021: メロディーさんとデート〈後〉
少し緊張が走る。
『探索』スキルでは、向こうが一人でこちらを尾けている、という反応だ。
私はメロディーさんにこっそりと、「あなたのことは私が守ります。変な人が尾けてくるから、正体を暴いてやりましょう」と言って協力を求めた。女性が言うセリフではないと思うけど、気にしないでおく。
人が少なめなT字路になっているところを正面の道にそのまま向かわず、わざと左に曲がって、ある程度距離を取ってから止まる。
他に誰かを巻き込んではいけない。だから人けがあまりなく、それでも大声を出せば誰かが気づくようなちょうどよい道を使う。
メロディーさんには、私の後ろに立ってもらった。
『探索』を使って、やってくる人との距離を測る。私の正面の通路が壁になっているので、これも利用しよう。
障壁魔法を使って、透明の壁を地面に垂直に立てて待つ。
案の定その人は、私たちが曲がった瞬間に、こちらへ向けて走ってきた。
そして角を曲がってその勢いのまま、透明障壁に激突。
普段はびたんと音がするけど、今回は予想どおり鎧を着ている音がした。間髪いれず勢いに乗って、私の正面、彼にとっては後ろの壁まで障壁を操って押し出す。計画どおり壁に叩きつけてやった。
どんっと音がして彼は壁に激突し、衝撃でくずおれる。
この町でよく見る鎧だった。
――この町の騎士が、女性二人を尾けまわすとは。何しているんですか。
「あ、あなた……」
「……め、メロディー」
メロディーさんが不審人物に話しかけ、それを受けて苦しげにメロディーさんを呼ぶ男性。
「あれもしかして……」
この雰囲気は……。
「夫ですわ」
やっぱりね。
「……くっ」
障壁で押しつぶした衝撃か、こっそり尾行していたことを妻に知られたせいか、彼は座り込んだままだ。
私はとりあえずどこから突っこもうかと考えて、大事なことから先にやろうと改めた。
「あの。メロディーさんの同僚のシャーロットです。すみませんでした!」
自己紹介をし、きれいに腰を折ってお辞儀した。
礼儀正しく見えるかな。
彼の反応は「……知っているとも」だった。
ですよね。騎士ならつい最近一緒に戦いましたよね。
でも、メロディーさんの旦那さんのこと、騎士の方としか知りませんでした……。
「なぜこちらにいますの? お一人かしら?」
メロディーさんが、尤もなことを聞いた。彼の勤務時間からして一人でいるはずない。
「ぅ、メロディー、が……誰かと二人で…………デートをしていると聞いた……」
視線を横に逸らし、情けない声で言う。
「はあ……」
メロディーさんはため息のような返事した。
「まぁ、デートといえばデートですね」
私は流れるようなしぐさで、メロディーさんの腰を抱く。
同僚にからかわれたのであろう旦那さんを、さらにからかいたくなったからだ。
メロディーさんより背が低いから、残念ながらかっこよく引き寄せたようには見えないだろうけど……。
ちなみに「デート」とは、初代王が王妃を連れて町々を歩き、そこの特産物を一緒に食べ歩いたことから始まっている……んだったかな。
旦那さんは言葉にできない顔をしていた。
「ほ、他に誰か男と会う約束でもしているとか……」
どういう確認なのか。
それにしてもその情けない格好、騎士として見つかったら問題だと思うんで、とりあえず立ってはどうでしょうか。
「ございませんわ」
「今までずっと私と二人ですよ。ちなみに、私が男に見えたわけではないんですね」
いくら細くて、お世辞にもグラマーとはいえない体格だとしても、男に見られたことは今のところない。それに今スカートだし。
「当たり前だ。君は、壁張り職人ではないか!」
旦那さん。ここの界隈はアクセサリー職人が多く住んでいますからね。本当の職人に怒られるんでやめてください。
――『探索』スキルも、一度会って強く個別認識しないと判別ができない。今回尾けてきた人物が「メロディーさんの旦那さん」だとはわからなかった。
スタンピードのとき魔物と間違わないよう、「アーリズの町の騎士」という分類にだけなっている。
町の住人を一人ひとり個別に認識していたら『探索』スキルがごちゃごちゃしそうだから、こういう方式にしている。騎士だけでもものすごい数だし。
でもまぁこれで次、尾け狙われてもすぐわかるようになった。
いや、もう尾けないでほしいけどね。
「もう、戻ることにする。すまなかった」
「いえ、こちらこそすみませんでした。一応……“きゅあ”」
仕方ないから治癒魔法をかけてあげた。今までで一番やる気のない言い方だったと思う。
「……気をつけて帰れよ」
「わかりましたわ」
彼は駆け足で去っていった。見回り中だったなら怒られてそう……。
今度は二人でゆっくりデートしてくださいね。
「――さあ! お茶をしに行きましょう」
日常茶飯事なんだろうか。切り替えが早いですよ。
――その後、おいしいお茶やお菓子を出してくれる人気のお店に入った。
「え、そちらも……食べますのね……」
「はい。こっちは赤いストロゥベルの実に、ブルーソースがかかって、甘酸っぱくておいしいんですよ!」
今日の昼は少なめにしていたのだ。メロディーさんと遊んできっとお茶もするから、と。パテシさんのところのお菓子を二個しか食べなかった。
メロディーさんは「飽きないのならいいのですわ……」と苦笑ぎみだった。
今は今。さっきはさっきですよ。
「それにしても、旦那さん面白い人ですね」
あの溺愛ぶりは見ていて楽しい。
旦那さんは『鑑定』スキルで見たところ、冒険者でいえばA〜Sランクくらいの実力者だった。
(騎士相手でも向こうが油断していたら障壁魔法で勝てる、ということがわかったのはいいね)
別に殴り込みに行くわけじゃないけど……。
「お恥ずかしいですわ」
「さっきのことは大丈夫ですよ。人の行き来が少ない場所だったし、誰も見ていないと思います」
ばれても尾け狙っていたのではなくて、奥さんに挨拶しようと近寄って、盛大に転んだことにすればいいし。――うん、障壁も透明のものにしていたから、よい言い訳だと思う。
流れで、メロディーさんと旦那さんの馴れ初めを聞いた。
メロディーさんは元々港町の生まれで、旦那さんが合同演習のためにその町へ来たことにより巡り会ったらしい。
旦那さんはアーリズの町を離れられないから、あわやこのままお別れかというところで、メロディーさんがこちらに移住することを決断。考え直せと彼に言われるも押し切り、その流れで結婚したとのこと。
何だかこれだけ聞くと、メロディーさんが押しかけ女房みたい。
さっきの様子だと旦那さんのほうが、メロディーさんと離れられなくてこの町に連れてきたって雰囲気だけど……。
「心配性なだけですわ」
そうですか。
私もそういう人が現れたら、追いかけるのかなぁ。…………なさそう。
「そういえば、あの魔族の方とはどうでしたの?」
「え!」
食べようとしたストロゥベルを落とす。大丈夫。皿に戻っただけだった。
「あ……あの方とは特にありませんにょー」
もぐもぐ。そういえば、魔王様を口実にダンスを断っていたんだっけ。
「あら、駄目でしたの。今までダンスに誘われた男性全員断ってらしたのに」
男性と踊ったら、後々面倒なことになりそうだからですよ。
その点魔王様には、ダンスに誘われることもなく誘ってもいない。あのお菓子風の魔物を収納してお国に帰ったので、とてもよいカモフラージュだった。――今考えると恐ろしいことだよね。
しばらくはギルドに来てほしくないなぁ。
「誘ってきた方々は、本命に断られたからこっちに来たのであって、私はただの二番目以下ですよー」
「勇気を出してシャーロットさんを誘っていた方もいらしてましたよ?」
メロディーさんは頼んだストロゥベルティーを飲んでいる。今度それも頼んでみよう。
「ははは。いやいや、いませんよー」
「はあ……」
彼女はやや納得のいかない表情をしていたけど、まぁ、事実だから。
そのあとは、「護衛依頼の処理が一番ややこしいかも」とか「スタンピードのときはギルドいっぱいに人が集まるものなのですね」と、取り留めない話をしてお店を去った。
外を見ると、先ほどテーブル山ダンジョン付近にあった雲がなくなっていて虹が出ていた。
テーブル山ダンジョンはただそこにあるだけでも十分きれいなのに、今日は虹もかかっていて、その下を青い龍族空軍が整然とくぐっている。
メロディーさんと、絶景の中の絶景だと見やった。
この町で見える美しい風景。
頂上が平らになっている山のダンジョン。
時に静かにたたずみ、時に町へ襲いかかり、恵みももたらしてくれる。
上級の魔物のスタンピードはさすがに恐れの対象で、次に来たときの対策をこの町は日々練っていた。
そうしてうまく付き合って暮らしている。
私もメロディーさんもそんな町の住人なんだ。
「…………だ……ディ……」
ん?
「なぜだ。もう帰っているとばかり……メロディー……」
…………旦那さん。
せっかく今日をきれいに締めくくろうとしたら、旦那さんが近くにいたよ。
そして、旦那さんの後ろから同僚ではなく、彼の上司が来ているのがばっちり見える。
私とメロディーさんの視線は旦那さんを素通りし、後ろから来る彼の上司の、真っ赤ですさまじい面持ちに集中していた。
こちらの話は、
コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』Chapter14 でも
似たシーンをご覧いただけます。
ご興味ありましたら、ぜひスマホにてご覧ください。
スマホサイト マンガよもんが 転生した受付嬢のギルド日誌
https://www.yomonga.com/title/883
お手数ですが、スマホで上記のアドレスをコピペしてご覧ください。




