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第73話

『あー、もしもし、接続してますか?』


 白龍月子の声に、黄色の悲鳴が上がった。


『え? もしかして、あの横浜アリーナに接続してるの? ミツカ、どうしよう。横浜だってさ!』

『ちょっと、月子! ライブが始まるんだから、可愛い女の子を探そうとしないの!』


 ミツカさんの声に、野太い悲鳴が上がった。


『いや、そんな、探そうとなんかしてないよ!』

『ナンパしにきてるわけじゃないの。私達は、ライブをしに来てるの。もー、ゆかりんもなんか言ってやって』

『うわ、何この水着ー! 超可愛いー!』

『秋始まるよー!?』


 ゆかりさんの声に、歓声と笑い声が上がった。


『そろそろ秋始まるよー?』

『ね! エメちもそう思うよね?』

『どうしよう。私。二児の母なのに……』


 エメさんの声で、低い声達が騒ぎ出した。


『いえーい! エメち、超似合ってるー!』

『やっぱりー?』

『ちょっと、みんな、ちゃんとやるよ!』

『あ、そこの女の子、良かったら今夜俺と一緒に……』

『言わせねーよ!?』

『ちなみに、今日はぽぽちゃんとぷぷちゃんもきてます』

『いえーい! 見ってるぅー!?』

『ねえ! やるから! ねーえ! やるよ!』

『はいはい。やるやる』

『ほら、ミッちゃん何やってるの?』

『やるよー?』

『なんで私があしらわれてるの!?』

『それでは、みんな、接続準備!』


 ペンライトがBluetoothに反応して、光り出す。


『『完了』』

『最終ステージ、横浜アリーナ、いっきまぁーす!』


 オープニング終了。音声は少し違うが、流れは今までと同じ。3Dモデルのメンバーが現れ、曲に合わせてダンスを踊り、二曲目から実写が現れる。叫ぶ声。歓声。拍手。輝くペンライト。合間のフリートーク。バタバタと移動しまくるメンバーを撮っていると、高橋先輩に肘で小突かれた。


「お前、もう行け」

「え?」

「聞いてるんだろ? 舞台裏、三日間でだいぶ撮ったから、素材足りるから」

「……でも、まだ七曲目……」

「いいから行けって」


 高橋先輩にカメラを奪われた。


「楽屋」

「……すみません。行きます。……ありがとうございます!」


 そう言って楽屋へ走ると、見たことない衣装がハンガーにかけられていた。


(……何これ)


 はくりゅうの嫁、と手書き風に書かれたパーカーと、サングラスとマスク。


(……炎上するよ。リンちゃん)


 パーカーを着て、サングラスとマスクをして、会場へ歩いていく。案外、サングラスをしていても会場は見えるものだった。


(ここか)

「あっ」

「あ」

「……月子ちゃん?」


 目をキラキラ輝かせたリンちゃんのお母様が、ペンライトを持って立っていた。


「違った! あはは! ここではピリィちゃんだった!」

「……こんにちは」

「あのね、リンからね、あ、違った。月子からね、これ、ペンライト、ピリィちゃんにって」

「あ、はぁ」


 ペンライトを点けてみる。うわあ、すごい。Bluetoothに繋がって、曲によって色が変わる。


(すごいな。遠いと思ったけど、モニターからよく見える)


 激しいパフォーマンスや、フォーメーションも。


(エメさん……)


 痛いはずなのに、笑顔で、かっこよく、歌って、踊っている。


(これがRe:connect)


 改めて、このグループの凄さを思い知った気がした。あたしたち運営部は、ひょんなことから宝物を手に入れているのだ。


(このグループはもっと大きくなる)


 想像できないくらい、大きくなる。


(だって、こんなに素敵な、パフォーマンスを見せることができるんだから)


 白龍月子がかっこいい。

 黒糖ミツカが可愛い。

 紫ゆかりがセクシー。

 木陰エメが美しい。


 全員が輝いている。だけど、このメンバーについていこうとする新人も、また負けていないのだ。


 グループの曲が終わり、十四曲目。ソロ曲の始まり。リフトに乗った白龍月子がアカペラを歌うところから、スタートを切る。


 ペンライトが派手に振られた。白龍月子ファンにはたまらない。音楽がスピーカーから流れ、白龍月子が合わせて歌い出す。うちわが振られる。手を振って! ウインクして! 投げキッスして! 


「月ちゃーーーーー!!」

「大好きーーーーー!!」

「愛してるーーーー!!」


 ファンの声が轟く。


「白龍ーーーーー!!」

「ぎゃーーーー!! 目が合ったーーーー!!」

「うぎゃああああああ!!!」


 ファンが泣く。悲鳴を上げる。コールをする。一緒に盛り上げる。一緒に空気を作っていく。胸が熱くなる。彼女のいるグループを、支えられていることを、心から、光栄に思う。


 リフトが近くまで来た。そこで曲が終わった。すぐ近くにいるファンたちが必死にペンライトとうちわを振った。


『えーと』


 白龍さんがその場で喋り出した。


『皆さんに、お願いがあります!』


 ファンたちは耳を傾ける。


『ちょっとした、ほんのちょっとした、歌をですね、ちょっと、とある人に向けて、歌いたいんですけど、今、歌ってもいいですか?』


 ファンたちから、温かい拍手が起きる。


『すみませんねぇ。えっと、じゃあ、お付き合いお願いします。えー……と』


 リフトが移動され、上に上がった。そして、


『最近パートナーシップを交わした、俺のお嫁さんへ』




 目の前で、歌い出した。




『ハッピーバースデートゥーユー♪』


 音楽はない。


『ハッピーバースデートゥーユー♪』


 それはただのアカペラ。


『ハッピーバースデー、ディア、ピリィちゃーん♪』


 リンちゃんの薬指につけている指輪が、照明で光っている。


『ハッピーバースデートゥーユー♪』


 リフトの影から——九本のバラの花束を持ち、あたしに差し出した。


『愛してます』


 手を握られる。


『これからも、ずっと一緒にいようね』



 ——驚きすぎて、頭が真っ白になった。

 ——忙しすぎて、帰って、落ち着いたらご飯でも連れてってもらおうかなって思ってた。

 ——こんな形で、当日に、祝ってもらえるとは——思ってなかった。


(……ちょっと待って、こういう時、言われた側ってどうしたらいいんだろう?)


 何か言うべきなのか? それとも、抱きしめる? いや、ファンの前で、推しのアーティストを抱きしめるのは言語道断な行為。


(えっと)


 薔薇を受け取って、


(えっと)


 あ、薔薇の中にマイクがあった。


(えっと)


『……ライブ中です』


 あ、ボイチェン付きだ。助かる。


『仕事してください』

『あ、ごめんなさーーーい!!』

『でも……ありがとうございます』


 サングラス越しからリンちゃんを見つめて、マスク越しで、笑みを浮かべる。


『あたしも愛してます』


 ——温かい拍手を、皆様、ありがとうございます。これはリンちゃんの配信で言わないと駄目だ。ごめんなさい。ライブ中に。本当にごめんなさい。だけど、本当に、沢山手を叩いてくださって、ありがとうございます。


 リンちゃんが少しだけ、あたしに身を寄せた。


『これ、九本あるんだけど、九本の薔薇の花言葉知ってる?』

『なんですか?』

『知ってる人ー』


 リンちゃんが手を挙げ、ファンを見回す。


『みんな覚えて、ぜひ恋人に使ってくださいね。九本の、薔薇の花言葉は、「いつもあなたを想っています」、または、「いつも一緒にいてください」』


 リンちゃんがあたしの手からマイクを取り、マスクで隠れた頬にキスをしてきた。同時にファンの叫び声がドーム中に響き渡り、リフトが下がっていった。


『まだまだライブ続いていきますよー! 楽しんでいきましょーーー!』


 音楽が流れる。また白龍さんが歌い出す。貰った薔薇を見下ろす。横を見ると、——お母様がにこにこしていた。


「仕事だよね? 預かっておこうか? あとで返しておくから」

「……すみません。お願いできますか?」

「はーい」


 お母様に薔薇を預ける。


「お仕事頑張ってね」

「……はい」

「お誕生日おめでとう」

「……ありがとうございます」


 サングラスをつけたまま、その格好の姿のまま会場から抜け出した。途中で女子トイレに入り、パーカーを脱ぎ、マスクとサングラスを外し、今ピリィちゃんから荷物を預かりました、というスタッフの顔で女子トイレから出ていき、楽屋に戻り、ハンガーにかけた。


「……」


 さっきのところ、映像として記録されてたかな? もし、素材があれば、


(一人で見たいな。にやけちゃうから)


 ——時計を見た。そろそろだ。


(まだライブの見せ場は終わってない)


 まだまだ前振りでしかない。


(みんなが今回のライブで観たがってるのは)


 Re:connect、新人メンバー公開ライブオーディション。


(撮影に行かないと)


 あたしは舞台裏へ戻っていった。



(*'ω'*)



 高橋先輩があたしを発見する。


「遅いぞ」

「すみません」

「構えろ」

「はい」


 構えると、そのカメラが——ふらつくエメさんを捉えた。



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