206: 普段と違う午前の時間⑤ ~ちょっとのハプニング~
私はすぐに手を前に出した。
もちろん、障壁を張るためだ。
私たち見物人やその前にいる騎士たちだけでなく、その周辺で警戒していたすべての騎士たちにも被害がないよう広く障壁を張った。
肝心の馬車も守……。
――ドカン――!!
「あっ!」
間に合わなかった……!
振動が足に伝わり、障壁からは硬いものがぶつかっている音が聞こえる。
一瞬遅かった。一般人や、騎士の皆さんを優先していたら爆発してしまったのだ。
馬車の耐久値が上級の魔物並みだから、無意識に後回しにしてしまったのだろうか……。
爆発で舞った砂ぼこりで馬車がどうなったのか、目では確認できない。
しかし『探索』スキルで確認すると、予想どおり大丈夫そうだ。もちろん見物人や騎士の皆さんにも被害はない。
周囲では「何が起きた!?」「爆発!?」と騒然としている。
近くの三人も軽く悲鳴を上げたあと、きょろきょろと周りを窺っていた。
(さて、馬車は……)
今回は目くらまし用の爆発物ではなかったからか、砂ぼこりがすぐ晴れてきて馬車の様子もわかってくる。
爆発物が落ちた道はえぐれていたけど、狙われた馬車の外観は……、特に壊れていないようだ。
傷ひとつないどころか、えぐれた位置から考えても、さほど動かなかったように見える。
でも馬車はいいとして、それを操っていた御者の人はどうか……大丈夫だった。ちゃんと無事だ。
それに、真後ろで爆発していたにもかかわらずまったく動揺していない。
どうやら御者を任されるからには、救出しようとする勢力が現れても、余裕を持って対処できないといけないようだ。
今まで馬車にばかり気を取られていたけど、それぞれの馬車に乗っている御者さんたちも『鑑定』したら相当お強いことがわかる。
「シャーロットさん、ありがとうございますっす! す、すごいっす!」
「コトちゃんたち、怪我はなさそうかな? 本当にすごい馬車だね。御者の人も、今まで気づかなかったけど装備がガチガチで……」
「いえ、違うっす!」
私は馬車と御者について興味を持ったのだけど、コトちゃんは、いや彼女たち三人はそうではなさそうだ。
お目々をキラキラさせて私を見ている。どうしたのかな……?
「こんっなに大きな障壁をすぐ発動するってすごいっす!! さすがっすー!!!」
「あの丸いの落ちてきて、うちはすぐ反応できひんかったです。完全にぼうっと見てましてん!」
「障壁もまったくひびが入ってないですね!」
どうやら障壁の発動スピードや強固さに目を奪われたようだ。
三人の視線が私に刺さる。
でも、馬車を残してしまったから反省点はあるんだけどね……。
一方のフェリオさんも別のことに興味を持っていた。
「あの爆発物、たぶん風の魔石と氷の魔石が組み込まれている……。圧縮していた空気を一気に……、同時に氷も出して対象にぶつけ壊…………あ、シャーロット、ありがとう」
ぶつぶつ呟いていたけど、途中で我に返っていた。
ひとまず、皆が余裕を持てるくらい安全に守れてよかったなぁ。
さて肝心の犯人は……、もう捕まっている。
いったい何がしたかったのだろうと思うくらい、あっさり捕まっていた。
障壁の前で押さえつけられているから、もしかしたら逃げようとしたときに私の障壁にぶつかっちゃったのかもしれない。
なんだかごちゃごちゃと言っているなぁ。
「放せ~! くそっ、あんっの漬物屋どもめーー!!」
え……。
伯爵家の四男を助けにきたと見られるあの爆弾魔――。
「漬物屋」って言った?
漬物屋ってあの? 召喚石事件と関係のある……いやいや、爆弾魔は「漬物屋ども」と叫んでいるし、漬物を売っている店はたくさんある。
でも「すべて失敗したのは全部あいつらのせいだ!」とわめき散らしているのはどういうことなのか……。
(すぐに召喚石事件の漬物屋と関連付けるわけにはいかないけど……怪しい)
私は騎士団が囲んでいる様子を見ながら、いろいろ考えを巡らせた。
注意深く耳もそばだてたけど、犯人の口はすぐに塞がれてしまい、これ以上の情報は得られなさそうだ。
そんなとき、私の目の前が陰った。
「君が『壁張り職人』のシャーロットか。先ほどは障壁で爆発を防いでくれたようで感謝する」
「え、いえ。……って、あ、あなたは……領主様!」
どうしよう。話しかけられちゃった。




