呪われた遊戯集
恐らく、この会場においてオフィーディアを味方する者はほとんどいないだろう。
正気を保ってそうな者たちというのは、そもそもがオフィーディアを嫌っているような者たちなのだ。
(恐らくは、この瞬間が分水領。
ここで彼女を止められなかった場合、彼女の行う洗脳の類が、学園から王城へ……やがては国を覆いますわね。
そうなれば、この国は終焉を迎えるコトでしょう)
あるいは、彼女がこの世界すべてを掌握する魔王として君臨する未来もあるかもしれないが、その想像はどうでも良い。
(……イチかバチかの賭けも、分の悪い賭けも、嫌いではありませんが……)
オフィーディアは、婚約者であるイルニクリスにも言ったことがなかったのだが、ギャンブルが好きである。
お忍びで国営カジノはもちろん、マフィアが仕切る裏カジノにすら顔を出して遊ぶことがある。
カジノ以外の場でも、清廉潔白な顔とは別に持つ裏の顔でお金を賭けた卓上遊戯などを興じることも少なくはなかった。
その趣味が高じて裏社会のマフィアたちと仲良くなっていたりするのだが、それはさておく。
(……賭け事、賭け事……か)
そこで、ふと脳裏によぎることがある。
ギャンブラーたちが求めるという古代遺失物。
所詮は噂であり、そんなモノは発掘者を中心に、その後ギャンブラーの間に広まった都市伝説の類だろうと、思っていたのだが……。
大昔のギャンブル好きの王が作ったとされる、人生を賭けた勝負を行う為の玩具箱。
それを用いて挑まれたギャンブルには、己の人生を強制的にベットさせられてしまうという伝説の秘宝の一つ。
(対戦相手の人生を奪う……それが、洗脳を意味するのであれば……)
あくまで可能性でしかない。
それに、本当にこの手の古代遺失物が実在していたとしても、これを使って学園を掌握するのは並大抵のことではない。
(勝ち続ける運と実力が必要。逆に備えていれば、今のこの不可解な状況を作り出せなくもない、ですわね)
洗脳や精神操作系の古代遺失物は、使用にあたる代償が大きいものが少なくない。
だが、噂のギャンブル用古代遺失物であれば、敗北の代償こそ大きいが、勝ち続ける限りコンスタントに人を洗脳していくことを可能とする。
(……よし)
オフィーディアは、そのギャンブル用古代遺失物が実在すると仮定した上で、その保有者を目の前にいるディトリエだと重ねて仮定する。
決意の次に必要なのは覚悟だ。
結婚するよりも先に、この国の命運を背負ってしまった気がするが、それを自覚する余裕があるだけマシだと言えよう。
(その本性、引きずりだして差し上げます)
背筋にゾクゾクとしたモノを感じながら、オフィーディアはわざとらしく息を吐いた。
(ああ、こんな状況だと言うのに、少しだけワクワクしている自分がいますわね)
それを認めながら、オフィーディアはディトリエを見た。
「ディトリエさん。つまらない茶番はお止めになって。
とっとと伏せたカードを開いてくれて構いませんのよ。それを使ってわたくしのコトも洗脳した方が手っ取り早いのではなくて?」
これでディトリエが洗脳の類を使用してなかったのならば滑稽だろう。
だが、間違いなく何かしら使っているという根拠のない確信が、オフィーディアにはあった。
「……何のコトですか?」
僅かな間からの解答。
加えて、突如感情が抜け落ちたかのような表情になった。
取り繕うのがヘタなのか、わざとなのか――どちらにしろここで踏み込むしかないだろう。
「こう見えてわたくしギャンブルが得意なのですよ」
こちらの推測通りの古代遺失物を保有しているのであれば、これを言われて乗ってこないはずがない。
「へぇ……」
ディトリエの口の端がつり上がる。
それを見て、オフィーディアは相手を釣り上げることができたのを確信した。
「わたくしがここでどれだけ足掻こうとも、貴女に洗脳された人たちによって舗装されてしまった道を無理矢理歩かされるだけでしょう?
どうせ人生を台無しにされてしまうのでしたら、人生丸ごとベットして貴女に挑ませて頂きますわ。
そういうのお好きでしょう? 同類さん?」
「グッド。その台詞忘れんなよ」
瞬間――イルニクリスに絡めていた手を解いて、ディトリエはこちらを見て狂ったような笑顔を浮かべた。
「あら。ぶりっこしてるより、今の姿と言葉の方がよっぽど魅力的よ貴女」
オフィーディアの言葉が聞こえているのかいないのか、ディトリエは返事もせずに手近にいた参加者に声をかける。
「そこのテーブルの上、片づけて」
彼女の指示に、イルニクリスとともに伯爵家の令嬢と子爵家の子息が従う。
三人とも、ディトリエみたいなタイプに従うような性格ではないはずだが、やはり洗脳されてしまっているのだろう。
そしてテーブルの上に置いてあったモノはどかされた上で、テーブルクロスも剥がされ、格調高い木製のテーブルが姿を見せた。
「邪魔だからみんな離れて」
ディトリエの言葉に従い、周囲にいた人たちがテーブルから離れていく。
「良いもの見せてやるよ、オフィーディア」
片づいたテーブルを見ながら、ディトリアが不敵に笑う。
どこから取り出したのか、いつの間にかその手には、複雑な文様が彫り込まれた六面体がある。
「目覚めな、呪われた遊戯集」
ディトリアが名前を呼びながら、それをテーブルの上に放り投げた。
(存在していたのですね……呪われた遊戯集、まさか本当に……)
これこそが、ギャンブラーがこぞって欲しがるという古代遺失物。
テーブルの上で立方体が開き、中からシルクハットとタキシードを身につけた愛嬌ある案山子の玩具が姿を見せる。
同時に、テーブルを中心に結界のようなモノが展開し、オフィーディアとディトリアを包み込んだ。
「この結界の中じゃ暴力は御法度だ。
武術も魔術も役には立たないってのは覚えておいて。
ま、自害はできるけどね。生き恥さらしたくないってんなら、降参した上でとっとと死ぬってのも悪くないかもよ」
理解不能な思考回路を持つ古代人たちが作り出した、現代人からすれば理不尽なチカラを持つものばかりの古代遺失物たち。
そんなものが作り出した結界の中で定められたルールを破るというのは、何が起こるのか分からず恐ろしい。
使用者がディトリエとはいえ、オフィーディアはその警告を素直に受け取ることとする。
オフィーディアが警戒心を高めながら身構えていると、テーブルの上に現れた愛らしい案山子は身体を起こし、こちらへ向かって一礼した。




