反抗期ですかそうですか
「おや?今日は一緒に来たんですか?」
「あ、うん。ちょっと…」
シーヴァが昼過ぎに王宮を訪れた私の背後を見て軽く目を見張った…と思う。奴の顔面表情筋は使われたことがあるのかというほど退化、もとい使用が不可になっているから分からん。
そんなシーヴァを驚かせた?のは我が養い子であるジョシュアだ。
私のローブの後ろをきゅっと掴んでいる姿は通りかかる女官さん達や警備中の兵士達など見る者をホッコリとさせている。
いつもならお留守番のジョシュアが王宮に来たのにはあるわけがあった。
「あぁ、そういえばあなたが前に言っていた物の試作品ができたそうですよ。魔術師長に聞いてみてはいかがです?」
「ホント?ならこれから…」
「だめ!」
後ろから可愛らしい抗議の声が入った。
親バカならぬ養い親バカなのは分かってるつもりなんだけどやっぱり可愛いな、ジョシュアよ。でも本人は至って大真面目なので笑ってはいないけど。
「サーヤ!お仕事もうダメ!!」
「今日のは違うよ。ほら、シーヴァにご挨拶は?」
いつもなら家に押しかけてくるユアンやシーヴァ、時々リヒャルトに自分から挨拶したり、話しかけたりする良い子だろう?それが今日は目すら合わそうとしない。
「イヤ!ねぇサーヤ、もう帰ろ?早く帰りたい」
「ならシンを呼ぶから一緒に…」
「サーヤも一緒なの!」
昨日近所の子達との遊びから帰ってきてからの甘えた坊主の襲来だ。今までが本当に幼稚園児かと思うほどの聞き分けのよさだっただけにちょっと驚いた。ウソ、かなり驚いた。
「どうしたんだよー。何かやっぱりあったのか?」
「ないもん!ないったら!!」
「あー分かったから服をそんなに強く引っ張るな」
「帰るのー!!」
とうとう泣き出し始めた。
そんなに私が王宮で仕事するのが嫌か?私もできればしたくないけど。私の理想はジョシュアが魔王を倒すまでのんびりと街中で暮らすことです。早く実現させたいもんだわな。
「あ!!いたっ!!!」
……おいおい。今はジョシュアのことで頭がいっぱいだってのにあんたのことはキャパオーバーだよ?だから大人しくとっととさっさと今すぐ神殿へお帰りください、巫女姫サマ?
長ったらしい廊下の向こうからドレスの裾をたくしあげて猛烈なスピードで走ってくるゆりあを見て私は憂鬱度MAXになった。
今日はアレか。厄日か。
「ちょっと!!なに!?この地味な服!」
シーヴァの片眉がピクリと上がった。傍目には分からないけど分かってしまった。
そりゃ怒るわな。この国最高品質の絹でできたドレスを地味って言われちゃ。しかも一見なんの意匠も施されてないように見えるけど、その実、裾の方にはとても丁寧な透かしが入ってる。
なんで分かるかって?そりゃあ街で暮らしてるといろんな仕事の人と出会うからねぇ。自然と目も肥えるって話さ。
そして何故それを私に訴える?
「なんであんただけ優遇されるの!?この世界はゆりあのためのものなのに!」
おーい。今まであなたって呼んでたのに本性ですか?それ、隠せなくなった本性ですか?しかも自分のもの発言って…ぷっ。笑える。
さーて、ジョシュア?ちょっとお耳塞いでおこうか。
「この世界があなたのもの?それはとんだ勘違いですね。そもそもあなたは異世界人。それも本来ならば生け贄の身。今なお五体満足衣食住なんの問題もなく生活できているのは陛下のご温情に他ならないというのに。随分と国庫の金を使いあさってくださったようで」
え、と。どこからツッコメば良いのかな?
「い、けにえ?……なに、それ。私、そんなの、しらな…」
「君、本当に何もこの国のこと知ろうとしなかったもんね。君を召喚した女神様、彼女が何を司っているか知ってる?」
なんとなく話の先が読めたような。側に立つシンに目を向けるとスーっと目を背けやがる。ビンゴか。
「知らな…」
「彼女が司るのは“死と生け贄”だよ。きっと君を魔王封印の礎にしようとしたんじゃないかな?」
「じゃあ何か?その女神サマはゆりあを人柱にしたてるために呼んだってこと?」
「まぁ簡単に言えばそうだね。まさか自分のもの発言するまで驕りがすぎるようになるとは思わなかったけど」
突然現れたユアンに驚かない私。もう慣れた。
「ねぇ、神殿騎士の件や今までの浪費癖。本来なら厳罰ものなのに何故君を操ってた公爵にしか罰が下らなかったと思う?みんな君に同情してたのかもねぇ。いつ気が変わって差し出されるか分からないから」
ジョシュアや。私達、シンで良かったね。神様界の中間管理職バンザイ!
ゆりあが真っ青通り越して真っ白になってガクガク震えている。そりゃあ、怒らせちゃならん二人を怒らせてるんだから仕方ないか。同情はすまい。全て己の行動と発言のせいだ。
「でも今回はサーヤ達がいるから人柱はいらないし、正直君、いらないんだよね。でも一応女神様の呼び出した相手だし、失礼がないように神殿が預かっているだけで」
「本来ならサーヤ達の方が王都に、むしろ王宮に住んでほしいくらいです。あなたは単なるオマケですよ」
「神殿側も君には辟易してるんだよね。いっそサーヤを巫女姫にすれば良かったと思うよ。……うん、我ながら良い考えだと思う。ねぇ、サーヤ?今からでもならない?」
「丁重にお断りします」
「えー残念」
それは使い勝手のいい駒をすぐに呼べる範囲に置いておきたいからですよね?そんなの絶対イヤだ。それに巫女姫なんてガラじゃないし、今の生活で十分満足してる。
「………………なんで。なんであんたばっかり!」
どーん!
「きゃっ!!」
……………何が起きた?
私とシン、ユアン、そして珍しくも本日二度目のシーヴァ驚きの行動。
目の前には尻餅をついたゆりあとその前に今にも泣きそうなジョシュアが足を踏ん張らせていた。




