第72話
二日目、大阪ライブ。
『接続準備!』
『『完了』』
『大阪へ、いっきまーす!』
三日目、名古屋ライブ。
『みんなで煮込みうどん食べたんですよ』
『食べた〜!』
『注文する時に煮込みうどんの人ってこう手をね、挙げてもらったらね、エメちだけ違うんですよ』
『エメち何頼んだんだっけ?』
『味噌カツ』
『いや、あのね、一口いただいたんですよ。……まじで美味かった!』
『同調圧力に負けなかった末の結果だよね!』
『さすがママ!』
『母は強い!』
無事にライブが終わったその夜——エメさんが熱を出した。
「——熱さまシート買ってきました!」
「ありがとうございます」
佐藤さんがあたしからシートを受け取り、エメさんの額につけた。
「エメさん、ゴミ箱ここに置いておきますね」
「……」
「熱は?」
「三十八度以上です」
「……」
「藤原さん、明日もありますよね? 先に寝てください」
「交代で見ませんか? 子供達はリカさんが見てくださってますし」
「ですが……」
「ここは手分けましょう。明日は最終ステージです。今までよりもトラブルが起きやすいですし、佐藤さんに倒れられたら大変です」
「……わかりました」
「あたし、仕事があるので、佐藤さん、先に寝てください」
「お願いします」
佐藤さんと二時間交代でエメさんを看病する。明日も始発で行った際に、エメさんは点滴を打ちに行った方がいいかもしれない。
(ライブの近くの病院も調べておこう)
病院のURLを、佐藤さんのLINEに送った。
(*'ω'*)
なぜ連日始発なのか。全員、リハーサルを欠かさずやるからだ。場所によって、ステージの形が全く違う。一度のミスも許されない。リハーサルだけではない。ダンスの練習も、声出しも、本番までしつこく行うのだ。しかし、流石にメンバーにも疲労が見える。
(皆さんの限界の顔、カメラで写すことを許してください)
スタジオで休憩中のメンバーのぐったりしている様子を写し、——エメさんに限っては、点滴と、足にサポーター。痛みと熱で苦しむエメさんをカメラで写す。
(ごめんなさい、ごめんなさい)
汗を流し、辛そうなエメさんを記録に残す。
(ごめんなさい、ごめんなさい)
「休憩終わり」
白龍さんがエメさんの近くに寄る。
「エメち、今から練習するけど、点滴終わってからでいいから」
「……ごめんね」
「もう一踏ん張りだから」
このシーンも、もちろん撮ってる。メンバー同士の友情なんて、とても燃えるじゃないか。
「練習始めるよー!」
疲労困憊のくせに、白龍月子ははきはきと指揮を取る。歌とダンスの先生付きで、三人は先に練習を始める。エメさんは点滴が終わるまで眠った。
10時。別スタジオにて、サクラ梅合流。
「おはようございます!」
顔が青くなっている。
「ほ、本日は、よ、よ、よろしくお願いいたします……!」
「早速ですが、あいさつのカットを撮っちゃいますね」
「はい……!」
「はい、では、……サクラさん、おはようございます!」
「おはようございます……」
「緊張してますか?」
「すごい、緊張してます……。でも、やるべきことは全部やってきたと思ってます」
「応援してきた皆様へ、メッセージをお願いします」
「はい! ……えー、TikTok LIVEなどでも、色んな方から応援してるよ、とか、絶対大丈夫だよとか、色んなお言葉をいただきまして、このオーディションライブのために準備をしてきました。絶対にRe:connectに入るために、最高のパフォーマンスをお見せできればと思ってます。本日は、よろしくお願いいたします!」
「……はい、完璧です!」
カメラを下げる。
「期待してます!」
「善処します!」
「この後ですが、メンバーとは本当にライブ中、オーディションをやる時に初対面となります」
「……ご挨拶とかも……」
「必要ありません。これはガチでいきます。落ちるも受かるもガチです」
「……これって、落ちたら白紙なんですよね?」
「全部白紙ですし、そのためのプランもすでに用意されてます」
「わぁー……ですよねぇ……」
「でも、密着班から、絶対大丈夫だと伺ってます。運営部も、サクラさんに投資をしてきたものをドブに捨てたくはないので、お願いしますね」
「……頑張ります……!」
「怖いですか?」
「いいえ」
その瞳は挑戦の眼差し。
「燃えてます」
(向上心がよろしい)
メンバーは先にライブ会場へ移動。リハーサルが行われる。時間を変えて、メンバーが楽屋でランチを食べてる間、サクラ梅到着。打ち合わせが行われる。13時、スタジオ移動。最後の打ち合わせと練習。エメさんもこれには参加。フォーメーションの変更など最終確定する。15時半、駅が騒がしくなる。16時、ライブ会場に列ができる。16時半開場。Re:connectおよび、サクラ梅のファンが会場へ入ってくる。運営部メンバーが全員到着。もう、逃げ場はない。
マコト君とカホちゃんがエメさんの側に寄る。
「ママ、大丈夫?」
「大丈夫」
「足痛い?」
「ちょっとね! でも大丈夫。お薬打ったから!」
エメさんが笑顔を浮かべる。
「今日お利口さんで見ててね! ママ頑張るから!」
「はい、そろそろ行くよ」
「リカ」
エメさんがリカさんに伝える。
「ありがとう」
「握手会終わったらすぐ病院ね?」
「わかってるよ」
「じゃあね。ママ」
「ばいばい」
リカさんが二人を連れて、客席へと向かった。あたしもスケジュールを確認しようと廊下に出ると、白龍さんが楽屋から出てきた。
(あ)
ちらっと横目で見て、スマートフォンを弄る。
(とうとう最終日か。あたしも直接見たかったなぁ)
「藤原さん」
——声をかけられたので、あたしは振り向いた。
「はい、どうしました? 白龍さん」
「ちょっとお話いいですか?」
「はい、どうぞ」
「いや、ちょっと曲の順番のことでお話があって」
白龍さんの足が動き出したので、あたしもついていく。
「14曲目って、俺のソロ曲じゃないですか」
「あー、そうですね」
「その時にちょっとしたお願いがあるんですけど」
「はあはあ」
女子トイレに入ったので、あたしも入る。誰もいないのを確認した後——リンちゃんがあたしに言った。
「着替えてから、関係者席にいて」
「……着替えですか?」
「そう。楽屋にあるから、それ着てから14曲目の時だけその席にいて」
「……あたし、スタッフだよ?」
「高橋さんには伝えてある。許可取ってる」
「……14曲目ね」
「そう。14曲目」
「……炎上系じゃないよね?」
「どうかな? 炎上しちゃうかも」
「……」
「いてくれる?」
「……いいよ」
リンちゃんの手を握りしめる。
「信じてる」
「……エナジーチャージしていい?」
「いいよ」
「じゃ、遠慮なく」
リンちゃんが身を屈め、あたしと抱きしめあった。
「……もう慣れた?」
「ライブは慣れないね。だって、やるたびに規模が大きくなっていくんだもん。無理だよ」
「初ツアーどうだった?」
「今度は二日起きとかで設定しよう」
「そうだね。そこは反省」
「エメちが心配かな」
「サクラさんの出番が楽しみ」
「そうだった。……今日は、お祭りだ」
リンちゃんがあたしの耳に囁いた。
「見てて。月子。今回も、最高のライブにするから」
「そこは大丈夫。信じてるから」
「……」
「……もう行けそう?」
「……行くかぁー……」
最後に強く抱きしめて、リンちゃんがあたしを離す。
「じゃ、藤原さん、そういうわけで」
「わかりました。白龍さん」
「打ち合わせ通りでお願いします」
言いながら、白龍さんがドアを開けた。
ライブツアー最終日、今までのものとはわけが違う。ライブはライブだが、途中で入るオーディション。そして付属の握手会。
最後のお祭りが始まる。




