
「オレはさっさと用事を済ませて帰りてーの」
その割には今朝、私たちと優雅にティータイムをしていたような……。ま、いいや。
王子がさっさと入った部屋には、ギルマスとサブマスがいた。
サブマスは少し眉間にしわが寄っているくらいで、いつもとさほど変わらず立っている。
問題はギルマスだ。――固い。
私には緊張感がひしひしと伝わっている。
ギルマスは『本能』スキルによるものか、魔王様がギルドに入ってくるだけで二階に避難するくらい、彼に危機意識を持っているようなのだ。
まぁ、魔王様はケタ外れの魔力をお持ちだから、その気持ちはわかる。今日も魔王様の能力値はちゃんと読み取れないし。
ただその固い彼の顔つきには、ギルドのマスターとしての威信が感じられた。
「どうぞ、お茶です……」
席に着いた皆様に、収納魔法からお茶を出した。
さ、私はこんな空気の部屋から早々に退室するとしよう。
「待て、アンタのほうに用事があるっつーの。座れ」
しかしカイト王子に止められた。
「わ、私にですか?」
今朝あらたまって訪問を伝えてきたし、魔王様も連れてきたものだからてっきりギルマスたちと重要な話をするものだと思ったのに。
「シャーロット――、西の辺境領に来い」
「…………は??」
私は座ろうとした席の肘かけに、腰をぶつけていた。
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