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第69話

 以前もそうだったが、嵐の前の静けさとはこのことだ。ライブ前になると、三週間前は少し時間に余裕ができる。しかし、その後がやばい。打ち合わせも多くなるし、案件もあるし、レッスンもある。タレント達は笑顔で走り回るしかない。

 正直、あたし達は映像を撮ったり編集するだけなので、仕事量は大して変わらないが、リンちゃんの疲れた顔を見ていると、運営部として一人一人を全力で支えないといけない気がした。


 マイクを渡す際に、メンタルケアの時間を設ける。


「最近どうですか?」

「ちょ、ふじっち、喋りたいことがいっぱいあるんだよ。下着屋さんに行けないからさ、下着配信ができなくて」

「最近どうですか?」

「全然プライベートの時間なくて……ぐすっ……なんかすごい辛くて……ぐすっ! 月子さん、また家に来てくれませんか? 月子さんがいてくれたら、私……頑張れそうな気がしてるn」

「最近どうですか?」

「ぽぽちゃんとぷぷちゃんの相手ができないんですよ。……この時期いつもそうなんですよね。妹にお世話をお願いしてて……」

「スタジオに連れてきてもいいですよ?」

「ドームツアーなので……やっぱり、集中するとなると……連れてくるのも違うかなって……」

「そうですか。……何かあったら言ってくださいね。全力でお手伝いするので」

「ありがとうございます」


 振り返る。白龍さんが若干の笑みを浮かべて待っていた。あたしは笑顔で言った。


「白龍さんは大丈夫そうですね。マイクつけまーす」

「ちょっと待ってください」


 見てた三人が爆笑した。


「ぎゃはははは!!」

「藤原さん、月ちゃんの扱いわかってきましたね」

「月子は大丈夫だよ。女の子に囲まれたら幸せなんだから」

「お前ら俺がいつまでも黙ってると思ったら大間違いだからな!?」

(私情を持ち出してはいけない。スタッフとして聞いておくか)

「冗談ですよ。最近、白龍さんはどうですか?」

「今夜お寿司食べたい気分です」

「撮影の後は外食ですか。素敵ですね。……マイクオッケーでーす!」


 撮影後に予定がなかったタレントは解散し、あたしも片付け次第とっとと退勤し、銀座駅に向かった。——リンちゃんが女性にナンパされていた。


「今お友達待っててぇ〜」

「あー、そうなんですね」

「彼女さん来るまで一緒に飲みませんかぁ〜?」

「いやー、そろそろ来ると思うんでー」


 リンちゃんのスマートフォンに通知が入った。LINEを開く。


 >楽しそうですね


「あ、来た来た! まじ残念!」

「え〜」

「またね! お姉さんまたね!」


 リンちゃんがキョロキョロ辺りを見回し、切符売り場前で睨み続けるあたしを発見すると、すぐに駆け寄ってきた。


「お疲れ! ツゥ、行こっか! 行こう行こう!」

「良かったですね。可愛い人と話せて」

「怒ってる?」

「別にいいんじゃないですか?」


 あたしの頬は膨らんでいる。


「浮気は三回まで許すって、言ってるので」

「……しないよ」


 耳元で囁かれる。


「私には月子だけだよ」

「……お寿司食べたいです」

「ね! もうストレス溜まってるからさ、超食べたい!」


 リンちゃんにたまに連れてってもらえる回らないお寿司屋さんに行く。


「やっぱ……美味い……!」

(たまにはこういう時間も大事だよねぇ)

「あ、大将、私たち結婚したんですよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「あ、ちがっ、パートナーシップです!」

「結婚指輪もあるんですよ。デザインは違うんですけど」

「お綺麗な指輪ですねぇ! おめでとうございます!」


 大将が美味しそうなお寿司を握り、差し出した。


「こちら、私からのお祝いです」

「え、いいんですか!?」

「どうぞ」

「ツゥ、食べよ」

「ありがとうございます……!」


 なんか、こういうのがあると、パートナーシップでも手続きしてよかったなぁって思うんだよな。


(お寿司うまぁ……)


 改めて思う。夫婦になるってすごい。そこから子供を産むなんて、本当にすごい。あたしとリンちゃんには子供はできないし、これから作ることも想像できないけど、それを成し遂げているエメさんは本当にすごい。しかもシングルマザー。すごすぎる。


「……エメさんって」

「ん?」

「養育費とか、貰ってるんですか?」

「貰ってないよ。逃げられたから」

「にっ……まじですか?」

「うん。当時はお金がなかったからどうしようもなかったそうだけど……今はさ、もう貰わなくても生活出来てるらしいし」

「……すごい」

「いや、すごいよ、まじで。エメちもね、元々地下アイドルだったらしいんだけど、当時付き合ってた地下アイドルの男とデキちゃったんだって」

「地雷ですね。それ、子供できた瞬間に飛んだんですか?」

「一応ね、二人で産むって決めたらしいんだけど、三ヶ月くらい経ってから連絡途絶えたって。事務所に問い合わせたら、もうすでにグループから抜けてて、どうしようもないって」

「うわ……」

「壮絶だよ。男ってさ、逃げれるんだよね。女は逃げられないじゃん。中絶も体に負担かかるから、結局全部の責任って女に降りかかるんだよね」

「……そんな中、産んだんですね」

「うん」

「二人も」

「男運ないんだよ。エメち。付き合って、別れて、また付き合って、妊娠して、産んだのはいいけど、また逃げられて。エメちもね、悪かったんだよ。グループ入った時に人間関係断捨離しろって言ったもん」

「……しっかりされてるように見えますけどね」

「一年目やばかったよ。母親っていうより女だった。すぐ男と恋愛しててさ、会うたびに私、喧嘩してたもん」

「リンちゃんと……エメさんがですか?」

「うん。もう毎回。会うたびに。事務所で怒鳴りまくってさ、佐藤さんが間に入ってくれて、そこでちゃんと話し合って、これ以上まともな人間に関わらないならリーダーとしてお前を切る。まで言ったし、私が辞めるとも言った」

「それで?」

「子供達のためにも今するってエメが言って、目の前で全部連絡先消させた。で、逃げた男二人は弁護士雇って特定させて、慰謝料一人300万ずつ搾り取った。エメちが子供に会わせたくないし、一切の関わりを断ちたいから養育費はなし」

「……600万ってことですか?」

「もう少し貰ってもいいくらいだよ。当時のエメちの苦労考えたらさ、300万なんて、はした金だよ。産むのも苦労するのも女なのにさ、冷たい国だよね」

「……考えられない」

「私も」

「あたしだったらどうするんだろ。産むのかな……」

「ツゥはね、大丈夫。私がいるから」

「リンちゃんに会ってなかったらだよ」

「どっちが男でも会ってたよ。むしろさ、女でよかったよ。でないと絶対もっと若いうちにデキ婚してたよ。うちら」

(……否定はできないんだよな……)

「二年目くらいかな。だんだんね、エメちが変わったの。子供優先では動くけど、自分の地下アイドルだった頃の夢の、武道館ライブがしたいっていうのを、忘れられないから、このグループでなんとか成し遂げたい、ってさ。それさえ成し遂げたら、あとはもう引退して、静かに三人で暮らしてもいいって言ってるくらい」

「……」

「今回のライブね、ダンスがえぐいんだけど、めちゃくちゃかっこいいんだよ。ほら、前に撮影にきたじゃん? あれよりも今、全然えぐいよ。エメちはやっぱ経験者だからさ、さらに磨きがかかって、本当にすごいし」

「そうなんですか」

「だけどさ、ミツカとゆかりんも負けてないんだよ。二人がね、これまたえぐくてさ、先生もずるいんだよ。ちゃんとミツカとゆかりんらしい感じの振り付けするからさ……」

「ふふっ」


 笑うと、リンちゃんがきょとんとした。


「何?」

「お寿司屋さんなので、もう少し声は抑えましょうね」

「あ、そうだね。確かに」

「でも……皆さんのお話をされるリンちゃんは素敵です」


 その顔は、とても輝いて見える。


「惚れ直しました」


 サーモンを食べる。うん。身がしっかりしてて、厚くて、大きくて、美味しい。


「リンちゃん、すごい。これすごい美味しいよ」


 教えると、リンちゃんがあたしの顔をじっと見ていて、——頬を赤らめていた。


「リンちゃん?」

「……いや……惚れ直されちゃったなぁー……って」

「うん、仲間想いで優しいところはずっとだなぁって思って」

「……ね、ツゥ、今夜さ」

「明日は朝も早いです。今夜もちゃんとお互いの部屋で寝ましょうね」

「……」

「……リンちゃんも疲れてるから、ね?」

「……ツゥ、生理だもんね」

「……当てるのやめてもらえます?」

「……お腹あっためてあげるから一緒に寝ようっていう誘いもダメ?」

「……それならいいよ」

「んふふふぅ♡」


 テーブルの下で手を握り合う。


「大将、うちの奥さん。まじ可愛いんですよ♡」

「惚気ですか? やめてくださいよ、も〜」

(大将さん、優しいな……。女同士のカップルなのに……)


 久しぶりのお寿司に、リンちゃんはご機嫌だった。支払いをしようとカードを出すと、大将が受け取らずに言った。


「もう、お支払いいただいてます」

「え?」

「奥様から」


 リンちゃんがあたしを見た。あたしは荷物を持った。


「大将さん、ご馳走様でした」

「またいらしてください」

「帰りますよ」

「……あ、うん」


 店から出たエレベーターの中で、リンちゃんに小さな声で囁かれた。


「ツゥ、男気ありすぎ。高かったでしょ」

「ライブ頑張って欲しいので」

「ずるいよ。何度も」


 リンちゃんの声が耳によく聞こえる。


「また惚れ直しちゃった」


 あたしの肩にリンちゃんの頭が乗った。


「頑張るね」

「はい。ご体調とお怪我だけ気をつけていただいて」

「それは任せて。もう、まじで、みんな気をつけてるから!」


 根性論になってしまうが、結局最後は気合いだ。前回もそうだった。今回のライブも、気合いで乗り切るしかない。スタッフも、タレントも。


「明日からまた頑張りましょうね」

「頑張ろうね。ツゥ」


 そう言っていた矢先——突然、それは起こってしまった。



『あの、実は……エメさんが……足の骨にヒビが入ったようでして……一ヶ月安静にと……』



 佐藤さんから連絡が入った、ドームライブツアー二週間前の出来事だった。



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