逃げるよ!
図らずも如月の答えに大きく反応を示してしまう。
結婚、その高校生に似つかわしくない単語は瞬く間にクラス中の人間の興味を集めていく。
しかも俺の近くには元々校内でも一番と言っていい程の有名人が居るんだ。
その事実がまた注目に拍車をかける。
「ちょ……雄太郎、声でかいから!」
周りを見渡しながら慌てて如月は俺の口を手で押さえる。
「すま……」
謝罪をしようと思った刹那、既に色々と手遅れになっていることに気付く。
「え……今結婚って言ってたよね?」
「時目、じゃなくて如月さんってまさか……」
「一緒に居る井口って確か中学同じだったんだよな?つまりそういうこと?」
「マジかよ……ワンチャンあると思ってたのに」
そこら中から聞こえてくる噂話。
男女関わらず皆訝し気な視線を向けてくる。
マズい状況だと言うのは言うまでもないだろう。
このままじゃ俺たちの弁明すら待たずにどんどん疑惑は広がっていってしまう。
いや疑惑ってか……もう確信の域にまで達してないか?これ。
一応補足しておくがそんな事実は欠片として存在しない。
何の因果があって如月と結婚する事になるんだ俺が。
同じ中学だった?それだけで理由になるなら世界の結婚率はもっと高い筈だろう。
……最も疑う要因になるのは否めない。
どうしたものか。と俺は僅かな時間の内に全脳細胞をフル稼働させて打開策を探す。
少しでも見苦しい言い訳をする分だけ状況が悪化するのは自明の理だ。
一先ず落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。
こういう時は原点に立ち返って考えてみるべきだ。
きっかけは何気ない一言だった。
ただ普通に一人暮らししたい理由が結婚で、それに対して過度なリアクションをしてしまったんだ。
……言うほど何気なくも無いが置いておこう。
落ち着いて、冷静に、客観的に説明すれば納得してもらえるんじゃないか?
ていうか下手な嘘を付くよりかは何倍もマシだろう。
説明を終えた上で囃し立てるような奴らは放っておけばいい。
俺は椅子から勢いよく立ち上がってクラス中の人間を見据える。
彼らは驚きながらも黙ってその様子を見つめていた。
皆息を飲んで、俺の言葉を待っているのだ。
無言ながらも次々と滝のように流れてくる心の声を聴きながら意を決する。
(え?急に立ち上がった?)
(何か言うつもりなの?婚約発表?)
(まさかもう結婚どころか既におめでたとかいうオチじゃ……)
おい三番目。
不躾すぎる疑念に心の中で突っ込みつつ、俺は毅然として弁明を始める。
「皆、これはだな……」
と口を開いた瞬間だった。
俺の腕が、勢いよく何者かによって引かれる。
何者と言ってもこの状況で掴める人間なんて一人しか居ない訳だが……
そいつはアイドルに相応しいよく通る声で叫ぶ。
「一回逃げるよ!雄太郎!」
「……はい?」
間抜けな声を上げた瞬間に如月は勢いよく教室を飛び出す。
必然的に俺も後を追う、追わされる。
がっしりと腕を掴まれているため抵抗の仕様も無い。
俺の向き合おうとする意思に反して、如月が取った行動は逃亡だった。
確かに場合によってはアリかもしれないが……
少なくとも疑いを晴らしたいという面においては最悪の選択だろう。
クラスの奴らからしてみれば、やましい事があって逃げたように見えても不思議じゃない。
しかも……
「おい如月!ちょっと待てって!どこまで行く気だお前は!」
「今は人のいない所まで行くしかないでしょ!?」
引きずられながら廊下で会話をする俺らだが、当然そこにも生徒はごまんと居る。
むしろ逃げることによって目撃者が増えてるんだ。
幾重ものざわめきが俺の心を鈍く揺らしていく。
姿勢が姿勢なだけに額から伝う汗を拭くことすら出来ない。
何だろう……予想以上に取り返しのつかない事になってるんじゃ……
最終的に元アイドルの美少女が同じクラスの男子を引きずり回すと言う異様な光景は、高校内の伝説として数年以上語られ続ける事になる。
同時にこれがきっかけで俺の周りにまた面倒くさい美少女が増える事にもなるが……まだ先の話だ。




