第77話
それは春だった。外では桜が舞っていた。
あたしはプリントの束を届けなくてはいけなくて、生徒会室を探してた。けれど、当時の生徒会室は、札を入れ替えるタイミングだったため、新入生のあたしには、場所を探し当てることは不可能であった。
そんな時に声をかけてきたのが、彼女だった。
「こんにちは」
ひょこりと顔を覗かれて、すくみあがったのを覚えてる。上靴の色を見て、すぐにその方が先輩だと気づいて、さらに恐怖したのをなんとなく覚えてる。
「なんか探してる?」
「……あ……あの……生徒会室……」
「あー! だよね! 教える教える! それ半分持つよ!」
「いいいいいや! これは、あたしの任務なのでっ……」
言った途端、靴の紐に足を引っ掛けて書類をばらまいた。あたしは羞恥心と恐怖でパニックになり、慌てて書類を拾い始めたのだ。
「す、すみません! すみません!」
「大丈夫、大丈夫」
その先輩は親切にも、落ちた書類を拾い集めてくれた。
当時のあたしは、中学校で酷いことをされたこともあり、先輩というものが怖かった。だから、この先輩のことも怖かった。そんなあたしを見て、彼女は苦笑しながら聞いていた。
「ね、私怖い?」
「え!?」
「すごい怯えてない?」
「いや、その、ちゅ、中学の時に吹奏楽部に入ってたんですけど……一つ違いの先輩から虐めに近いスパルタ教育を受けまして……」
「一つ違いってだけで? それは怖いねぇー」
「あの、す、すみません……、口下手で……」
「いや、口下手関係ないでしょ」
その先輩は気さくな感じで、俯いてばかりのあたしと喋ってくれた。
「……部活もう入った?」
「え……?」
「もし入ってないなら料理部おいで。みんな仲いいから」
「……料理部ですか?」
「私もいるよ」
髪が綺麗な、モデルみたいに体型の先輩が、笑顔であたしに振り向いた。
「西川リン。私の名前」
歌が上手で、トークが面白い、あたしが唯一憧れた、尊敬した、敬愛なる先輩。
「ツーゥ」
2.5次元歌い手グループ、Re:connectのリーダー、白龍月子の中の人。西川リン。
人の目を気にして6年間連絡を無視しても、そんなあたしを想い続けてくれた、かなり変わった最愛の人。
「なんですか?」
「呼んだだけ」
「なんですか」
「んふふ!」
「……リンちゃん」
「うん。なーに?」
「大好きだよ」
リンちゃんが無表情で黙った。
「なんて、言ってみただけ」
「……」
「んふふ」
「……いや、お前さ」
「んふふー!」
「ねえ、なんでそんな可愛いことするの? 外だよ?」
「んふふふー!」
「ねえ、抱きしめられないじゃん。いや、私はいいんだよ。ツゥが嫌がるんじゃん」
「リンちゃん」
「なーに?」
「なんだと思う?」
「こいつぅー!」
「あはははは!」
手を握り合って、身を寄せ合って、耳に囁かれる。
「愛してるよ。月子」
「あたしも、愛してる。リンちゃん」
「……なんか、こういう感じの歌、作りたいかも……」
「お店で考える?」
「だね。そうしよう」
夜空の星が輝く。
「あ、見て、ツゥ。今夜満月だ」
「丸いねぇ」
「たい焼き食べてるツゥのほっぺみたい」
「あたしあんなに丸くないです」
「お! そう言うなら試してみよっか? 帰りにたい焼き買って帰ってさ!」
「望むところです!」
「味はクリーム?」
「リンちゃんはチョコでしょ?」
隣にいるリンちゃんと目が合えば、笑ってしまう。この時間が愛しくて、尊くて、リンちゃんと手を繋いで、歩き続ける。
家に帰ったら動画素材の整理だ。明日は編集だ。そして動画が仕上がったら投稿して、数字を見て、撮影して、繰り返す。そんな日常が楽しくて仕方ない。
次は、どんな動画を編集できるかな。
Re:connectは、目が離せないグループだから、しっかり見ておかないと。
リンちゃんを、このグループを支えられる、立派な動画編集者になるために。
「ところでさ、ツゥ。配信のタイトルどうしようかなって悩んでるんだけど、一緒に考えてくれない?」
「どんな内容ですか?」
「ピリィちゃんとのなれそめをピリィちゃんと話していく、そんな配信」
「ボイチェンつけるからね?」
「もちろん」
「……新たな試みとして、ピリィちゃん視点のタイトルにしてみたら?」
「例えば?」
「例えば」
あたしは配信タイトルを提案した。
ウチに所属した歌い手グループのリーダーが元カノだった件について END




