第71話
前日のリハーサルからの、最終チェック。タレントもスタッフもバタバタ。
「人通りまーす」
「機材そちらですー」
「ライトチェックお願いしますー」
「タレント揃ってまーす」
楽屋のドアを高橋先輩が叩き、開ける。
「おはようございますー」
「「おはようございまーす!」」
「……っていう楽屋裏撮りたいんですけどいいですか? 顔は全員、イラスト貼ります」
「みんな、大丈夫そう?」
「いけるー」
「はーい」
「大丈夫ー」
「お願いします! ……ふじっち、いつものやつ」
「はい」
今回もメイキング用の舞台裏を撮っていきます。おそらく、初日の楽屋、からの最終日のライブに繋がる展開だと思うが、素材は撮りすぎて悪いものではない。必要な素材も必要じゃない素材も撮っていく。
「ではライブ初日、頑張りましょう〜」
「「おー!」」
「……ありがとうございます! いただきました!」
「「ありがとうございました」」
撮影中騒がしかった楽屋がスンッ、と静かになって、タレントたちはメイクに集中する。エメさんが両足で足を撫でていた。
「……エメさん、大丈夫ですか?」
「ああ、藤原さん。大丈夫ですよ! ちょっと気になるくらいで」
(昨日のリハーサルでも一人だけ遅れてたり、先生から足庇ってるように見えるって言われてたもんな)
激しい振り付けは変えたらしいが、あたしの目から見て、今のものも十分激しく見える。
(何もないといいけど……)
「今日からバタバタですね! ふふっ! よろしくお願いします!」
「……はい。よろしくお願いします」
外では長蛇の列。開場時間になると、胸を躍らせた人々が会場へと入っていく。グッズコーナーでは缶バッジを大量買いする人、Re:connectの等身大パネルを撮る人たちが多くいた。
「時間です」
「タレント通りまーす」
高橋先輩とあたしがカメラを構える中、楽屋で円陣を組んだメンバーが舞台へと向かった。それぞれ位置につき、プロデューサーがGOサインを出す。会場内の明かりが消えた途端、観客たちの歓声が大きくなる。
モニターに電波の映像が映し出される。
『あー、もしもし、接続してますか?』
白龍月子の声に、悲鳴のような歓声が上がった。
『え? もしかして、福岡に接続してるの? ミツカ、どうしよう。福岡だってさ!』
『ちょっと、月子! ライブが始まるんだから、可愛い女の子を探そうとしないの!』
ミツカさんの声に、野太い歓声が上がった。
『福岡女子は可愛いからさぁ』
『ナンパしにきてるわけじゃないの。私達は、ライブをしに来てるの。もー、ゆかりんもなんか言ってやって』
『おでんうまぁー!』
『おでん食べてる!!』
ゆかりさんの声に、観客の誰かが気絶した。
『ライブ会場の横にいた屋台のね、おでんすごい美味しかったよ! おじさんがね、お姉さん可愛いから〜ってサービスしてくれた! ね! エメち!』
『もぐもぐもぐもぐ』
『おでん食べてて何言ってるかわかんねぇ!』
エメさんの声で、誰かが発狂した。
『ちょっと、みんな、ちゃんとやるよ!』
『あ、そこの女の子、良かったら今夜俺と一緒に……』
『おでん美味いねぇ!』
『ぽぽちゃんとぷぷちゃんにも食べさせないと』
『ねえ! やるから! ねーえ! やるよ!』
『はいはい。やるやる』
『なんで私があしらわれてるの!?』
『それでは、みんな、接続準備!』
ペンライトがBluetoothに反応して、光り出す。
『『完了』』
『福岡へ、行っきまーす!』
――オープニング終了。
電波が弾ける音が聞こえると、次に現れたのは3Dモデルのメンバー。派手な曲が始まり、歓声が上がる中、3Dモデルのメンバーたちが踊りだす。エグいダンスを見せつけるが、裏からならわかる。これはメンバーの特徴を捉えたプロのダンサー達が裏で踊ってくれているのだ。流石にここはカメラでは写せない。本当はメンバーがキャプチャスーツを着て踊る予定だったが、エメさんの件があって急遽このような形となった。
一曲目のダンスが終わると、3Dモデル達が突然辺りを見回した。そして、明かりが消え――次ライトが当たった箇所には、実写のメンバーが現れた。歓声がかなり上がる。誰かが倒れ、誰かが泣き叫ぶ。白龍月子のソロから始まり、黒糖ミツカのソロが続き、紫ゆかりが入り、木陰エメが歌う。その歌声に全員が感動する。そこで終わると思いきや、もちろんファンサービスもある。目の前までメンバーが近づき、目が合えば手を振られる。投げキッスをされ、ウインクまでされる。それぞれのメンバーが皆のハートを撃ち抜く。
二曲連続で続いた後は、フリートーク。
『皆さ〜ん! こんにちは〜!』
白龍さんの挨拶に、ペンライトが振られる。
『福岡やってきましたよ〜!』
『いえーい!』
『すごいねぇ』
『見えてるー?』
「ゆかりーーーーーん!!!!」
『待って、今めっちゃ……』
白龍さんが反応すると、笑い声が響いた。
『今、すごいゆかりんのファンの叫び声が聞こえたんだけど』
『愛を感じた』
『すごかったね。今』
『え、ちなみにミツKはいる?』
とんでもない叫び声がドーム中に響いた。笑顔になったミツカさんが白龍さんを見た。
『私もう満足だから帰っていいや』
『まだ帰らないで?』
『ねぇ、二人ばっかりずるい』
『そうだよ!』
『ごめんね! 人気者で!』
『ごめんね! 実際巨乳で!』
『じゃあさ、え、待って、順番に行こ? ゆかりんのリスナーさん達、えーと』
『消毒者たちペンライト振って!』
ゆかりさんが手を挙げると、歓声が上がり、ペンライトが振られる。
『はい、じゃあ、ミツK!』
ミツカさんが手を挙げると、歓声が上がり、ペンライトが振られる。
『では〜? 大地!』
エメさんが手を挙げると、歓声が上がり、ペンライトが振られる。前振りは十分だ。
『はい、皆様』
『きましたよ?』
『わかってますね?』
『いやいやいや……みんな、わかってるよね? わかってるよね? いきますよ?』
『まぁ、白龍月子はねぇ?』
『流石にねぇ?』
『リーダーだしねぇ?』
『働き蜂の諸君!』
——空気を読んだ大勢の人々が無反応を貫き通した結果、白龍さんが倒れた。
『おい、なんでだよぉおお!!』
『恒例ですね』
『ありがとうございます』
『はい、では皆様本番です』
『はい、じゃあ、テイク2ね? はい、では……働き蜂の諸君、ペンライト振ってーーーーー!!』
ドーム中が歓声とペンライトの光に包まれた。
『そういうことですよ』
『これがRe:connectですよ』
『じゃあ次行く?』
『行きましょう行きましょう』
『じゃあみんな、はい、立ち位置ついてー』
それぞれが立ち位置につき、白龍さんが伝える。
『では、聴いてください。Velocity Code』
曲が始まると、ライトがかっこよく光り出す。ペンライトが振られ、叫び声が飛び交う。あたしはモニターからそれを見ていた。
(ヒヤヒヤするなぁ。エメさん大丈夫かな……)
激しいダンスを笑顔でこなす。これがプロだ。夢を売る者の姿だ。
「ふじっち」
高橋先輩に耳打ちされる。
「カメラは常に構えておけ」
「はい」
曲が連続で続き、また新しい曲が始まる。衣装替えのため、メンバーがステージ裏にはけていく。エメさんの様子は——大丈夫そうだ。
(……心配しすぎかな)
まだライブは続く。
(気にしすぎは良くない。エメさんはプロだ。信じよう)
新しい衣装に着替えたメンバーは、ステージへと走っていく。
(*'ω'*)
ライブ一日目終了。
部屋でゆっくりできると思いきや、スタッフはそうはいかない。
>俺はAをやる。お前はBだ
<了解です
あたしと高橋先輩は手分けして素材整理である。
(やべぇー……寝られるかなぁ……)
「ぐー。すぴー」
(あー、ゆかりさん、いい笑顔で寝てるわー)
ベッドで眠るゆかりさんの寝顔を横目に、ひたすらパソコンを動かす。
(寝るために……やるぞ……)
しかし睡眠時間は限られている。次は始発で大阪移動だ。




