223: 嬉しくないお誘い① ~え、誰ですって?~
人が入れ代わり立ち代わりにやってきて、カウンター前は賑わっている。
「昨晩はお疲れー」
「今回の戦闘、いい経験になったわー。あんなに光魔法使いまくったの初かもー」
「魔物が群れを成してきたのに、冒険者も騎士の奴らも全員無事だったんだってな」
「新種の魔物とは戦闘できなかったけど、熊どもは自分らのパーティーが一番倒したぜ!」
冒険者たちの会話がところどころから聞こえてくる。冒険者ギルドにがやがやと人が集まるいつもの光景だ。
たくさんの人の話し声や、知り合いへ挨拶するために近寄る靴音、依頼書を見比べる紙の音が交じるこの空気感は、今日はお昼に作られている。
「はい、こちらのカードをお返ししますわ。あぁ、本当に冒険者の皆様もシャーロットさんも、ご無事でよかったですわ!」
お隣にいるメロディーさんの柔らかい雰囲気も、久しぶりな気がする。
彼女はカウンターに来る冒険者たち皆に、昨夜は大丈夫だったか聞き、その都度安堵していた。
「メロディーさんの旦那さんも無事でよかったですよ。それどころか大活躍でしたし!」
「あら、そうでしたの? 夫からは何も聞いておりませんでしたわ」
「あー……、旦那さんよっぽど疲れていたんでしょうね」
新種の魔物に投げられ、グラスアミメサーペントの頭のてっぺんに乗ってと疲弊しただろうし、私のように早く帰らなかったのだろうから、話す機会がなかったのかもしれない。
昨夜は冒険者たち、メロディーさんの旦那さん含め騎士の方々、治療院の皆さんもそれぞれが自分のやるべきことをやった。スタンピード戦では、学園生たちも戦ってくれた。
町にいる者たち全員が一丸となった戦闘だった。
しかも、一人も欠けることなく戻ってきたのだ。よかった。
「……シャーロット、今朝あのあと大丈夫だった?」
「あ、フェリオさん、サブマスとのことですか? 大丈夫ですよ、長めのお説教で済みました! むしろごまかしてくださって、とても助かりました。ありがとうございます」
フェリオさんからは今朝のことを気にかけられた。彼もカウンター業務中だったけど、少し手が空いたようで軽く聞かれた。
私はまったく問題ないことを強調して伝えた。
なにしろ、サブマスのお説教よりそのあとの王子とのティーパーティー……じゃなかった、聞き取り調査のほうが大変だった気がするからね。
「次の方どうぞー!」
私は列に並んでいた冒険者さんを呼ぶ。
「――……ぃ、おい娘よ。『列に並べ』とは、実に無礼! 早くこの障壁を解かぬと後悔するぞよ!」
ギルドカードを渡されたタイミングで、ギルドの隅から居丈高な声が聞こえた。
そこには障壁で囲まれた三人がいた。列に並ばないでずかずかとカウンターに来たから私が囲ったのだ。
けど、とりあえずほうっておく。……というか、さっきからずっと放置している。障壁内で偉そうに立っている魔族の人が私を睨みつけているけど、気にしない。
こういった手合いは、いつもならギルドの入り口まで撥ね飛ばしているけど、彼らはただの横入りにしては厄介な主張をしていたので、あとで話を聞くために囲んで逃げられないようにしているのだ。
今はカウンターでの用事を待っている人たちがたくさんいるので、その方々の用件を聞くのが先だ。
「はい……それではこちらは依頼主様からの注意事項です。目を通して、最後にサインをご記入ください」
今カウンターに呼んだパーティーの用件は、依頼を受ける前に別紙を確認してもらうよう、依頼人からの要請があったものだ。依頼を受ける前に、冒険者たちには念入りに確認してもらいたいとのことだった。
だから冒険者さんが確認するまで待とう。
その間、私は今朝カイト王子の言っていたこと――帝国の人がフォレスター王国に入ってきていて、その人は召喚石を持っていたらしいことをふと思い出した。
……帝国は、フォレスター王国側の人と手を組んで工作をしてきたのだ。
この国に何をしようとしていたのだろうか……。
それから、カイト王子がなぜか私にその件について質問してきたことも気になる。
――私がその帝国の出身だと知っているんだろうか。
ううん、まさか。私はこの国に入国してから、誰にもそのことを言ったことがないのに……。
う、う~ん、カイト王子とはしばらく会いたくないなぁ。でもまたこのあと彼はギルドに来るそうだけど……。
(そもそも私は同席しなくてもいいんじゃ……。二階にいるギルマスに通して、あとは一階に戻ってこよう。そうだ! 変な人たちを捕らえているんだし、私が見張っているほうがいいからそれを理由にしよう!)
それとも、「急に眠気が~!」と倒れ込んでおこうかな?
カイト王子だって、あの眠り薬入りクッキーを食べた私のことは不審に思っているだろうし。
まぁ、もちろん今も全く眠くないから全力で演技しないといけないのだけど……。
いや、待った。そもそも私を眠らせようとしていたことを考えると、カイト王子は私にこれ以上関わらせないようにしているのだろうから、きっとこれ以上は聞いてこないのではないかな?
そうだ、そうだ。私はあの帝国とはもう関わるようなことにはならない。うん、そのはずだ。
「ーい……、おーい、書いたぞって」
「え、あ! すみません……!」
ふと、目の前で呼ばれていることに気づいた。どうやら別紙の確認が終わったようだ。
私は書類を受け取り、他に記入漏れがないか確認する。
「昨晩大変だったから、疲れが取れてないんじゃないか?」
「え、いえ、大丈夫です。ぼうっとしてすみません。――では、いってらっしゃいませ!」
私はささっとその書類を処理して、冒険者さんたちを送り出した。
ふう、いけないいけない。さて、次は……あれ? 列がなくなっている。
さっきの冒険者さんが確認しているあいだに、メロディーさんとフェリオさんが担当してくれたようだ。
混雑しているように見えたけど、雑談を楽しんでいる人たちと、とある人物たちの成り行きを気にしている野次馬さんたちが残っているだけだったようだ。
そう、さっき変わった口調で私のことを「無礼」と睨んでいる人たちについて、ひそひそ語っているのだ。
どれどれ……。手が空いたので障壁で囲んだ三人に話を聞こう。
「さぁ、もう一度伺いますね。あなたたちは、どこのどなた様で、何が目的なんでしたっけ?」
私はカウンターから出て、障壁で囲んだ三人の前に立つ。
「何度も言わせるとは無礼千万であるぞよ、蒙昧なる受付よ。吾輩は、『魔王』である。列に並ばせるなどという物言いをするなぞ、恥を知らずと心得よ!」
「…………」
私がただの横入りたちをギルドの外へ追い出さず、しっかり囲んで逃げられないようにしたのは、こんな奇妙な言いがかりをつけられたからだ。
なんと、「魔王」と名乗る人が冒険者ギルドにやってきていた。




